第85話「居場所」
生徒や教師らに啖呵を切ったディーン(ディンフル)は教室を出ると、学校の屋上へ上がって行った。
ユアはその後を追いかけた。
「……来たのか」
ディーンは屋上の柵に肘を掛け、うなだれた。怒鳴り過ぎて疲れたようだ。
「すまぬ……。見苦しい姿を見せてしまった」
「う、ううん。私のためにあそこまで言ってくれて、その……」
「お前のためではない」
ユアが礼を言おうとしたら、彼に遮られた。
「俺自身のためだ」
ミラーレでは賞賛されると慌てて否定していたディーンだが、今回はツンデレの素振りが見られない。
「どういうこと?」
「俺とウィムーダも差別を受けて来たことは、知っているだろう?」
ディーンは最初にそう聞いてから話し始めた。
同じ痛みを知るユアには、どうしても聞いて欲しいようだ。
「当然、学校も居心地が悪かった。教師は人間で、ディファートが虐げられても助けてはくれなかった。加害者を追い払う俺を、皆でそろって悪者にした。被害者のウィムーダはいつも泣き寝入りだった。俺がいる間はいじめを止められたが、それ以外では守ってやれなかった。先ほどの教師たちを見て、当時を思い出し、かっとなってしまった。俺の過去とは関係ないのにな……」
「そんなことないよ!」
過去を振り返りつつも反省の意思を見せるディーンへ、ユアがきっぱりと言った。
驚きつつも彼はようやく顔を上げた。
「私、施設で色んな子供を見て来たけど、ケンカやいじめとかがあると、自分がされて来たことを思い出す時あるよ。ディン様が昔を思い出して怒ったのも同じだと思う。トラウマって嫌でも頭に残るから……」
彼をフォローしながら、ユアはディーンの横に立った。
「庇ってくれてありがとう。すごく嬉しかった。ずっと守ってもらえたウィムーダさん、幸せだったと思うよ」
彼女から感謝されたディーンは怒りが収まり、穏やかな表情でユアを見つめた。
「でも大丈夫か? 俺が出しゃばったせいで、教室へ行きにくくなっただろう?」
「逆に行きやすくなった。“一人じゃない”って思えたから」
「それなら良かった。また何かあれば言え。ケンカには自信がある」
「暴力はダメ! あと、魔法も!」
注意され、ディーンは「そうだな……」と反省しながら少し笑った。
◇
ユアが教室へ戻ると、今度は誰も視線を合わせようとせず、取り巻きたちも何も言って来なくなった。
ディーンの怒号が効いたのだと思った。
しかし唯一、リマネスだけはまだ勝ち誇った顔をしてユアを見つめていた。
◇
グロウス学園に戻ると、二人は園長から呼び出された。内容はもちろん今朝のことである。
園長から告げられ、ディーンはすぐに謝罪した。
「迷惑を掛けて申し訳ない。頭に血が上り、つい言い過ぎてしまった。罰は受けるつもりである」
「待って下さい、お兄さん。私は怒るつもりで呼んだのではありません」
園長の反応にユアとディーンは目を丸くした。
「今朝のことですが、私からも謝罪の後、学校に苦情を入れました」
「苦情……? 何で園長が?」
これまで園長はリマネスの言いなりで、学校からのクレームもすべて受け入れ、謝罪もして来た。
しかし、逆に園長が学校へ怒りを表すことはなかったので、ユアは相手の対応が信じられなかった。
「学校から電話があった際に全部聞かせてもらったわ。ユアちゃんのカバンの件もひどいし、教頭先生の言葉に私も腹が立って、つい言ってしまったの。“反省しない加害者に幸せな未来はない”って。向こうはそのまま電話を切ったから、納得したかはわからないけど」
「何でそんなこと言ったんですか?」
聞かれた園長は少し俯いた後で顔を上げ、ユアを見た。
「あなたに申し訳ないことをしてしまったから」
「わ、私?」
「前から気付いてたの。あなたがリマネスちゃんからひどいことをされていたのは。でも相手は財閥のお嬢様でしょう? 学園にも良くしてくれているし、逆らったらどんな仕返しが来るか怖くて……。情けないわよね。学園の存続のために一人の生徒を犠牲にするなんて。最低の園長だわ……。本当に、ごめんなさい」
いきなり謝られ、ユアは困惑した。
「“人生を奪われている”ってあなたの言葉を聞いて、目が覚めたの。私、園長を辞めるわ」
いきなりの園長からの宣言に、ユアとディーンは顔を見合わせた。
「な、何で?」園長を焦りながら見つめるユア。
「一人の生徒を長年苦しめて来たんですもの。学園を続ける資格なんてないわ。あなたにはもちろん、他の子供たちにも申し訳が無くて……」
「本当に申し訳ないと思うなら、続けてくれ」
悲しげに言う園長へ、ディーンが冷静に呼び掛けた。
「教頭のような奴らならともかく、そちらは罪を隠さず認めた。そういう者にこそ、教師を続けて欲しい」
「でも、また誰かを傷つけてしまったら……」
「今から悪いことは考えるな。次へ活かせば子供たちもそちらに習って、反省することの大切さを身につけるだろう。今辞めると、皆が悲しむ」
返事に困る園長へ、今度はユアが言った。
「わ、私も、園長には辞めないで欲しいです。きっと今も、私のように苦しむ子がどこかにいると思うんです。そういう子たちをこれからも助けてあげて下さい」
昨日、ユアは怒りを表してしまったが、園長が学校へ啖呵を切った時からすでに許していた。
なので、彼女に学園を辞めて欲しくないのは本音だった。
二人の説得により、園長は辞職を考え直すことにした。
園長の件はそこで終わり、次はディーンへ焦点が当てられた。
「次にお兄さんのことですが、これからどうなさるのですか?」
「“どうなさる”とは?」
「昨晩は二人で泊まれましたが基本、部屋は利用者のためにあって、保護者は泊められないんです。それに、当学園は“異性で一部屋”というルールはありません」
ミラーレでもユアとディンフルは異性同士という理由で寝る場所を分けられたので、説明にすぐ納得できた。
「それに、リマネスちゃんとの契約も解除出来るかはわかりません。あちらはまだユアちゃんを手放すつもりは無いようですし」
「話をしたのか?」
「先ほど電話で少しだけ。実の家族が来ても、気持ちは変わらないみたいです」
ユアはリマネスの屋敷に戻りたくないが、彼女はまた財力で何かしら行動を起こすだろうと考えた。
「次に彼女がアクションを起こした際はこちらも強く出る。それまでは置いてもらえぬか?」
「規則上、保護者の方は別の場所から通っていただくことになっているのですが……」
ユアはぎょっとした。
普通の保護者なら家や近くのホテルから通えるが、ディーンにはリアリティアに居場所が無かった。
ホテルは宿泊できても、金銭が続くか不安だった。
ディーンは変わらず冷静に対応した。
「急だが、職員として働かせていただけるか?」
ユアと園長は顔を見合わせた。
園長は、彼が常に冷たい態度なので施設の職員として不向きだと感じていた。ましてや、施設にいる子供たちは不安を感じやすい子が多く、ディーンに対応を任せていいか心配になった。
ユアは急遽、ディーンを部屋の外に連れ出した。
「何で急に、職員になりたいって思ったの?」
「そうでもせねば、ここには居られぬ」
「そ、そうだけど、職員になるには資格がいるんだよ。持ってないでしょ?」
「資格? 働くのに必要なのか、リアリティアでは?」
「逆に、フィーヴェじゃいらないの……?」
きょとんとするディーンへ、ユアは冷や汗が止まらなかった。
フィーヴェはリアリティアより資格は重要視されていない。資格がないと難しい世界で育ったユアには考えられなかった。
「それよりも、ここは職員を募集しているのだろう?」
ディーンはポケットから、折りたたまれたチラシを取り出した。
グロウス学園のもので「職員募集」と書かれていた。廊下にあったのを一枚取っておいたようだ。
「子供の扱いなら手慣れている。緑界でも話したが、下の者の面倒を見ていたことがあるからな」
ユアは緑界で赤子にミルクを飲ませたディンフルの姿を思い出していた。
そして、彼が自分と同じ施設育ちと言うことも。
ユアもディーンには傍にいて欲しかった。
園長がやっと味方になってくれたが、学園にいればいつリマネスが連れ戻しに来るかわからなかった。
「何なら、ボランティアでも良い」という彼の意見を聞いて部屋に戻り、園長に相談した。
園長もリマネス問題に理解を示すようになったので、資格を必要としない「職員の補助」としてディーンを働かせてくれるようになった。