第79話「変身」
泣き疲れて眠ったユアは、公園のベンチの上で目を覚ました。
体にはディンフルのマントが掛けてあった。
「起きたか」
「……ディンフル?!」
彼の姿を見たユアは驚愕し、飛び起きた。
ディンフルがリアリティアに来たことと眠る前に聞いた言葉は、夢だと疑っていたのだ。
ユアは起き上がり、ディンフルへマントを返した。
彼はマントを着けながらユアの隣に座る。
「どうだ? たくさん泣いて眠ってスッキリしたか?」
「うん。それよりディンフル。さっきの発言だけど……」
「発言?」
「ウ、ウソじゃない……よね?」
ユアがおずおずとしながら尋ねるとディンフルはすぐに理解し、きっぱりと言った。
「ウソでは言わぬ。“俺が守る”など」
「ギャ~!!」
ユアは絶叫し、両手で顔を覆った。
ミラーレで出会った時と同じシチュエーションだが、ディンフルにとっては本日二度目だった。
「何だ……?」
「ま、守るって……、本気で言ってるの?!」
彼女は両手で顔を隠したままで聞いた。
幼少期から空想の話が好きだったユアは「守る」という台詞に憧れて来た。
よりによって現在の推しから直接言われ、頭がさらにパニックになった。
「今のお前には助けが必要だからだ! ましてや、屈強な男どもに襲われたのだぞ! 戦闘力がある俺が守らねば、自力で対処出来ぬだろう?!」
「俺?! おれ、おれ、おれ~!!」
ディンフルは発狂するユアを見て、目が点になった。
「変な奴ではあるが、いよいよおかしくなったか……」と恐怖心に似たものを抱いていた。
「一人称変わってる~! 前は“私”だったじゃない!!」
「そんなこと、どうでもいい!!」
ディンフルは怒鳴りながらも、ユアの両手を無理矢理外した。
また公園内に絶叫が響く。
ユアが落ち着いたところで、ディンフルは今後について尋ねた。
「お前はどうしたい? そのリマネスとやらの屋敷に帰りたくないのだろう?」
「フィーヴェへ行きたい。みんなに会いたい!」
「それなら、早く来れば良かろう。お前には異世界へ行く力があるのだから」
「そ、それが……、こっちへ飛ばされてから使えなくなったの」
「何?」
「何回やってもダメだった。毎日試したのに、一度も成功しなかった……。ディンフルはどうやって来たの?」
ユアは俯きながら状況を説明すると、また顔を上げてディンフルへ聞いた。
「異世界を転々としていたら竜巻が現れた。フィーヴェでフィトラグスらと対峙してる時と同じものだった」
「それって……変動破?!」
「よく覚えてたな」
ディンフルから褒められ、ユアはドヤ顔をした。
「その変動破と魔法をぶつけたら、こちらへ来られた。来れたのだから、戻ることも可能だろう」
「そっか。じゃあディンフル、早速だけど……」
「こちらに未練はないか?」
ディンフルの質問にユアは大きく頷いた。
一刻も早くリアリティアを出たかったからだ。
「わかった。捕まっていろ」
ユアはしっかりと彼に抱き着いた。
ディンフルは彼女を抱き寄せ、左手を天にかざし、魔法を使った。
しかし、手から光が出たものの何も起こらない。
「何も起きぬ……」
「え……? また魔法が使えないの?」
「そんなはずはない。本当に魔法が使えなければ、手から光は出ない。今の場合は空間移動が出来ぬということだ」
「そんな?!」
「今、リアリティアから脱出は不可能かもしれぬ」
ユアは納得がいかなかった。
「他に原因があるはずだよ。そうだ!」
何かを思いついたユアは、ポケットから歪な形の小さな石を取り出した。
「それは?」
「魔封玉の欠片」
「俺が踏んで壊したものか……」
今や魔封玉は二人にとって苦い思い出と化していた。
ディンフルは欠片を手に取り、調べてみた。
「輝きがない。完全に力を失っている。原因はこれではないな。いちかばちか、こちらで行くぞ」
ディンフルは今度は、本のボヤージュ・リーヴルと鍵のボヤージュ・クレイスを取り出した。
クレイスをリーヴルの表紙の鍵穴に挿し、回してもやはり両方の反応は無かった。
ユアはがっくりと肩を落とした。
「そんな……」
「諦めるな。他に方法を探す」
グ~
「今の音は?」
「すんません……」
突然鳴った低音はユアのお腹の音だった。昼から何も食べていなかった。
リアリティアに帰ってからは食欲が落ちていたが、ディンフルと会って安心したのか久しぶりにお腹が空いたのだ。
「まずは腹ごしらえだ。途中で倒れられては困るからな」
「この近くならコンビニがあるよ」
「こんびに?」
ディンフルは聞き慣れない言葉を復唱した。
異世界のフィーヴェにはコンビニは無いので、ユアが案内することになった。
早速行こうとしたところ、ディンフルが引き止めた。
「待て。この姿では動きづらい。変わらせていただく」
「変わるって……?」
ディンフルは再びマントを外すと頭からすっぽりと被った。
外すと、濃い紫色のボブヘアに白い襟付きシャツに黒いジャケットを着て黒いスラックスを履き、紫色のスクエア眼鏡を掛けた青年の姿がそこにあった。
「だ、誰っ?!」
「俺だ。このマントには変身の力もある」
「便利すぎない……?」
「元の姿ではすれ違う者に凝視されたり声を掛けられたりと、歩きづらかった……」
変身したディンフルはうなだれながら言った。
よほど注目されるのが嫌だったのだろう。
ユアは「フィーヴェでも普通に歩けないんじゃ……?」と心の中でつっこんだ。
「きっとイマストのせいだよ。発売して一月経ってるし、売り上げも評判も好調だから、フィットやディンフルたちの知名度が高いんだよ」
ユアは笑顔で説明するが、すぐに表情を曇らせた。
今朝、そのイマストVのソフトを焼失したばかりだ。
「どうした?」
「……私が持っていたイマストのソフト、今朝、暖炉で燃やされたの」
「我々のイラストがついていたものか? 何とひどいことを……!」
変身したディンフルは静かに立腹すると、俯くユアの前に跪いた。
「そのリマネスと言う女、俺が必ず何とかしてみせる。同時に、異世界へ行く方法も探す。だから、元気を出せ」
「ディンフル……」
自身の名前を聞き、ディンフルは苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「待て。“ディンフル”はこちらで呼ぶと、まずいな……。知名度があるのだろう?」
「じゃあ、何て呼んだらいい?」
「そうだな……。この姿の時は“ディーン”と呼べ」
「ディーン?」
「ウィムーダからは、“ディン”と呼ばれていたのでな」
それを聞いたユアの目がいきなり輝き始めた。
「何だ……?」
「じ、じゃあさ……、これからは“ディン様”って呼んでもいい?」
「はっ? 何故、様付けなのだ……?」
ユアは再び顔を真っ赤にして、早口で話し始めた。
「じ、実は、ゲーム屋で一目惚れしてからずっと心の中で“ディン様”って呼んでたの! 直接会ってからは“ディンフル”になってたけど私の中では本当は“ディン様”が主流と言うか……」
「わかった、好きにしろ!」
長くなると思った彼は途中で遮り、承諾した。
ユアは無言で思いきりガッツポーズを決めた。
ディンフル改めディーンたちがコンビニへ向かおうとすると、ユアがもう一つの問題を思い出した。
「私も自由に歩けないんだ……」
「どうした?」
「私のこと、リマネスが作った動画のせいで世界中に知られてるの。だから、ディン様が変身出来ても、どっちみち注目されちゃうよ……」
「参ったな。変身は魔力の消耗が激しいゆえ、一日に一度しか使えぬ。……そうだ」
何か案が浮かんだディーンは魔法でしまったマントを再び出し、魔法を掛けた。
するとマントは黒いキャスケットに変化した。
「マントが変身することもあるが、人の変身ほど魔力を使わぬ。色は固定されるが、顔を隠すにはちょうどいい」
「あ、ありがとう。どんだけ便利なのよ……?」
ディーンに感謝しつつも、ユアはマントの能力の多さにひたすら驚いていた。
試しにマントが化けた黒いキャスケットをかぶると彼の言うとおり、ある程度まで顔を隠せた。
これで二人とも、人目を気にせずに街を歩けるようになった。