第74話「逃げよう」
ロイヤルダーク高校の駐車場。
生徒への挨拶が終わるとサモレンは車の運転席に、ミカネは後部座席に乗り込んだ。
「あ~、つかれた。でも、来てよかったぁ!」
「生徒たち、大喜びでしたね。一生の思い出となります。良い企画でした」
サモレンは車のエンジンスイッチを押そうとしたが、指を引っ込めた。
「出発前にお聞きしますが、何故急に“高校でイベントをやりたい”とおっしゃったのですか? この時期は、どの学校も卒業式で忙しいと言うのに」
「卒業が控えてるなら、“卒業を祝える”って口上が使えるじゃない。だからって、卒業式当日はダメでしょ。あれこそ、みんな忙しいし。質問の答えだけど、今日このダーク校で運命の出会いがあると感じたのよ」
「運命の出会い?」
「生徒たちには“くじ引き”って言っちゃったけど、“運命の出会い”なんて言ったら、本当のくじで選ばれた子が注目の的になるでしょう?」
「そこまで考えて……? それで、選ばれたあの方……ユア・ロミートさんでしたっけ? ここ最近、里親に引き取られ、苗字が変わったとお聞きしましたが?」
「ユアちゃん、気に入ったわ~」
ミカネは表情をほころばせた。
「彼女、嬉しそうには見えませんでしたよ?」
「あの子はいじめを受けているわ。緊張と言うよりブルーな顔してたし、周りの視線も気になったのよ」
「私も思いました。だから、可哀想に思って?」
サモレンがバックミラー越しにミカネを見つめる。
緩んでいた彼女の顔が、いつの間にか真剣になっていた。
「それもあるけどぉ、あの子、ミィと同じ匂いがするの」
「香水をつけている感じは見受けられませんでしたよ?」
ミカネは少し考えながら答えた。
「何て言うかぁ、ミィと同じで元からすごいの持ってる気がするのよ。上手くは言えないけど」
「具体的にどういうものを?」
サモレンが首だけ後部座席へ振り返ると、ミカネはスマホを開き、画面に表示された時間を見ていた。
「サーモン、そろそろ出発しないとやばくない?」
サモレンは左腕に着けている時計を見て、出発予定時刻を過ぎていることに気が付いた。
「も、申し訳ございません!」
エンジンスイッチを付け、急いで車を発進させた。
そして、運転を始めてからも「サーモンはやめて下さいね」というつっこみは忘れなかった。
◇
教室に戻る途中、ユアはリマネスの取り巻き四人にトイレに引っ張り込まれた。
ミカネのファンである彼女たちは、恨みのこもった目で睨みつけた。
「いい気なものね。ミカネに選ばれてちょっと会話したからって、調子に乗って!」
「私、調子になんて……」
「乗ってるじゃない! プレゼント見せびらかして歩いてたでしょ?」
「そんなことしてない!」
四人に囲まれたユアが反論するがすぐに遮られ、話も聞いてもらえない。
リマネスは後ろから、その様子を嬉しそうに眺めていた。
取り巻きの一人がユアへ怒鳴りつけた。
「謝って!」
「だ、誰に……?」
「くじに当たらなかったみんなよ!! あんたはリマネスのお屋敷に住めるわ、コネで進路も決まるわで絶好調でしょ? その上、今日はくじに当たってプレゼントまでもらって!」
「どれだけ贅沢したら気が済むの? ダーク校にミカネのファンが多いの知ってるくせに! 当たらなかった人の気持ち、考えて!!」
ユアは絶対に謝りたくないと思った。
リマネスの家に住むのも、行きたくもない進路先に行くのもすべて彼女が仕組んだことで、自分は何もしていない。
プレゼントが当たったのも、まぐれだ。
俯いて無言でいると、取り巻きが「何か言えよ!!」と叫び散らした。
それでも言わないでいると、一人がリマネスへ振り向き「どうする?」と尋ねた。つられて他の三人も振り向く。
その隙に、ユアは取り巻きたちを突き飛ばし、トイレから走って出て行った。
「待て!!」
後ろからいじめっ子の怒号が聞こえる。
(逃げよう。異世界へ行けないなら、ここよりもっと遠くへ!)
ユアは無我夢中で走り、一階の下駄箱まで来た。
靴を履き替えようとすると、上下真っ黒なスーツに身を包み、黒いサングラスを掛けた背の高い男性が五人やって来た。
「教室へお戻りください」
見覚えのない者に声を掛けられ、ユアは思わず靴を履く手を止めてしまった。
そこへ、後ろからリマネスが得意げな顔をしながらやって来た。
「簡単に逃げられると思った?」
ユアが驚愕しながら振り向くと、相手は勝ち誇った顔で笑った。
「あなたがリマネスの隙をついて逃げないように、手配したの。リマネスの家のボディガードだから体も強いし、足の遅いあなたを簡単に捕まえられるわよ」
目の前の男性たちは、リマネスから急遽呼び出されたようだ。
彼女はユアの手からミカネのプレゼントをひったくった。
「返して!!」
ユアが慌てて飛び掛かるが、リマネスは得意の体術でかわす。
「リマネスから逃げようとした罰として、没収よ」
「罰なら今朝受けたじゃない! 私の大切なゲームを暖炉に入れて……!」
「これとあれは違うわ。今朝の罰はリマネスとヴァートンにウソをついたものでしょう? あと、暖炉に入れたのはヴァートンでリマネスは何もしてないわ」
リマネスは落ち着き払いながら、ユアへ言い返した。
「指示をしたのはあなたじゃない!!」
ユアが怒鳴ると、リマネスに突然頬をひっぱたかれた。
「口答えしないで! 孤児院にいた可哀想なあなたを引き取って、大学まで決めてあげたのに何でそんなにわがままなの? いい加減、自分が恵まれていることに気付きなさい!!」
「引き取ることも、大学も、頼んでない……!」
ユアは頬の痛さと悔しさで涙が溢れて来た。
リマネスは泣き出す相手を見て、嬉しそうに笑い出した。
「そもそも、ミカネなんて趣味が悪いわ。あんな人、どこが好きなの?」
「ミカネをバカにするの?!」
好きな歌手をけなされ、ユアはますます怒りが湧いた。
「実際、彼女はバカじゃない。いつも“ミィは~”とか変な話し方をするし、天然だか何だか知らないけどバカ丸出しだし、何で人気あるのか理解出来ないのよね」
「あなたにミカネの良さは、一生掛かったってわからない!」
「わからなくても死にはしないわ」
感情的に怒るユアをリマネスは冷静かつ楽しみながらかわした。
ユアの言葉は何一つ届いていなかった。さらに……。
「その顔、最高よ。やっぱり、あなたはいじめられてる時が一番可愛いわ」
ユアから没収した紙袋にはミカネの直筆サイン、ブロマイド、アクリルスタンドが入っていたが、この後すべて、リマネスの取り巻きたちの手に渡るのであった。
◇
ディンフルはユアを探すため、今まで行った異世界を巡っていた。
最初に向かったのは、ミラーレ。
空間移動の魔法を使って着いた場所は、ユアと出会った公園のベンチの前。
「第二の里帰りとして、戻ってないか?」
公園内とその周辺を隈なく見て回るが、ユアの姿はない。
「ディンフル?!」
名前を呼ぶ声へ振り向くと、買い物帰りのとびらとキイが立っていた。
「やっぱり、ディンフルだぁ!」
「戻って来たんだな?」
二人が喜びながら駆け寄って来た。
「久方ぶりだ。……いや、去って一週間も経っていないか。こちらも重宝させていただいている」
ディンフルはクリスタルで出来た本・ボヤージュ・リーヴルと、同じくクリスタルで出来た鍵・ボヤージュ・クレイスを出して見せた。これらは二人からもらったものだった。
「使ってくれてるんだ?!」とびらが感激の声を漏らす。
「早速聞きたいのだが、ユアは来ていないか?」
ディンフルはリーヴルとクレイスを魔法で消しながら尋ねた。
彼には、魔法で物の出し入れをする力があった。
「ユア? 来ていないよ」
「い、今のって……魔法?!」
とびらは質問に答えるが、キイは魔法に驚いた。
ミラーレにいる間、ディンフルたちは魔法が使えなかったので、キイは話が頭に入って行かなかった。
「魔法、戻ったんだ?!」
「ああ。犯人は身近なところにいたがな……」
「誰だったんだ?」
とびらは再度喜びの声を上げ、キイは魔法を封じた犯人に興味津々だった。
ディンフルはその犯人がユアだとは言わなかった。二人が混乱するだろうし、何より説明が面倒くさかった。
その代わり、ミラーレを発った後のことを話した。
ディンフルが異次元へ飛ばしていた町村を戻したこと、主人公一行はフィーヴェで元の生活に戻ったこと、そしてユアがいなくなったこと。
「私もユア探し、手伝うよ!」
「弁当屋はどうするんだ?」
「あ……」
「また、おばさんに怒られるぞ!」
冒険好きのとびらは手伝ってくれようとするが、キイの言葉で思い留まった。また、まりねに怒られる予感がしたからだ。
「気持ちはありがたいが結構だ。お前たちも仕事があるだろう?」
「ティミレッジたちは連れて行かないのか?」
「彼らは元の生活に戻した。私と違って、待っている者がいるからな。ユアは私一人で探す」
「そうか……。でも、前よりユアを大切にしているんだな?」
ミラーレにいた頃、ディンフルが少しでも良くしただけでユアは興奮した。
そのたびに彼はツンデレを発揮しながら否定していた。
「き、気のせいだ! さらば!」
久しぶりにツンデレを発揮したディンフルは、空間移動の魔法で消えてしまった。
取り残されたとびらとキイは「たった数日じゃ、変わらないか……」と苦笑いをするしかなかった。