第94話「魔王の弱点」
事前に聞いていたグロウス学園の園長は警察を呼び、リマネスの屋敷・ロミート邸に押し掛けた。
リマネスがこれまでユアにやって来たことに虐待の疑惑が上がり、取り調べをするのだ。
その間、ユアたちは屋敷を抜け出した。
◇
この後、ミカネとサモレンは仕事のため、ここでおさらばとなる。
ユアは協力してくれた二人に何度もお礼を言った。感謝してもしきれないほどだった。
今回の加勢だけでも嬉しいのに、去り際ミカネは……。
「また困ったことがあったら、いつでも言って。もちろん、扉関係の相談もOKよ! ただし、“遊びましょう”などのお誘いはやめてね。ミィ、忙しいから」と、連絡先まで教えてくれた。
世界中が羨む人気歌手から連絡先まで教えてもらい、ユアはすっかり有頂天になっていた。
◇
「油断しない方がいい。あのリマネスのことだ。このまま引き下がるとは思えぬ」
帰り道。
上機嫌な彼女の隣で歩いていたディーン(ディンフル)が注意した。
「でも、園長と警察が入ってくれたんだよ。もう解除も決まったものじゃない?」
「そうやって調子に乗るな。だからお前は、リーヴルとクレイスを無くすのだ!」
ディーンは異世界であったことを思い出させた。
異世界の旅で、ユアはドジから「ボヤージュ・リーヴル」(本)と「ボヤージュ・クレイス」(鍵)を何度も紛失した。
「そ、それは関係ないじゃない!」
「ある! “最後まで気を抜くな”と言っているのだ!」
心当たりがあり過ぎて、うなだれるユア。
「だが、我々の勝利が見えて来た。サモレンいわく、”世界で人気のミカネが味方なら、リアリティア中が仲間になったも同然”だそうだ」
グ~
ユアのお腹が鳴った。もう夕食時だった。
「あの美味い店にでも行くか。クーコンペンとやらもあることだしな」
「“クーポン券”ね!」
リアリティアの言葉にまだ慣れていないディーンにユアが笑いながら訂正する。
クーポン券と言えば、ディーンが絶賛したラーメン屋だった。
◇
二人がラーメン屋に入ると、大将がカウンターに通してくれた。
前と同じメニューを注文すると、ラーメンはすぐに出て来た。
「うむ。やはり、ここの料理は美味い!」
「祝勝にピッタリだね!」
「祝勝とは大袈裟な。先ほども言ったが、油断をするな!」
二人でそんな話をしながら食べていると、大将が話に入って来た。
「祝勝って、何かいいことでもあったのかい?」
「は、はい。ちょっとね……」
さすがに詳細は言えなかった。
大将もそれ以上は聞かず、「おめでとう!」と祝ってくれた。
ディーンも、生配信にユアが出ていたことがバレないか冷や冷やした。
幸い、大将は何も言わなかった。おそらく、店が忙しくて動画を見る暇が無かったのだろう。
そもそも、生配信自体が十分にも満たない短時間だった。
ディーンが黙々とラーメンを食べていると大将はコップに一杯、水を入れて彼の机に置いた。
「俺のおごりだ。この前と言い今日と言い、うちのラーメンに感動してくれたからな!」
「感謝する」
「感謝するのはこっちだよ!」と嬉しげに言った後で、大将は新たに入って来た客の相手をし始めた。
「ラーメンか……。これは是非、異世界でも食べてみたい」
「探せば、ミラーレにもありそうだよ」
「そうだな。あちらはリアリティアと似たような構造だった。もしかすると、見つかるかもしれぬ」
「そんなに気に入ったんだ?」
「うむ。レシピも教えていただかねばな」
「レシピって?! ここの味を身につけるには修行が必要だよ! 家庭で作れるラーメンもあるから!」
ユアは必死に止めた。
真面目なディーンのことだから、一度始めたら極めるところまで行くかもしれなかった。ましてや、ラーメンを作るなら、大将に弟子入りしそうなのは目に見えていた。
ユアにはどうしても、彼がラーメン屋で修行をするイメージが湧かなかったのだ。
制止に返事をせず、ディーンは大将が置いた水を飲んだ。
すると……。
「ぶっ!」
飲んでいたものを吹き出してしまった。
「どうしたの?!」
「……こ、これは、酒か……?」
気付いた大将がやって来た。
「ああ! 祝いのつもりで注いだんだ。一杯だけ、タダにしてやる!」
「祝いなら、ラーメンでけっこう……」
ディーンは顔色が悪くなっていた。
「酒は飲めぬのだ……」
ユアと大将は同時に悲鳴を上げた。
大将は慌てて謝り、急いで水を注ぎ足した。
食べ終わり、店を出ようと立ち上がるとディーンはよろめいてしまった。
足元に力が入っていなかった。
「大丈夫?! ちょっとしか飲んでないのに?」
「その、ちょっとでもダメなのだ……!」
ユアが彼を担ぎ、大将がタクシーを呼んでくれることになった。
◇
「あの大将、人が具合が悪いというのに、何を“セクシー”など……!」
「“セクシー”じゃなくて、“タクシー”! 学園まで乗せて行ってくれる車だよ!」
酒のせいか立っていられず道端に座り込み、不機嫌なディーン。珍しく聞き違いまでしていた。
飲酒をすると、何もかもがダメになってしまうようだ。
タクシーを待っていると、二人の前に見覚えのあるリムジンが止まった。
もう嫌な予感がした。
「まさか……」
そのまさかだった。
中からリマネスと、いつもより屈強そうなボディガードが一人降りて来た。
ボディガードはスーツの上からでもわかるほど筋肉質で、身長も二メートル以上はあった。
リマネスはいつもより厳しいトーンで詰め寄って来た。
「ユア、お家に帰りましょう」
ディーンは、ユアの肩を借りて立ち上がった。
「貴様も懲りぬな……。あの後、園長たちから咎められたのではないのか?」
「あなたは黙って! 何としても、ユアを連れて帰るわ! そのために今日は、いつもより強いボディガードを雇ったの!」
ディーンが不調の時に限って筋肉隆々で大柄な敵……。「最悪だ」ユアたちは同じことを思った。
それでも彼は自力で立ち、ボディガードに向かおうとするが、足がよろめいてしまった。
「あら? 何、そのザマは? 具合でも悪いの?」
「関係ないだろう……」
ディーンが力なく答えると、リマネスは不敵に笑った。
「チャンスよ!」
彼女の声を合図に、ボディガードが体当たりを仕掛けた。
直撃したディーンは後方のゴミ捨て場まで吹き飛ばされてしまった。
「ディン様!」
ボディガードは容赦なく馬乗りし、彼の顔を何発も殴った。
ディーンの眼鏡が壊れた状態で地面に転がった。
「やめて!!」
ユアが止めようとするがリマネスに腕をつかまれ、そのまま車に乗せられてしまった。
「ユア……!」
ディーンが手を伸ばすが、リムジンのドアは閉められた。
同時に、自身を襲ったボディガードも乗り込んで行った。
「待て……」
必死に起きようとするが、体が言うことを聞かない。
リムジンは発進し、走り去って行った。
酒の効果と体に負ったダメージで、ディーンはまもなく気を失った。