第65話「前兆」
前回までのあらすじ
ユアはゲームのキャラクターであるディンフル、フィトラグス、ティミレッジ、オプダットと異世界のミラーレで出会い、四人の故郷・フィーヴェを目指す旅をして来た。
ようやくフィーヴェに帰還すると、ディンフルは彼らの故郷を異次元から戻した。そして魔王になった理由と、人間を殺さずに異次元へ送る理由を皆へ打ち明けた。
そんな中、フィトラグスたちの仲間・ソールネムとチェリテットと再会する。
彼女たちの提案でフィトラグスの故郷を目指していたが道中、ユアが突然現れた大穴に吸い込まれてしまった。
作中用語
〇イマスト:大人気RPGゲーム「イマジネーション・ストーリー」の略。ディンフルたちの代で五作目となる。
〇ディファート:イマストに出て来る種族。見た目は人間と一緒だが、生まれつき不思議な力を持っている。能力は人によって違い、ディンフルは戦闘力に特化している。昔から老若男女関係なく、人間から差別を受けて来た。
部屋の一室。
幅広い鏡の前に座る金色のウェーブヘアの若い女性は、化粧に使うコンパクトをゆっくりと閉じた。
「完了っと」
感情を込めずに言うとコンパクトと入れ替えに自身のスマホを出し、触り始めた。
そこへ銀色のロングヘアを一つに束ね、黒いスーツを着た長身の男性がノックをしてから部屋に入って来た。
「ミカネ様、タイムテーブルに変更があります。前座で歌うはずだったアーティストが体調不良でお休みのため、出番が前倒しになりました」
男性・サモレンが言うと、ミカネと呼ばれた女性は笑顔で振り向いた。
「まだまだ寒いもん。体調崩してもしょうがないわ。でも前倒しになった分、早く帰れるんでしょ? ミィは歓迎よ~」
「受け入れて下さると、こちらも助かります」
嬉しそうに明るい声で返事をする彼女へサモレンは感謝を述べた。
しかしすぐに声のトーンを落とし、困った顔でミカネへ尋ねた。
「それより、いじりましたね?」
「バレたぁ?」
何かをいじったらしいミカネは、無邪気な笑顔を向けた。
「私のものでしたので、すぐにわかります! むやみにいじらないで下さい! オモチャじゃないんですから!」
「ちゃんと理由があるの! すっごく悪い予感がしたのよ……」
怒りを示した後でミカネは気味悪く言った。まるで悪寒を感じているようだった。
「だから、扉を閉めたの」
最後に意味深に重く言うミカネを、サモレンは穏やかな表情で彼女をなだめ始めた。
「わかりました。何が起きるか調べて参ります。ミカネ様の予言は的中率が高いですからね。……しかし普段も、“話し相手が欲しい”という理由で、いじってますよね?」
「バレたぁ?」
なだめた後で、笑顔を作りながら圧を掛け始めるサモレン。
対してミカネも満面の笑みで対応する。反省しているようには見えなかった。
「先ほども言いましたが、すぐにわかります!」
サモレンが再び彼女を睨んだところで、若い女性スタッフが「出番です。スタンバイ、お願いします」とドアをノックしながら声を掛けた。
「じゃあ、行って来るわ。大丈夫、今回は“扉を閉めて良かった”って思う時が来るから。何が起こるか調査をお願いね、サーモン」
「かしこまりました。ですが、“サーモン”はやめて下さい」
最後に不満を露わにするサモレンを後に、ミカネは着ていたロングドレスの裾を持ちながら部屋を出た。
◇
フィーヴェ。
ディンフル、フィトラグス、ティミレッジ、オプダット、そしてチェリテットとソールネムが途方に暮れていた。
一緒にいたユアが突如現れた大穴に吸い込まれて消えてしまったのだ。
ディンフルは奮起したが彼女を助けられず、膝をついて俯いていた。
他の者たちもどう声を掛ければいいかわからなかった。
「ユアはどこ行ったんだよ?」
「こちらが聞きたい……」
沈黙を破るようにオプダットが聞くが、ディンフルはすぐに力なく答えた。怒りを表す気力も失っていた。
「魔法であることは間違いないわ」
ソールネムが冷静に答えた。
黒魔導士であるために、普通の人間より魔力を感じやすかったのだ。
「もしや、異次元へ送る魔法?」とフィトラグス。
「私が使っていたものと似ていた」
ディンフルは相変わらず地面を見ながら答えた。異次元へ送る魔法なら彼も使える。
魔法の類がわかるとティミレッジとオプダットは目を輝かせた。
ディンフルが使えるなら、ユアを連れ戻せるかもしれないからだ。
「残念ながら異次元から戻すのは送った者しか出来ぬ。今のは私は関わっていない」
希望を抱いていた二人は落胆した。
「確かにユアちゃんとディンフル、普通に話していたし、使うタイミングじゃなかったよね。ディンフルも助けようとしていたし……」
チェリテットが言うと、皆はディンフルが使ったものではないと確信した。
「じゃあ魔法で探しに行くか? 空間移動、使えるんだろ?」
「異世界へ飛べるリーヴルもあるぞ」
「それらもダメだ。空間移動は一度行った場所しか行けず、ユアを追うのは不可能だ。リーヴルもランダムで飛ぶゆえ、信用できぬ」
オプダットとフィトラグスが提案してくれるが、ディンフルは理由をつけて断った。
フィトラグスは「ボヤージュ・リーヴル」というクリスタルで出来た本を手にしていた。ユアの破れたリュックから出て来てしまったのだ。
ソールネムがリーヴルへ関心を向けた。
「その本は? 魔力を強く感じるわ……!」
冷静だった彼女はうろたえ始めた。
さらにチェリテットもクリスタルで出来た本が初めてなのか、ひたすら見つめていた。
「これは“ボヤージュ・リーヴル”と言って、“ボヤージュ・クレイス”という鍵で開けたら、異世界へ飛べる本なのです」
ティミレッジは地面に落ちていたクレイスを拾うと、ソールネムたちに見せた。
「か、鍵もクリスタル?!」
「それからも魔力を感じる……。どこで手に入れたの?!」
ソールネムが興奮して聞いたところで、雨が降って来た。
雨足は徐々に強くなった。出歩くのは困難なので、一行は近くにあった洞穴に移動した。
「通り雨だと思うが……」
服についた雨水を払いながらフィトラグスが言った。
「それはどうかしら? ここ数日、フィーヴェはずっと悪天候よ」
「晴れた日なんて、しばらく無かったよ」
ソールネム、チェリテットが説明した。
ティミレッジは「冬だから晴れの日が少ない」と思っていた。
しかし、雨はしばらく激しく降り続けた。季節が理由ではなさそうだった。
まるでフィーヴェのこれからを暗示しているかのように……。
◇
その頃、ユアは茂みの中に倒れていた。
目の前には白系統の色の屋敷が建っていた。どうやら、その敷地内に不時着したようだ。
「ここは……? ディンフルたちは?」
仲間を探すが、いるのは自分一人だけだった。
「そこで何をしている?!」
ユアへ向かって、屋敷の関係者であろう女性の怒鳴り声が響いた。
「ご、ごめんなさい! 怪しい者ではないので通報はご勘弁を! すぐに出て行きます!」
急いで茂みから出ようとすると、声の主が驚きの声を上げた。
「ユア様?!」
名前を呼ばれ、ユアは相手を見た。
視界の先には白髪混じりの茶髪を団子型に結い、ロング丈の紺色のドレスに白いフリルのエプロンをつけた初老ぐらいの女性が立っていた。
「ヴァートンさん?!」
ヴァートンと呼ばれたその女性はユアを見下ろし、冷めた口調で話しかけた。
「何故そのような場所にいるのですか? ふざけてないで早く出て来て下さい」
ユアが茂みから出ると、ヴァートンは彼女を睨みつけた。
「聞きたいことが山ほどあります。すぐに来て下さい」
ユアの返事を待たずに早足で歩き始めた。
そして、数歩歩いたところで振り返らずに「お嬢様を困らせないで下さい」と冷たく言った。
「帰って来た……の……?」
見覚えのある景色を見て、ユアは故郷・リアリティアへ帰って来たことを確信した。
納得できないまま、早く去って行くヴァートンについて行く。
ユアはすでに胃の中が締め付けられていた。