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黙っておくつもり

定食屋で食事を済ませ、麗奈と別れた帰り道。街灯が路面に長い影を落とす中、施設長の真田は隣を歩く慎に、冷やかしとも取れる調子で声をかけた。


「しかし慎、お前の担任の佳山先生……綺麗な上に、随分と優しそうな人じゃないか。わざわざ警察まで付いてきてくれるなんて、お前も役得だな」


真田の言葉に、慎は夜の闇を見つめたまま、淡々と、けれど否定せずに応じた。


「ええ、それは否定しません。確かに、心根の温かい方です。……ただ、彼女はどこか危なっかしいところがあって」


「おいおい。いくらお前が大人顔負けの行動力を持っているとは言え、相手は年上の女性……高校の担任だ。ちょっと生意気が過ぎるんじゃないか?」


真田が苦笑いしながら肩をすくめる。児童養護施設という厳しい環境で多くの子供を見てきた真田にとって、慎の精神的な早熟さは理解しているつもりだったが、年上の教師を案じるその口ぶりは、どこか奇妙に映った。


「純粋に心配なだけですよ。あの人は、悪意というものに対して無防備すぎる気がして」


「ほう……お前、あの先生のような年上の女性が好みだったのか?確かに、男の理想を凝縮したような人かもしれんが……」


「……そんなんじゃありませんよ。まぁ、生意気なことを言っている自覚はありますが」


慎は少しだけ困ったように苦笑し、それ以上の追及を避けるように歩を早めた。


「にしても……私も迂闊だった。お陰でお前にまで中学での事を話させる羽目になってしまって……すまん」


「いえ、別に。いつかは知られることだったかもしれませんから」


「あー……それに、先生はお前がうちに来た時の経緯も知りたがってたな」


真田の言葉に、慎の歩みが僅かに停滞した。


「…ええ。わざわざ教えるような話じゃないですから、先生には黙っておくつもりです」


「そうか、そうだな……」


六歳の頃に「ある決断」を下した日の記憶。それは慎にとって、誰かと分かち合う必要のない過去だった。


やがて二人は、市街地の喧騒から少し離れた場所にある児童養護施設「□□□園」へと帰り着いた。ここは、予期せぬ事情で家族と暮らせなくなった子供たちが、自立を目指して生活する場所だ。慎はここを拠点として、日々の学習や高校への通学をこなしている。


玄関の重い扉を開けると、女性職員、長田三和(おさだみわ)が心配そうな表情で出迎えた。彼女も慎を当時から知る一人だ。


「お帰りなさい、慎くん。大丈夫でした?」


「おお…遅くまですまんな、長田さん」


「 警察から連絡は聞いていたけれど、本当に災難だったわね」


「ただいま戻りました、長田さん。ご心配をおかけしました。もう解決しましたから、大丈夫ですよ」


丁寧に応対を済ませた慎は、自室に戻ると手早く入浴の準備を整えた。


脱衣所の鏡の前でシャツを脱ぎ捨てたその姿は、およそ十五歳の少年が持つそれとは一線を画していた。 厚い胸板、彫刻のように深く刻まれた腹筋、そして無駄な脂肪が一切削ぎ落とされた四肢。それはスポーツを楽しむための体ではなく、極限の状況で効率的に動き、相手を制圧するために研ぎ澄まされた、いわば「実戦」のための肉体だった。六歳でこの施設に来て以来、彼は一刻たりとも、己を鍛えることをやめていなかった。


浴室へ向かおうとしたその時、机の上に置いたスマートフォンのバイブレーションが、短い振動を刻んだ。


「ん……?」


慎は無表情のまま端末を手に取り、画面に表示された一行のメッセージに目を通す。


夜の静寂が広がる部屋で、液晶の冷たい光が彼の瞳を青白く照らし出した。


「ふん……」


内容を確認した慎は、短い鼻笑いを漏らすと、さっさと浴室へと入っていった。

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