冷ややかな視線
放課後の渡り廊下。麗奈を震え上がらせた興奮は、芳子の心臓を不自然なほど高鳴らせていた。
「ふふふ、見た? あの女の顔。あんなに真っ赤になって、縮こまっちゃって。本当に傑作だわ」
芳子はスキップでもしそうなほど軽やかな足取りで、取り巻きたちを連れて校門へと向かう。手元にあるスマートフォンの捏造写真は、彼女にとって世界で最も価値のある宝物のように思えた。
「まずは佳山を徹底的に辱めてやるわ。プライドを粉々に砕いて、私の前で這いつくばらせるのよ」
当初口にした「裸で校内一周」は、その場の勢いで出た幼稚な冗談だったが、麗奈が見せたあの過剰なまでの反応が、芳子の嗜虐心に火を灯していた。
「本当に人目のない場所でなら、色々と面白いことができるわ。私の前で無様な格好をさせて、『三回まわってワン』って言わせる……。それを全部録画して、一生逆らえないようにしてやるの。古くてダサいネタだけど、あの女がやるとなると面白く思えるから不思議よね……あははっ、最高!! あんた達もそう思うでしょ?」
「は、はぁ……」
浮かれている芳子の背後で、数歩下がって歩いていた取り巻きたちは、そのあまりに低俗で常軌を逸した妄想に、顔を引き攣らせていた。彼女たちですら、芳子の度を越した醜悪さに、生理的な嫌悪感を隠しきれなくなっていたのだ。
(『面白く思える』ですって?冗談じゃ無いわよ、佳山先生を辱めてこんな嬉しそうに……理解なんかできる筈ない……!)
その中でも、特に東雲宏美の表情は冷たかった。芳子の浮ついた背中を見つめる彼女の瞳には、もはや怒りすらない。ただ、人語を解する汚物を見るような、深い軽蔑だけが宿っていた。
(……本気でそんなことを『楽しい』と思っているのはあんただけよ。この屑女、見ていてこっちが恥ずかしくなるわ)
宏美は内心で吐き捨てるように毒づいた。芳子のしていることは、もはや駆け引きですらない。ただの自滅への全速力だ。このご時世にそんな下劣な妄想を現実に実行して、自分も無傷でいられると本気で思っているのか。その浅はかさと、想像力の欠如。目の前で下品に嗤う芳子と同じ空間にいること自体が、宏美にとっては耐え難い苦痛だった。
(……誰も……見てないわね……)
芳子が勝利の余韻に浸り、周囲への警戒を完全に解いている隙に、宏美は誰にも悟られぬ動作で自身のスマートフォンを操作した。
その場の誰一人、宏美に注意を払う者はいなかった。芳子は自分の支配力を疑わず、他の取り巻きたちは自分に火の粉が降りかからぬよう、空虚な愛想笑いを浮かべるのに必死だった。
手早く状況を伝える文字を打ち込み、送信ボタンを押す。数秒後、画面に「既読」の文字が灯るのを確認すると、宏美は速やかに履歴を消去し、端末をポケットに滑り込ませた。
やがて事を終えた宏美は、他の取り巻きたちと同じく、顔に張り付いたような空虚な笑みを浮かべて、芳子の背中を追いかけるのだった。
(早く解放されたいわ……こんな人間性がゴミみたいな奴にいつまでも付き従いたくない……)




