第54話「生贄」
日が暮れてきた頃、フィトラグスたちはようやく村に到着した。
「まったく……。誰かさんのせいでずっと同じとこ、グルグルしたじゃねぇか……」
「誰だよ、その誰かさんって?」
「お前だ!!」
疲れながら文句を垂れるフィトラグスは、オプダットの問いかけに声を荒げた。
「オープンの勘を頼りにした結果がこれだよ……」
ティミレッジもヘトヘトだった。
「でも、頼って良かったろ? こうして村に着けたんだから。俺の勘って、たまに当たるんだよな~」
「たまに?!」
村に着いたのは、彼の勘がたまに当たったお陰らしい。
「“たまに”なら言うな! それぐらい当てにならないもんはねぇんだぞ! このバカ!」
「バカって言うな! 俺は頭が悪いだけだ!」
「一緒だろうが!!」
フィトラグスとオプダットが声を張り合っていると、緑を基調とした髪色や衣装の村人たちがこちらを見ていた。
視線に気付いたティミレッジが「お騒がせしてすいません」と謝り、騒ぐ二人に注意をした。
三人を見ていた村の住民・リーフがやって来た。
「すいません。もしかして、異世界からいらっしゃいましたか?」
「お? よくわかったな! 俺たちはフィーヴェ出身で、ミラーレから来たんだぞ!」
「ひょっとして、ユアさんのお知り合いでしょうか?」
オプダットがドヤ顔で答えるとリーフは異世界の件には触れず、ユアの名前を出した。
緑界の自然を思わせる色とは違い、カラフルな色合いの三人をすぐに彼女の仲間だと判断したようだ。
「ユアちゃん、ここにいるんですか?!」
「いるにはいるんですけど……」
ティミレッジの問いにリーフは言葉を濁した。
「いかにも、俺たちはユアの知り合い……と言うより、仲間だぜ!」
「どこが?」
オプダットが明るく言うと、フィトラグスが嫌そうな顔をしながら言った。
「何だよ、フィット。まだ許してないのか?」
「許すわけない! 早くリーヴルとクレイスを受け取って、次の世界へ行くぞ!」
ミラーレの時とまったく同じ毛嫌いっぷりに、ティミレッジとオプダットは言葉が出なかった。
「それで、ユアはどこにいるんだ?」
オプダットが尋ねると、リーフは俯いた。
すぐに只事ではないと感じたティミレッジがさらに問う。
「無事なんですよね?」
「今は……」
「“今は”? どういうことだ?」
ただならぬ気配を察したフィトラグスも気になって尋ねた。
「ユアさん、俺たち夫婦を助けるために生贄になるんです」
「生贄?! 何の?」
リーフは言葉を詰まらせながらも、緑界の掟と生贄、そして巨大虫について三人に話した。
「それじゃあ……ユア、死んじまうのか?!」
「儀式が上手くいけば……」
彼の力ない答えに三人はぞっとした。
ティミレッジとオプダットはもちろん、避けようとしていたフィトラグスも複雑な思いに駆られた。
「何で名乗り出たんだよ? もしかして、俺のせいか……?」
「と、とにかく行こう! 儀式はまだ始まっていないよ!」
ティミレッジたちは儀式の場へ急いだ。
三人がいなくなってすぐに、今度はディンフルが姿を現した。
一軒の家を覗くと、中でミドリが幼い娘のミントを寝かしつけるため、絵本を読み聞かせていた。
内容は「目を覚まさなくなったお姫様の前に一人の王子様が現れ、彼がキスをするとお姫様は目を覚まし、二人は結ばれ幸せに暮らした」というものだ。
ミントは理解しているのか、楽しそうに聞いていた。
こちらへ気付くとますます嬉しそうに笑った。ミドリもディンフルに気付いた。
「あっ! ミントを保護して下さった英雄さん!」
「英雄ではない」
ユアには「魔王のような格好をした人」と言っていたミドリだが、今は「英雄」と呼びたかった。
だが、ディンフルはヒーローより悪者扱いの方が慣れているので、讃えられても違和感が拭えなかった。
「改めてミントのこと、ありがとうございました!」
「もう良い。それより、一つ聞きたい。ここに桃色のくせっ毛の少女が来なかったか?」
ミドリはすぐに察した。
「やっぱり、ユアさんのお連れさんだったのですね……」
「どこにいる?」
「村の奥の“儀式の場”にいます」
「儀式」と聞き、ディンフルは妙な感じがした。
同時にその場にユアがいることにも胸騒ぎを覚えるのであった。
◇
村の奥にある「儀式の場」では、大樹の幹の上でユアが細いツタで何重にも縛られていた。これで生贄は身動きが取れず、逃げることが出来ない。
幹の先は斜め向きで天へ伸びていた。まるで、神様からのお迎えを待つかのように。
特別に用意された木の階段で緑王がやって来て、最後の確認をした。
「調べたところ、異世界の者が生贄になるケースがありました。緑界の住人を捧げた時と同じで、巨大虫を封じられたようです」
「だったら、私がなっても大丈夫なんですね?」
「ええ……。異世界の者が身を捧げると緑界では英雄扱いになり、一生その名を刻まれるそうです」
「……最期に人様のお役に立てるようで、良かったです」
ユアの覚悟の表れを聞き、緑王は「本当にありがとうございます」と小声で礼を言い、深くお辞儀をしてから降りて行った。
ユアは「これで良かった」と満足していた。
(自分の命で誰かが救われるなら……)
何度思い返しても、自分の選択に悔いはなかった。
(ごめんね。ティミー、オープン、フィット、……ディンフル)
儀式が始まった。
緑界の祈祷師らしき者が数人集まり、呪文を唱え始めた。
大樹とツタがかすかに光り始め、ユアを魔法で包んだ。
彼女はだんだん意識が朦朧としてきた。
「やめろー!!」
日が沈んだ空に男性の声が響く。フィトラグスが叫んでいた。
傍にはティミレッジ、オプダットも心配そうに大樹の上を見つめていた。
「ユア、あんなところに……」
「お願いです、儀式を中断して下さい! 巨大虫は彼らが倒しますので、ユアちゃんを離して下さい!」
オプダットはユアの状態に衝撃を受け、ティミレッジは仲間の二人を指しながら中断を促した。
三人の元に緑王が歩み寄った。
「呪文が始まると中断は出来ません。それに、これはユアさんが決めたことなのです」
その時、祈祷師たちが詠唱をやめ、悲鳴を上げた。
「緑王様、大変です! 巨大虫が……!」
大樹の上で全長十メートルはあろう巨大ムカデが姿を現した。
「な、何、あれ……?!」
「巨大のレベルじゃないだろ! モンスターじゃねぇか!」
ティミレッジは声も体も震え、フィトラグスも我が目を疑った。
虫嫌いのオプダットは声すら出ず、失神寸前になった。
「ユアは大丈夫か?!」
フィトラグスが心配すると、他の者も一斉に大樹の上を見た。
案の定、巨大虫は樹に縛られているユアを狙っており、当の本人は意識を失っていた。
「祈祷師の皆さん、呪文を続けて下さい! 神様へ届けば、巨大虫を倒せるかもしれません!」
「儀式を続けるより、ムカデを倒した方が早い!」
儀式を続行させたい緑王と、巨大虫を倒したいフィトラグスで意見が分かれた。
しかし、巨大虫はユアの手が届く範囲まで移動していた。呪文を再開したり、走って大樹を登っても間に合いそうになかった。
「ユアちゃんへバリアを張るよ!」
「もう儀式の魔法が掛かっております。それ以外のものは受け付けません」
「どうすりゃいいんだよ~?!」
一行が途方に暮れている間に、巨大虫が口を開け始めた。
巨大虫が何かに弾かれ、ユアから離れた。
その前に大剣を手にしたディンフルが降り立った。
「ディンフル!」
「ディンフルさん!」
オプダットとティミレッジが喜びを露わに同時に叫んだ。
「まったく、世話が焼ける……」
ディンフルはユアへ振り返り、呆れるようにつぶやいた。