第47話「真の出会い」
フィーヴェの戦いが始まる一ヶ月ほど前。
ティミレッジは、青色のベリーショートヘアに紺色のケープの下に白い上下の服を着た女性と共に、フィーヴェ北部にある古城に来ていた。
王の間の玉座にはディンフルが足を組んで座っていた。
杖を構え魔王を睨むティミレッジの前に、同行していた女性が立った。
彼女も目の前のディンフルを睨みつけていた。
「あんたが魔王様かい?」
皮肉っぽく言うもディンフルはひじ掛けに片手で頬杖をついて無言を貫き、視線の先にいる男女を見下ろしていた。
「フィーヴェを支配するつもりかい?」
二つ目の質問で彼は口を開いた。
「だったら何だ?」
「みんな、あんたに敵わなかったみたいだけど、あたしはそうはいかないよ!」
「面白い。女性だからと言って容赦はせぬ」
女性の勇ましい姿勢を気に入ったのか、ディンフルは不敵な笑みを浮かべ玉座から立ち上がった。
「ああ。互いに手加減は無しだ!」
女性もファイティングポーズを決めて戦闘態勢に入る。
魔導士の格好をした彼女が武術で戦おうとする姿に魔王は違和感を覚えた。
「武闘家か? 魔導士に見えたが……」
「武闘家 兼 黒魔道士だ! 魔法も使えるし、武術でも戦える!」
「……ますます面白い。早速始めよう」
ディンフルは魔法で大剣を出した。
互いに準備が整い、戦闘に入る前に女性が一声掛けた。
「待ちな。後ろにいるのは息子だ! こいつには手を出すんじゃないよ!」
気の強いその女性はティミレッジの母親で、名を「アビクリス」と言う。
まさか親子で魔王討伐に来たとは思わず、ディンフルが疑問を抱く。
「息子……? 何故連れて来た?」
「優秀な白魔導士だからだ。ここまでの道中、バリアで守ってくれたり、傷を治してくれたりと活躍してくれた! 魔力はもうそんなに残ってないが、いざと言う時の手助けになればと思って連れて来た。もしあたしが死んでも、この子には一切手を出すな!!」
彼女の力強い発言を聞いていたティミレッジは不安な表情を浮かべたが、すぐにまたディンフルを睨みつけた。母の発言は想定できていた。
しかし想定内でも、親が「自分が死んでも」と言うと、子は不安になるものだ。
「……来い」
息子には触れず、ディンフルは静かに促した。
これ以上の無駄話は無しにして、早く終わらせたいと思っていた。
彼の挑発に乗り、アビクリスは拳に魔法をまとい、掛かって行った。
決着はすぐについた。
アビクリスがたどり着く前に、ディンフルが魔法を込めた大剣を振った時の衝撃波に当たり、彼女は遥か後方まで飛ばされてしまった。
ティミレッジは血の気が引き、急いで介抱へ向かう。
「無駄だ」
ディンフルの一言で足が止まった。
ティミレッジはおそるおそる、玉座の前に立つ魔王へ振り向いた。
「その者に私は倒せぬ。いくら来ても同じだ」
「や、やってみなければ、わからないよ……!」
ティミレッジは震えながら否定した。
ディンフルは飛行能力を使って、傷を負ったアビクリスの近くまで来た。
彼女は意識はあるが立てそうになかった。
魔王が近づくと、アビクリスにドーム状の白い光の膜が張られた。白魔法のバリアだ。
ティミレッジの方へ向くと案の定、彼が杖をこちらへ向けて魔法を使っていた。
ディンフルを睨んではいたが、やはり全身ががたがたと震えていた。
「は、母にそれ以上、手を出すな……! でないと、許さないぞ……」
「魔力が残り少なかったのではないのか?」
ティミレッジは固まった。
魔王の言うとおり、このバリアを使うと少しの魔力も残らない。
「バカ……! それは、“逃げる時のために取っとけ”って言ったろ……」
アビクリスが体を起こした。
先ほどの自信に満ちた声ではなくなり、苦しそうに唸っていた。
「お、置いて行けるわけないだろう……!」
ティミレッジは今にも泣き出しそうだった。
ディンフルはそれ以上の攻撃は仕掛けず、無表情で目の前の親子を見つめていた。
王の間に複数の足音が響く。
ディンフルの部下である兵士が十名ほど入って来た。
ティミレッジは失意のどん底に落とされた。ディンフル一人でも母が重傷を負ったと言うのに、さらに十人が加わると、白魔導士の自分が相手に出来るはずがなかった。
「ディンフル様、お怪我はありませんか?」
兵士の一人が魔王の身を案じて尋ねた。
「何故入って来た?! 取り込み中だぞ!!」
突然、ディンフルが声を荒げ出した。
兵士たちもティミレッジも、顔が青ざめた。
さらに彼はアビクリスたちに背を向け、「誰の断りを得た? こちらからは一切指示を出していない!」と説教をしながら兵士たちへ近づいて行った。
兵士たちも普段から恐ろしい目に遭っているのか思わず俯き、身を震わせながら聞き始めた。
この隙に、ティミレッジは母親を肩に担いで王の間を出た。
「ディンフル様! 敵が逃げましたよ!」
「む……?」
勇気を出して顔を上げた兵士の一言でディンフルは説教を中断し、アビクリスたちがいた方へ向いた。
「そうか……」とだけつぶやいた。どこか残念そうには聞こえなかった。
「お、追いかけます! 一人は重傷でしたし、もう一人は白魔導士でしょう? 我らでも倒せます!」
一番怒鳴られた兵士が罪滅ぼしのつもりで提案するがディンフルは断った。
「私が行く。一人を担いでいては、故郷へ帰るのは至難だ。トドメを刺す」
◇
城内。
雑魚敵はすでに倒しており、命の危機にさらされることはなかったが、体力が無いティミレッジは母を担ぎながら走っていたのですでに疲労困憊だった。
「ティミレッジ、ありがとう……。あたしを置いて、あんただけでも城を出な」
「何言っているの?! 親を見捨てられるわけないだろう!」
「そっちこそ、何言ってるんだ? 敵はまだ残っているし、追って来るかもしれない。そうなったら、あんたまで巻き添えになっちまうよ……」
「別にいいよ。母親を置いて帰る方が、ずっと後悔するよ!」
「あんたは、優しいね……」
アビクリスは、涙声の息子を心配させないように無理に笑顔を作った。
その時、長い廊下に並んで立っていた柱の一本が二人目掛けて倒れて来た。
「逃げろ……!」
柱はとても太く頑丈そうで、人の上に倒れたら惨事は免れない。
ティミレッジを突き離そうとするアビクリスだが、彼は必死に母親に抱き着いた。
このままでは二人そろって柱の下敷きになってしまう。
柱に数ヶ所、切れ込みが入った。
そのままバラバラに砕け、ティミレッジたちには当たらず、大きな塊となって床に落ちた。
「まだ逃げていなかったのか」
声の方へ向くと大剣を持ったディンフルが涼しい顔をして立っていた。
ティミレッジは「今度こそ終わった……」と絶望した。