第90話「扉の番人」
テレビ局の楽屋。
歌手のミカネは待ち時間の間、自身のスマホで動画を見ていた。
最後まで見終えると、感動した様子はなく無表情でスリープにした。
スマホを置いたタイミングでドアがノックされ、マネージャーのサモレンが帰って来た。
「ただいま戻りました」
「お帰り、サーモン。今、動画見てたんだけど……」
ミカネが言い終える前にサモレンが「”サーモン”はやめて下さい」と遮った。その呼び名はどうしても気に入らなかった。
彼は忠告した後で続けて言った。
「急ですが、お客様をお連れいたしました」
「お客様?」
ミカネが目を丸くすると、サモレンはユアとディーン(ディンフル)を楽屋内に入れた。
ユアは体が硬直した。ミカネは彼女の憧れなのだ。
そして、サモレン含めた三人は先日、高校で会ったばかりだった。
「え、え、え、え……?! よ、よろしいのですかっ?!」
もちろんユアは動揺し、ガチガチになりながらもサモレンに聞いた。
何故案内をされたのか未だわからず、そもそも一般人である自分が大スターの楽屋に入っていいのか疑問も拭えていなかった。
だが返事を待たずして、ディーンが遠慮なしに入って行った。
「ちょ……! ディン様っ?!」
ユアが慌てて止めようとするが、彼は躊躇なくミカネの前に立った。
「扉の番人だな?」
「へ……?」
ディーンに聞かれても、ミカネは口をUの字にしながらきょとんとしていた。
代わりにユアが唖然とした声を上げた。
「異世界へ繋ぐ扉の番人を探って来た。そちらから、その気が強く出ている。間違い無いのだな?」
彼が再度聞くと、ミカネは「ごめいと~う♪」と明るく言った。
彼女の天真爛漫さにディーンは少し引いてしまった。
「うそおおぉぉぉぉ?!」
憧れのミカネが扉の番人という事実に、ユアは絶叫するしか無かった。
楽屋のドアは閉められ、ユアとディーンはソファに腰かけた。ミカネとサモレンも二人と向かい合って座った。
最初にミカネが満面の笑みで言った。
「出番は二時間後だから、ゆっくりお話し出来るわね!」
「驚かせてしまい、申し訳ありません。実は、我々を魔法で探る気配を感じまして、急いで入口へお迎えいたしました」
「ということは、そちらも魔法の使い手か?」
「はい。私は元々、異世界の出身ですので」
ディーンの質問に、淡々と答えるサモレン。
「ミカネが扉の番人」に続いて、ユアは再び衝撃を受けた。
「知ってるわよ~。あなたも異世界から来たんでしょ? 確か、数日前に会わなかったかしら? 前、別のテレビ局でメイクしてたら、いきなり何もないところから出て来たでしょう?」
ミカネに聞かれ、今度はディーンは驚愕した。
彼女が数日前に会った人物だとすぐに思い出したが、その時はディンフルの姿で来ていた。すでに正体を見破られていた。
「存じていたか……」
「忘れるわけないじゃないの~! ミィが閉じた扉を無理矢理こじ開けて、こっちに来たんだから。そんな人、初めてよ~」
ミカネの明るく軽い口調でも、ユアは内容に衝撃を受けた。
「無理矢理、こじ開けた……?」
「ミカネ様が一度閉じた扉を、そちらの方は異世界から強すぎる魔力で開けて、やって来たのです。よほど、リアリティアに来たい用事があったのですね」
サモレンの説明にユアは顔を赤くした。
ディンフルは最初、ユアを探していた。サモレンの言う「リアリティアに来たい用事」の目的が自分だと改めて知り、興奮し始めたのだ。
ミカネは「どうしたの?」と心配し、ディーンは「またか……」と言いたげに顔を背けた。
「まさか、ミカネとサモレンが異世界の関係者だったなんて……」
「ミィは異世界関係ないよ~」
ミカネはあっけらかんとした表情で言った。
「ミィは、サーモンから番人の力を引き継いだだけ」
「引き継いだ? 元はそちらが番人だったのか?」
ディーンはサモレンを見ながら言った。
「はい。しかし、こちらへ来たと同時にディファートの力を失い、魔法もほとんど扱えなくなりました」
「ディファート?! サモレンが?!」
ユアは再び驚いて声を上げた。
サモレンは異世界の元住人だけでなく、ディファートでもあった。
「それで、ミカネ様に託しました」
「異世界とリアリティアを繋ぐ重役を、人間に任せて良いのか?」
「人間って、ミィのこと?」
ディーンが聞くと、ミカネが聞き返した。
彼やユアが驚く中、彼女だけは自分のテンポをここまで一切崩さなかった。
「ミィ、ディファートよぉ?」
また新たに衝撃的な事実をミカネはあっけらかんと、しかも取り出したコンパクトで化粧をしながら伝えた。
ユアもディーンも、驚きの連続でわけがわからなくなっていた。
「ミカネが番人……サモレンが異世界の住人……サモレンがディファート……ミカネもディファート……」
特にショックが大きいユアは、本日知った事実を一つずつ復唱し始めた。
独り言のようにぶつぶつと言う彼女を、ディーンは心配の眼差しで見つめた。
「ディファートは、イマスト……“イマジネーション・ストーリー”の中の種族ではないのか? まさか、そちらもゲームの……?」
「いえ。ディファートは異世界に元からいた存在であり、リアリティアの住人の考想から生まれたものではありません。一方でイマストというゲームは、リアリティアの住人が考え創り出されたものです。ディファートはその作品よりも前から異世界にいました」
ディファートの新たな事実を聞くユアとディーンだが、ここまで複数の真実を聞くと、情報過多で頭がパンク寸前になっていた。
「そ、それじゃあ、ミカネとサモレンも、何か力を持っているの?」
「私にはもうありません」
「ミィはこれよぉ~」
パチン!
サモレンが残念そうに言った後で、ミカネは指を鳴らした。
すると……。
ドォン!
何もないところからティミレッジが現れた。
「な、何……? ここどこ?! 魔法を使われたの、僕?!」
彼は初めて見る場所に困惑した。
「ティミー!?」
「ユアちゃん?! よ、よくわからないけど、久しぶり~!」
互いに名前を呼び合い、ユアとティミレッジは再会を喜んだ。
ディーンは世界を超えて人を呼ぶミカネに、もう言葉すら出なくなっていた。