第67話「悪夢の正体」
ユアがリアリティアに戻ってすぐに出会ったのは、リマネスとその召使いのヴァートン。
リマネスは小学校一年からの同級生。
腐れ縁なのか財閥のお嬢様であるリマネスが仕向けたのか、毎年同じクラスになって来た。
彼女は一見ユアを好いているように見えるが、誰もいなくなったところで彼女の大切な物を奪う、笑顔で悪口を言う、ユアが落ち込んだ顔を見て笑うなどのいじめを行っていた。
さらに算数など一問ずつ解いていく問題でも、最初の簡単な問題を「見本を見せてあげる」と言いながらリマネスが勝手に解いてしまい、終盤の難しい問題をユアに押し付けた。
断ると「見本を見せてあげたでしょ?」と無理強いをさせ、先生や他の生徒に「ユアさんが自分で問題を解かないんです」と言いつける。そのせいでユアが悪者扱いされてしまう。
図工の時間でも「自由に作っていい」と言われたのにユアの作品を勝手に考想し、手まで出してくる。
一度、最後までリマネスが作り上げてしまい、ユアの作品なのに本人の案が一つも入っていないという悲惨な時もあった。
ユアが先生に抗議するが、リマネスは「手伝っただけなのに……」と被害者のように振る舞った。彼女が泣こうものならユアが先生に怒られるし、周りの生徒からも批判される。
中には「ユアだけ人にやってもらってズルい」と言う者もいた。もちろん本人が望んだことではなかった。
他にも、クラスでいじめのターゲットになるように陰で仕組んだりもした。
これらのことで、ユアが落ち込む度に心から笑うのであった。
彼女の悲しむ顔がリマネスの最大の目的となっていた。
ユアもずっと抵抗はしているが、どうしてもリマネスに勝てなかった。
何故なら小一の時から身長差があり、ユアが背の順で列の前にいるのに対し、リマネスは毎年一番後ろに並ぶぐらい高かった。
そして力も強かった。リマネスは昔から稽古事は何でもやっており、空手、柔道、合気道など、あらゆる体術を身につけて来た。
なので仮にユアが飛び掛かっても、勝てる確率は低かった。
勉強にも力を入れており、リマネスはいつも成績上位だった。
ユアは「偏差値で左右される高校では離れられる」と期待していた。成績下位の自分と優等生のリマネスでは、明らかに同じ高校に行くのは不可能だったからだ。
夢見心地でいたが中学を卒業する際、リマネスの財力で進学先を勝手に変えられた上、彼女と同じ高校に行く羽目になった。
ユアには行きたい高校があったし、何よりリマネスと離れられるのを一番待ち焦がれていたので、同じ高校に決まった時は吐き気を催した。
高校は「ロイヤルダーク高等学校」(略称はダーク校)と言う、リマネスのような貴族が通う学校だった。
ユアは施設にいて財力がないため、学費はすべてリマネスの家が負担していた。
気の合う者はおらず、友達は一人も出来なかった。偏差値も高い進学校なので、学力が高くないユアには最悪の居心地だった。
さらに彼女の振る舞いのせいで、現在もクラスのターゲットになっていた。
二年半耐えて来たユアだが今から三ヶ月前、ついに自分を里子として迎えたいという者が現れた。
年齢も十八なのでもう難しいと思っていたが、それでも受け入れてくれるそうだ。
その里親は四十代ぐらいの女性で名を「ネイム」と言い、一度会っただけで仲良くなった。
トライアルで数日、彼女の家で過ごしたが問題はなく、お互いにこのまま暮らしてもいいことになっていた。
ユアはすでにネイムを本当の母親のように思っており、契約が済んだらすぐに転校し(もうネイムとの話し合いで決まっていた)、新しい人生を歩もうと考えていた。
しかし、ネイムが契約書にサインをしようとした日、里親行きの話は無くなった。
何故ならリマネスが「ユアを引き取る」と言い出し、すでに契約書にもサインをしてしまっていた。
ユアは激しく抗議するが、契約書にリマネスと保護者であるヴァートンのサインがされた以上、受け入れなければならない。
それにリマネスとネイムの経済力では、圧倒的にリマネスの方が上だった。
話が決まるとネイムもとても残念がり、絶望するユアを泣く泣く見送るしか出来なかった。
リマネスに里子として引き取られたユアに待っていたのは、さらなる地獄の日々だった。
施設にいた頃の所持品はすべて没収、廃棄され、服装もリマネスが決めたものしか着せてもらえなかった。
唯一持つことを許された服も「洗濯はしない」とヴァートンから条件が出されたため、自分で洗っていた。
そのヴァートンはと言うと、リマネスの母親の代から屋敷に仕えている召使いで、もちろんリマネスの味方だった。
里子のユアには一度たりとも、笑顔で接したことが無かった。
引き取られた後もユアは、施設の園長に事実を伝え抗議をして来たが、リマネスは小さい頃から優等生で周囲からの信頼も厚く、園長までも味方につけていた。
ユアがどれほど言っても「リマネスちゃんは良い子よ。あなたも見習いなさい」と言うだけで、助けてもらえなかった。
里子になってからは、家の中でも嫌がらせが待っていた。
ユアが嫌がったり落ち込んだりする度に、やはりリマネスは喜ぶのであった。
一度、直談判をしたこともあった。
「どうして、ずっといじめるの……? 私、あなたに何かした?」
涙ながらに訴えるユアへ向かって、リマネスは妖しい笑みを浮かべて……。
「あなたは、いじめられている時が一番かわいいからよ」
具体的な理由は述べず、勝ち誇ったように答えた。
当然ユアは腑に落ちなかったが、それ以上問い詰める気にはなれなかった。
これらが続き、ユアは人生そのものに絶望した。
当てもなく街をさまよっていると、ゲーム屋の店頭モニターで「イマジネーション・ストーリー」の最新作の宣伝が流れていた。
映像に流れるディンフルに一目惚れすると、ユアは空想世界へ逃げようと決意した。
ある理由で異世界へ行くことを断念していたが、逃げないと心身がもたなかった。
空想世界へ行くには、その作品の情報が詰まった物を持って念じなければいけない。
イマストVの発売までまだ三ヶ月もあったが、憧れのディンフルに会うことと空想世界で永住することを考えたら、待つ期間が短く感じられた。
嫌なことがあればゲームのホームページでディンフルや他のキャラを見て、自分を元気づけていた。「もうすぐこの人たちに会えるんだ」と。
単にゲームが好きなだけではない。
遊ぶ前からユアにとっては「イマジネーション・クエストV」は本当に生き甲斐であり、存在そのものが居場所になっていた。
しかし現在、望まざる帰郷になり、居場所になりつつあった世界にも行けなくなってしまった。
その日から毎日、ユアはゲームソフトを抱いてあちらへ行こうと試みるが、やはり上手くいかない。
それでも諦めなかった。
生まれ持った能力が簡単に無くなることも、ディンフルたちに二度と会えなくなることは信じたくなかった。
まもなく、ユアの久しぶりの登校日が近づいていた。