第84話「猛抗議」
駅に着き、学校まで歩いている間、ユアは他の生徒から注目の的だった。
何故ならリマネスが上げた動画に加えて、昨日行われたくじに当選し、全校生徒の前でミカネからプレゼントをもらったからだ。
何より今日はイケメン男性と並んで歩いているのも、好奇の目にさらされる一因となった。
無数の視線を浴び、俯くユアを見たディーンは人目がつかないビルとビルの間に彼女を連れて行った。
「大丈夫か?」
「昨日、人気歌手からプレゼントをもらったからだよ。リマネスも動画を上げてるし……」
「なら、これで行くぞ」
するとディーンはマントを出し、羽織り始めた。
彼が何をするのかユアはすぐに理解した。
「ち、ちょっと! もしかして、飛んで行くの?」
「これなら見られずに済むだろう」
「いやいや……。歩く必要は無くなるけど、見つかった時どうするのさ?」
「堂々としておけ」
ユアは堂々とする意味がわからなかった。
「もしかして?」と思い、先に忠告した。
「ディン様の世界では普通なんだろうけど、リアリティアには空を飛ぶ人はいないんだよ……」
「魔法を使えば、飛行可能ではないのか?」
「やっぱり……」ユアの予感が的中した。
「そもそも、リアリティアに魔法は無いよ」
「“幻の世界”と言われていたのにか?!」
ディーンは、リアリティアに来てから一番の声量で驚いた。
こちらにも魔法があると信じていたのだ。
「そうだよ。だから、むやみに空を飛んだり、魔法を使ったりしたらダメなの。あと、剣を出すのも禁止!」
「何故だ?」
「ディン様の剣、魔法剣でしょ? 何もないところから剣を出したら、それこそ注目されるから。あと、人前で武器を出すこと自体ダメなの。リアリティアでは、そういうのを持ってウロウロするだけで警戒されるし、罪にもなるんだよ」
「ずいぶんと面倒くさいな……。まぁ、いい。教えていただき感謝する」
ユアはこちらのルールを教えられてほっとした。
同時に、自分と会う前に事件が起こらなかったことを幸運に思うのであった。
◇
視線に耐えながらも学校に到着すると、ユアとディーンは職員室に入って行った。
突然の訪問に驚きながらも、担任と教頭が対応してくれることになった。
「ユアさんのお兄さんですね。来ていただいたところ申し訳ありませんが、あまり時間は取れそうにないです。何せ、この時期は忙しくて……」
「こちらこそ突然訪ねてしまい、申し訳ない。時間が無いなら単刀直入に申す。妹がクラスの者にいじめられているのだ」
担任と教頭は顔を強張らせた。
「主にリマネスにだ。妹は何度も担任に相談したらしいのだが?」
ディーンが睨みつけると、担任は「は、はぁ……」と生返事をした。突然汗をかき始め、かなり焦っていた。
何も言えずにいると、横から教頭が口を挟んだ。
「リマネスさんがやったと言うのは本当でしょうか?」
教頭の質問にディーンは眉をひそめて「と、言うと?」と聞き返した。
「彼女は、ここロイヤルダーク校の希望の星なんです。勉強は出来るし運動神経も抜群だし、教師への態度も立派で、困っている生徒を助ける、非の打ち所がない優等生です。そんな彼女がいじめをするなんて何かの間違いでは?」
「現にユアはやられ続けている。そちらは知らぬと思うが、七つの頃からだ。幼い時のはともかく、この学校で起こったことについて、彼女とその取り巻きに厳罰を与えて欲しい」
「げ、厳罰? リマネスさんにですか?!」
「何か問題でも?」
ディーンが冷静で居続ける間、担任と教頭は冷や汗をかきながら顔を見合わせた。
同時にタイミングよく予鈴のチャイムが鳴った。
ユアは教室へ行くことになり、ディーンはそのまま職員室に残った。
(ディン様、武器や魔法を出さなきゃいいんだけど……)
ユアは不安を抱えながら、教室へ向かった。
◇
教室に入るとすぐに、クラスメートたちが一斉にユアを見た。
「ユア、昨日はありがとね~!」
「グッズ、ありがたく受け取ったよ!」
「ミカネのサインも部屋に飾ってるよ! もう私の物だから返さないよ!」
「あとアクスタも出品したら、すぐに売れたよ~!」
リマネスの取り巻き四人が楽しそうに寄って来た。
最後の者は、ユアが運良く手に入れたミカネのグッズをリアリティアで人気のフリマアプリですでに売ってしまっていた。
「カバン忘れたでしょう? 持って来てあげたわよ」
取り巻きの後ろからリマネスがやって来ては、持っていたカバンをユアの足元へ投げつけた。
ダーク校の指定カバンは真っ黒なレザーのスクールバッグだが、投げられたカバンは色とりどりのマジックで悪口が書かれて派手な色になり、鋭利な物で切り裂かれたりしていた。
持ち手も切られ、肩に掛けられないようになっていた。
「もう卒業するなら必要ないでしょう? 処分を手伝ってあげたわよ」
リマネスが得意げに言うと、取り巻きたちが一斉に笑い声を上げた。
ユアが悲し気にカバンを拾い上げると、教室のドアが勢いよく開き、ディーンが入って来た。
「何がおかしい?!」
笑っていた取り巻き四人が一斉に黙り、他のクラスメートも突然現れたディーンに目が釘付けになった。
「あなた、昨日の?!」リマネスも驚愕した。
「ユアの兄だ。妹が世話になっているようだな!」
リマネスを無視すると、ディーンは教室中の生徒を睨みつけた。
「世話になっている」と言う台詞には、もちろん皮肉がこもっていた。
そこへ、担任と教頭が慌てて入って来た。
「お兄さん! 教室には行かないように言ったはずですよ!」
「百聞は一見に如かず。こういうことは現場で確認するのが一発である」
「“現場”って、まるで事件みたいに……」
リマネスの取り巻きの一人が言うと、ディーンはボロボロになったユアのカバンを取り上げた。
「これが事件でないと申すか?!」
カバンを見た担任と教頭は息をのみ、取り巻きたちはディーンから視線をそらした。
「な、何ですか、そのカバンは?!」
「リマネスさんたちにやられました」
ユアが静かに言った。いつもならここで黙っているが、今日はディーンという強い味方がいるため、躊躇なく言えた。
四人は視線をそらしたまま、「そんなことしてません!」「ユアさんの被害妄想です」と、ほらを吹いた。
「ウソをつけ!! 今しがた言っていただろう?! 廊下まで聞こえたぞ! “卒業が近いから処分を手伝った”と! この台詞も、お前が言っていただろう!!」
ディーンはリマネスに向かって声を荒げた。
当のリマネスは取り巻きと違って、彼らを睨み返していた。
「一人をいじめてそんなに楽しいか? だから、力や金任せに卑怯な真似をするのか?!」
ディーンが声を荒げていると、教頭が口を挟んだ。
「い、妹が可愛いのはわかりますが、そんな言い方はないでしょう! 我々が注意したのに、教室まで行くんですから!」
教頭は焦りながら注意をした。
「リマネスさんは処分を手伝ったんですよ。素晴らしいじゃないですか!」
続けて教頭がリマネスを賞賛すると、ディーンとユアは耳を疑った。
「“素晴らしい”って、何がですか……?」
「卒業したら、もうカバンは必要無いでしょう? ユアさんの周りに、将来ダーク校に通える人もいなさそうですし。何より、うちのカバンは生地も丈夫なので処分が大変です」
「そういう問題ではないだろう!! 生地が丈夫なら私用で使うことも出来る! 問題は、人の物を許可なくボロボロにしたことだ!」
「で、でも、リマネスさんの家に住んでいたら、もっといいカバンが手に入るでしょう。うちの学校のなんて、リマネスさんの経済力に掛かったら安い方ですよ……」
担任までもが、おどおどしながらリマネスを擁護した。教頭と二人そろって味方になる気がないとわかり、ユアは開いた口が塞がらなかった。
彼らの対応にディーンも呆れていた。
「やはり、金か……。金さえもらえれば犯罪も許すのだな、この学校は!」
「は、犯罪なんて……」
「こちらの世界では他者の物品を壊したり傷つけると罪になるようだが、これも例外ではないだろう!」
ディーンが再びカバンを見せて抗議するが、教師らと生徒たちは「こちらの世界」という言葉が気になった。
「か、海外で生活してたんです! なので、言葉を少し間違えるんです!」とユアが咄嗟にフォローを入れた。
「間違いなく犯罪だ。ユア、被害届とやらを出せ」
「被害届」と聞き、ディーンに視線を戻した取り巻き四人は体を硬直させた。
今までユアからの仕返しがない上に、四人のバックにはリマネスがいることで安心して調子に乗って来た。
しかし、今回はユアの家族が証人である(設定であることに気付いていない)。さすがに取り巻きたちも罪は免れないと怯え始めた。
ディーンは空いている時間を使って、こちらの法について学んでいたのだ。
「ち、ちょっと待って下さい!」
担任が慌てて止めに入った。
「被害届はやめてもらえませんか? いくら何でもやり過ぎですよ……」
「人の持ち物に落書きをしたり、切り裂いて持てなくしたりと、こちらの方がやり過ぎだろう!」
「新しいカバンならご用意します! なので警察だけは……」
「そういう問題ではない!!」
ディーンは相手の言葉を遮り、怒鳴りつけた。
あまりの怒りっぷりにユアも少し怖じ気ついた。いつもなら「ディン様が私のために言ってくれるなんて……」と、ときめくところだが、さすがにそれどころではなかった。
「この行為に怒っているのだ!」と、カバンを指して怒号を上げるディーンへ教頭は冷静に切り出した。
「ではどうすれば、怒りを鎮めていただけるのでしょう?」
「ユアへ謝罪し、社会的な制裁も受けて欲しい。もちろん、リマネスも同様にな!」
リマネスは小声で「は?」と不満を垂れた。
そのわずかな反応も彼は聞き逃さなかった。
「何か文句でも? 元はと言えば、貴様らがユアをいじめていたからだろう!!」
リマネス以外の生徒が体を震わせると、教頭も「やめて下さい!」と大声を出し始めた。
「何ですか、“貴様”って?! 十代の子に向かって乱暴な! 制裁や厳罰も、今の時期にさせたら可哀想でしょう!」
「加害者が可哀想だと……?」
ディーンが呆然とすると、教頭は取り巻きたちを指して言った。
「彼女たちも今まで頑張って来たんです! 努力を水の泡にさせないで下さい! ユアさんはいいじゃないですか。もう進路が決まってるんですから! この子たちはまだですよ! 進路が決まって済んでるんですから、ある程度の我慢はしてもらわないと!」
「ユアの方がずっと我慢をしてきた!」
「じゃあ、この子たちの進路が決まるまで続けて下さい! 彼女たちにも未来はあるんですから!」
「ふざけるなぁ!!」
ディーンは怒りの感情をいっぱいに叫び倒した。
担任と生徒たちはもちろん、立ち向かっていた教頭も口をつぐみ、後ずさりをした。
「お前たちは罪を認めぬ加害者に期待をするのか!? こんな奴らの肩を持って、平気で世に放つのか?! 人に害を成す者を放すとどうなるか、考えたことがあるか?! こいつらがのうのうと暮らしている間に、謝罪を受けなかった被害者は心の傷に苛まれて生きていくのだぞ!! こいつらよりも、ユアのような人間が社会に出る方が良い! この子はドジだが自分の罪をしっかりと認め、人の痛みを理解し、大事が起きぬよう配慮もしてくれる! こいつらよりも、よほど良い子だ! 貴様らが助けるべきは、こういう者ではないのか?! 私が教師ならば、真っ先に被害者を守る! 加害者に甘く、被害者を救う気が無い奴に、人の相手をする資格など無い!!」
見境なく怒鳴るとディーンは、教頭からリマネスら五人へ視線を移した。
「貴様らもだ。他者を傷つけねば己を保てぬ精神状態なら、家から出て来るな!!」
彼はそう吐き捨てると、教室から出て行ってしまった。




