第76話「未知の世界」
ドシン!
竜巻の強風が突然無くなると、ソファの上に不時着した。
「こ、ここは……?」
ディンフルはソファに座り、辺りを見回した。
壁一面が鏡になった化粧台、横には数々の女性物の衣装がハンガーに吊るしてあった。演者の控室のような場所だった。
さらに化粧台の前には、金髪ウェーブヘアの若い女性がおり、きょとんとしながらこちらを見ていた。
ディンフルは急いで立ち上がった。
「す、すまぬ! 犯すつもりはない! すぐに出る!」
部屋から出ようとすると、長い銀髪を一つに束ねた長身の男性がドアを開けて入って来た。
「おや……?」
「あ……」
互いに目が合い、部屋に気まずい空気が流れる。
しかし、すぐに銀髪の男性が機転を利かせて対応した。
「部屋をお間違えのようですね。どちらでしょう? お送りしますよ」
穏やかに言う相手に驚きながらも、ディンフルは冷静に断った。
「ありがたいが結構だ。失礼する……」
ディンフルはドアを閉めて出て行った。
「ミカネ様~?」
二人きりになると、銀髪の男性・サモレンが圧を掛け始めた。
「ち、ちょっと?! ミィは知らないわよ! あの人の方から来たんだから!」
金髪の女性・ミカネが必死に否定すると、彼はすぐに理解した。
「そうですか。確かに、格好からして只者ではありませんでした」
「コスプレっぽかったわよぉ?」
ミカネがおどけたように言うと、サモレンは真面目な表情になった。
「異世界の気配がしました。扉が開いたのもそのせいでしょう」
「そうだ、扉! 勝手に開いたのよ! こんなこと、今までなかったのに……」
「やはり、只者ではないようです。念のため、もう一度閉めていただけますか?」
ミカネは「はぁい……」と渋々返事をすると、化粧に使うコンパクトを取り出した。
開けると蓋の裏側に鏡がついており、その下にはパフがあった。
よく見ると、鏡の中には虹色のモヤが掛かっていた。
ミカネはパフを手に取り、それで鏡に触れると元の場所に戻した。
すると鏡は虹色のモヤが無くなり、ミカネの顔をはっきりと映し出した。
「これで完了!」
ミカネは得意げにコンパクトを閉じた。
◇
そこはディンフルにとって、まったくの未知だった。
清潔感を思わせるホワイト系の色の廊下が長く続いており、壁には扉がいくつかあった。人の出入りも激しく皆、忙しなく動いていた。
人々は急いでいるにも関わらずディンフルに目が釘付けになり、中には「イマストのディンフルだ!」「めっちゃ似てる!」と感激の声を上げる者もいた。
(やはりここはリアリティアか。まさか、変動破を使って来られるとは。しかし、“ディンフルに似てる”とな。本人なのだが……。)
周囲の視線に圧倒されながらもディンフルはリアリティアだと理解し、魔法でユアの気配を探り始めた。
わずかな気を感じ取った。付近にはいないが、間違いなくこの世界のどこかにいる。
(感じた気を頼りに行くか)
魔法さえあれば人に聞かなくて済む。もし聞いたとしても、わからない者の方が多いだろう。
彼は、改めて魔法の便利さを痛感した。
魔法で感じた気を辿ってまっすぐ歩き出した。
ここはテレビ局。異世界から来た魔王のディンフルにとっては未知の場所。
フィーヴェにテレビはないので、ここが何をする場所かもちろん彼は知らなかった。
ディンフルは躊躇なく歩き続けた。
とあるスタジオではドラマの撮影をしていた。
木造建ての家に畳の床、広い部屋の中央にはちゃぶ台と、まるで古い時代を思わせる世界観だった。
そんなところへ、洋装にマントという出で立ちのディンフルがカメラの前を横切ったので、古い時代の雰囲気が台無しになった。
監督らしき男性が「カットー!!」と怒号を上げる。
「誰だ、お前は?!」
突然怒鳴られたディンフルは驚いて足を止めた。
「何を怒っている……?」
相手が激怒している理由がわからなかった。
混乱していると別のスタッフがやって来て「アニメやゲーム関係の収録でしたら、別のスタジオですよ」と教えてくれた。
ディンフルは入ってはいけない場所だとすぐに理解し、来た道を引き返した。
出て行く際、スタッフの一人から「ディンフルのコス、すごく似合ってますよ。本人みたいです!」と褒められた。
(だから、本人なのだが……)
今の通路は進行不可能だったので、別の道を探した。
次もスタジオに入り、まっすぐ歩いて行った。
今度はクイズ番組の収録をしていた。
明るい色調のセットへ迷わず入って行くが、今度は先ほどの監督のように怒る者はいなかった。ゲストがサプライズで来たものだとばかり思い、誰も止めなかったのだ。
歩いている途中で「ピンポン!」と高い音が鳴った。ディンフルは初めて聞く音に思わず足を止めた。
音と同時にカメラを担いだ男性が近づいて来る。
不審に思ったディンフルは、カメラマンを睨みつけた。
「何だ?」
無愛想に聞くと、スタジオ内に「ピンポンピンポンピンポン!」と先ほどより高い音が三回も鳴り響くと、司会の男性がマイクを使って叫んだ。
「正解です! 答えは“ナン”でした~!」
いきなり響く大音量にディンフルは耳を塞いだ。
「な、何なのだ……?」
しかし実際は彼の後ろにいた出演者が早押し用のボタンを押し、音を出していた。
そして、その前を偶然通りかかったディンフルが答えてしまったのだ。本人は不本意であるが……。
すぐに番組の出演者でないことがわかり、そのスタジオからも追い出されてしまった。
他のスタジオにも乱入した。
天気予報で国の地図が出る際に大きく映り込んだり、歌番組で歌手が歌っている後ろに映り込み本人より注目を集めたり、料理番組では先生と間違われてそのまま料理の腕を振るったり、様々な騒ぎを起こした末、警備員を呼ばれてしまった。
そのまま外へ連れて行かれ、テレビ局から出入り禁止を食らう始末に……。
「まぁ、外へ出られたのだ。出口を探していたゆえ、ちょうどいい」
ディンフルは再び魔法でユアの気を探り、歩き始めた。
彼はリアリティアのルールも知らなかった。
だから赤信号の時は横断歩道を渡ってはいけないことや、車道を歩いてはいけないことがわからなかった。
数人の警察に呼び止められて注意を受けるが、きょとんとするばかりだった。
名前を聞かれ、答えても「本名を教えろ」と怒鳴られた。ディンフルは今や警察の間でも有名だったため、ファンがコスプレをしていると思われたのだ。
結局らちが明かず、そのまま帰してもらった。
だが、車のことは知っていた。
ミラーレでキイの父・ワードの車の乗せてもらった経験があるのと、あちらで車についての勉強を独自で行っていた。そのため、車は乗る分は便利だが外にいる者には「走る凶器」となることを知った。
しかし、とびらたちが住む地域は小さな町で車の通りはほとんど無く、危険が少なかったために信号のことは調べずにいた。
ユアの気を辿って、今度は開いているフェンスの中へまっすぐ入って行った。
フェンスの中はグラウンドになっており、サッカーの試合が行われていた。ディンフルは構わず歩き続けた。
(最初の騒がしい場所や、途中の“シンゴー”とやらや車が行き交うところと言い、リアリティアはずいぶんとゴチャゴチャしているのだな。見る者、皆、興奮している。だから、ユアもそうなのだな……)
ディンフルは、ユアが興奮しやすいのはリアリティアの環境のせいだと決めつけた。
そんなことを考えながら歩いていると……。
「ディンフルの人、危ない!!」
選手の一人が叫ぶと、ディンフルは立ち止まり振り向いた。
サッカーボールが勢いよく飛んで来ていた。
「だから、本人だっ!!」
怒りのあまり、強烈な蹴りを入れるディンフル。
するとボールは勢いを増して返って行き、向かいのサッカーゴールに入った。
目にも止まらぬスピードだったのでキーパーは唖然とし、他の選手も固まってしまった。
そして彼がシュートを入れたゴールのネットは威力に負け、破れていた。人に当たらなかったのが幸いである。
ボールを追い払ったところでディンフルは再び前を向き、歩き始めた。
◇
ロミート邸。
朝からイマストVを焼失し、昼間はもらったばかりのミカネのグッズを没収されたユアは、部屋のベッドの中で意気消沈していた。
それでも、リマネスは容赦なく「動画の撮影、始めるわよ」と明るく声を掛けて来た。
今日だけは出たくなかった。
しかし、断っても絶対許してはもらえないことはわかっていた。
案の定、ユアがベッドから出ずにいると、リマネスが無理矢理引っ張って撮影の準備を始めた。
待っている間、置かれていたタブレットに現在のニュースが載っていた。
トップニュース欄にディンフルの顔があった。
ユアは慌ててタブレットを取り、そのニュースを開いた。
そこには「ゲームキャラのコスプレをした男がテレビ局や道路で迷惑行為」と書かれてあった。
さらに動画もついており再生すると、彼がサッカー場で強烈なキックでシュートを決めていた。
ユアは「ただのコスプレじゃない。ディンフル本人だ……!」と、新たな希望を抱くのであった。