第69話「去り行く魔王」
フィトラグスが門番から教えてもらった方角へ行くと、川でトマトによる汚れを落とすディンフルを見つけた。
彼の後ろでは仲間たちが心配そうに見守っていた。
「来なくとも良かったのに」
彼は振り返り、フィトラグスたちへ向かって言った。
「ディンフル、すまない。国民があんなことを……。俺が父上たちを説得する。少しだけ時間をくれないか?」
「結構だ。このような経験は慣れている。下手をすれば、お前が国民からの信用を無くすぞ」
謝るフィトラグスの提案をディンフルは断った。
「そうならないようにするから」と言われても、首を縦には振らなかった。
「やはり、この世界は居心地が悪い。他の世界へ移る」
彼の言葉に一行は驚嘆した。
「そんなこと言うなよ! 俺たち、これからも一緒じゃないのかよ?!」
「私と一緒では、お前たちまで被害を被る」
引き止めるオプダットもディンフルは拒否した。
「じ、じゃあ、フィーヴェに残っているディファートの生き残りはどうするのですか?」
「異世界を巡り、住みやすそうな場所を見つけたら一人ずつ迎えに行く。私のせいで、ディファートはますます肩身が狭くなっている。我らはこちらにいない方が良い。そうだろう?」
答えながらディンフルは、ティミレッジの後ろにいるソールネムへ話を振った。
フィーヴェの戦いが始まる前、彼女は他の魔導士と協力して、ディンフルとディファート全員を消そうと目論んだことがあった。残酷を承知で種族ごと消そうと考えていたのだ。
「まだ理由を聞いてないけど、今去っても解決にならないし“逃げた”と思われるだけよ」
「先延ばしにしても、私の罪が消えることはない」
ディンフルはフィーヴェに留まる気が無かった。
「これからどうするの?」
「まずは、ユアを探す」
チェリテットの質問にディンフルは答えた。
インベクルの出来事が印象的だったので、他の者はユアのことを忘れてしまっていた。
「じゃあ、俺も行くよ! こういう時は協力だ!」
「お前は、恩人である医者へ会いに行くのだろう?」
オプダットが協力の意思を見せるがディンフルはそれも断り、彼の恩人であるアティントスを思い出させた。
案の定、オプダットはアティントスのこともすっかり忘れていた。
「あ、あの……」
次にティミレッジが恐る恐る話しかけるが、ディンフルは皆まで聞かずに言った。
「お前も早く帰って、強気な母に元気な顔を見せてやれ。私と違い、待つ者がいるだろう」
オプダットと同様に彼も「ついて行く」と言いかねないと思ったのだ。
逆に気遣われ、ティミレッジは言葉が出なくなった。
「本当に一人で行くのか?」
最後にフィトラグスが聞いた。
「ああ。私から取り戻した国を築き続けてくれ」
ディンフルがフィーヴェを出る決意を変える気配がないため、フィトラグスはこれ以上の説得はしないことに決めた。
「……わかった。国民にはディファートを受け入れるように説得し続けるよ。何年経ってもな」
「それはありがたい。短い間だったが、世話になった」
ディンフルが別れの挨拶をすると、横からチェリテットとソールネムが話に加わった。
「私達は本当に短い間だけどね」
「世話にもなってないし何もしてないけど、伝えて行くわ」
ディファートを消そうとしたソールネムが協力の意思を見せ、ティミレッジは目を丸くした。
「あんなに魔王を憎んでいたフィットが庇うぐらいだもの。よほどの理由があるんでしょう? ディファートにはひどいことをしてしまったから、その罪滅ぼしをさせてもらうわ」
「わかった。ただし、償いは生きている間に完遂しろ。死んでからでは出来ぬ」
オプダットとティミレッジも諦め、皆で別れの言葉を告げ始めた。
「また会おうぜ! 俺ら、共に旅した仲間だ! この友情は永遠だ!」
「今度来るまでにディンフルさんを受け入れる人、作っておきます! ユアちゃんにもよろしくお伝えください!」
「何なら、ユアをここへ連れて来てもいいからな!」
オプダット、ティミレッジ、フィトラグスの順に挨拶をすると、ディンフルは初めてユア以外の者へ穏やかな表情を向けた。
「さらばだ」
ディンフルは別れの言葉を述べると、空間移動の魔法で消えてしまった。
◇
魔王と別れた五人はその場所から離れられずにいた。
「変な感じだな。あれほど憎んでいた魔王と和やかに別れるなんて……」
「和解エンドなんて理想的じゃん」
「そうそう! ……“わかい”って何だ?」
妙な余韻に浸るフィトラグスへティミレッジが反応しオプダットも頷くが、肝心の「和解」の意味をわかっていなかった。
「あんたねぇ……」
「変わったパーティで旅をしても、おつむの弱さは相変わらずね」
チェリテットが呆れ、ソールネムが嘲るように言うと……。
「俺はもう大人だぞ! おむつなんてしてねぇよ!」とオプダットは逆ギレした。
「はいはい。あなた相手に言った私がバカだったわよ!」
ソールネムはそれ以上言う気が起きなくなった。
「でもディンフルさん、ユアちゃんを探し出せるかな?」
「居場所がわかればな……」
「ユア、元気にしてるといいな~」
今度はユアへ思いを馳せる三人へチェリテットが尋ねた。
「ユアちゃんだっけ? あの子とはどうやって知り合ったの?」
フィトラグスたちは、ユアとの出会いから順番に話し始めた。
その中には、ディンフルが弁当屋と図書館を手伝った件もあり、女性二人は驚きながら聞いた。
「あのディンフルが、施設の手伝いを……?」
「弁当に毒とか入ってそう……」
「そ、そんなことしねぇよ!」
オプダットがすかさず庇う。
しかし、世界を支配しようとした魔王がお店などの手伝いをするとなれば誰もが信じられないし、料理に毒が入っていると疑われても仕方がなかった。
そして、話は緑界での生贄のところまで来た。
チェリテット、フィトラグス、ティミレッジ、ソールネムがそれぞれ感想を述べた。
「自ら生贄に……? 無茶な子ね」
「ユアに原因があったが、今思うと言い過ぎたな……」
「だけどビックリだよ。あのディンフルがキスで助けるなんて」
「一見ロマンチックだけど、魔王とキスなんてごめんよ」
ここで、ティミレッジに疑問が湧いた。
「だけど、“私と出会ったから生きようとしたんじゃないのか”が、ずっと気になるな」
「何、それ?」
「目覚めたユアちゃんにディンフルさんが怒りながら言ってたんです。あの言い方だとユアちゃん、死のうと思ったことがあるんじゃないかな?」
「急に重い話ね……」
「話に重いとか軽いとかあるのか?」
「重い話なんて、あんたには無縁ね」
「“むえん”って何だ?」
また知識の無さを披露するオプダットへチェリテットが皮肉交じりにつっこむが、まったく効いてない。
ソールネムと同じく彼女も「言っても無駄だ」と思い、沈黙した。
ティミレッジの疑問にフィトラグスが反応した。
「ユア本人から聞いたことがある。あいつが、ディンフルを好きになった一番の理由を」
四人が注目すると、フィトラグスは話し始めた。
ユアがリアリティアで絶望している時に通り掛かったゲーム屋の前で、イマストVを知ったこと、そこでディンフルに一目惚れをし、彼に会うためにまだまだ頑張ろうと思ったこと。
「やっぱり、リアリティアで嫌なことがあったんだね」
「ユアに希望を与えたディンフルは、本当にすげーな!」
「こちらでは悪魔のようなことをしてたけどね……」
「だけど、あのディンフルを好きなんて、ちょっと変わってるね」
女性二人はユアが彼に一目惚れしていたことは初耳だったので、先ほどの働く魔王の件と同じぐらい驚きを隠せなかった。
「あの子の事情はわかったわ。リアリティアで何があったか知らないけど、ディンフルがいなければ彼女はあなたたちとも出会えていなかったのね」
そこまで言うとソールネムは一旦言葉を切ると、「もう一つ、知りたいことがあるの」と話を切り替えた。
「ディンフルの事情よ。国王様たちはしばらく国民の対応に追われるだろうから、一緒に聞くのはまだ後になるかもしれないから、先に教えて?」
「私も聞きたい」
「……わかった」
ソールネムとチェリテットは、ディンフルの過去を催促した。
フィトラグスたちはこれも順を追って話し始めた。
聞き終わった時、あまりの悲しい過去からソールネムは彼とディファートをこの世から抹消しようとしたことを激しく後悔するのであった。