第42話「浄化」
洞窟内のサラマンデルがまた激しく咳き込み始めた。
「雪男の仕業じゃ。冷気が流れて来ると、もう、無理じゃ……」
「諦めちゃダメです! ディンフルやフィットたちが必ず助けてくれますから!」
「残念ながら、思ったより良くない。九十年生きるのは、夢のまた夢じゃ……。八十九年……いや、八十八年……もしかすると、八十七年しか生きられんかもしれん……」
「何で一年ずつ減るんですか? それでも十分長生きですよ……」
ふざけているのか、サラマンデルは推測する余命からして死ぬ気が感じられなかった。
ユアは「まだ大丈夫だな」と思い、助けを呼ばないことに決めた。
その時、二人の前に人型の光が現れ、中からスキンヘッドに卵型の顔に髭を長く伸ばし、白いローブを着た老人が現れた。
「な、何?!」
驚くユアには触れず、老人はサラマンデルに挨拶をした。
「久しいのうサラマンデル。元気か?」
「おぉ! ……誰かは忘れたが、久しぶりじゃのう」
相手は名前まで覚えてくれているのに、サラマンデルの方は顔しか思い出せなかった。
目の前の老人は思わず、ずっこけた。
「まぁ、いい。お前さん今、具合が悪いじゃろ? 見舞いに来てやったんじゃ」
「体調悪いの知ってて、“元気か?”って……」
老人は呆れるユアに目を付けた。
「おぉ?! おぬし……、リアリティアから来たな? あちらの周波数がプンプンしとるわい」
「匂いじゃなくって? 周波数って“プンプン”って表現しましたっけ……? それよりも、仙人さんですか?」
「何を言っとる? 見た通りわしは一人じゃ! “千人”ではない!」
コミュニケーションに違和感しかない仙人風の老人に、ユアはすでに疲労困憊だった。
(この人、めちゃくちゃ疲れる……)
「すまんの。別世界から来た者には、“何のこっちゃ玄米茶”じゃな」
親父ギャグまで飛ばす老人。
目の前の相手が疲れていることに気付いてないようだ。
ユアが知る限り、イマストVには仙人もギャグを言うキャラもいない。
情報が解禁されていないのと、彼女もゲームをプレイ出来ていないので未確認だが……。
「話を戻すが、サラマンデルはわしが治療する。君はちょっと外へ出てなさい」
「え? でも、外には危険があって……」
「大丈夫。一緒に来た仲間に言えば、わかってもらえるじゃろう」
「他の人のことまで知ってる……? あなた、一体誰?」
「“老師”とでも言っておこうか」
「老師さん……? どこの世界から来たんですか?」
「つべこべ言わんでいい。今は出るのじゃ」
何故か外に出るよう促されるユア。
サラマンデルの友人であるらしく、彼に危害を加える様子は見られない。
ユアは「サラマンデルさんをお願いします!」と頭を下げ、老師に言われるまま外へ出た。
走って出たので「会うタイミングに気を付けるんじゃぞ!」という謎のアドバイスが届いているかは不明瞭だった。
◇
雪男の猛烈な息が止まらず、四人は岩陰に隠れていた。
しかし、大剣を手にしたディンフルは余裕だった。
「あの息を私の魔法剣で消す。その間にフィトラグスとオプダットで決めてくれ」
「わかった! 頑張ろうぜ、フィット!」
「ああ」
フィトラグスも勝機が見えたのか、先ほどより不満はなかった。
まもなく作戦は決行された。
ディンフルが一番に岩陰から出ると、炎魔法を大剣に込めた。その大剣を振ると大量の炎が雪男を包んだ。
雪男が火だるまになっている間にフィトラグスとオプダットが駆け出し、それぞれの必殺技を決めた。
「ルークス・ツォルン!!」
「リアン・エスペランサ!!」
二つの必殺技が直撃した。
雪男の体はまるで雪だるまが壊れるようにバラバラに散った。
喜びで歓声を上げるフィトラグスとオプダット。その中でティミレッジだけ疑問を抱いていた。
「あれ? 雪男って獣の類だから、雪では出来てないはず……?」
その疑問は最悪な形で現実になった。
散らばったはずの雪男は再生し、元の姿に戻ってしまった。
「よみがえった?!」
予想外の事態に全員、開いた口が塞がらなかった。
「なら私が……」とディンフルが構え直した途端、大剣が消えてしまった。
「何っ?!」
フィトラグスとオプダットも、雪男からいきなり消えた大剣に気を取られた。
さらに一人ずつに張ったバリアにひびが入り始め、しばらく経たないうちにこちらも消えてしまった。
「な、何で?! さっき、強くしたばかりなのに!」
ティミレッジも驚くと、四人の後ろからユアが走って来た。
「みんな~、こっちはどう?」
「ユア?!」
走ってやって来た彼女へフィトラグス、オプダット、ティミレッジの三人が慌てて対応した。
「来ちゃダメだ! まだ終わってないんだぞ!」
「しかもディンフルの剣も、ティミーの魔法も消えたんだぞ!」
「そうだよ。さっきまで使えてたのに……」
「そ、そうなんだ。実は、サラマンデル様の調子が良くなかったけど、仙人みたいな人が助けに来てくれたんだ。“治しておくから外に出るように”って言われたんだけど……」
「いや、外に出されてもな……」
会話する四人をディンフルは冷静に見つめていた。
やがて、静かに歩み寄って来た。
「非戦闘員を守る余裕が今の我々にはない。洞窟に戻れぬなら下がっててくれ。なるべく遠くにな」
「は、はい」
ユアは言う通りに去って行き、四人から距離を取った。
再び男性陣での戦いが再開された。
雪男は遠くへ向かって息を吐いていた。
「参った……。必殺技が効かぬ上に、私の剣まで消えるとは……」
「何で急に消えたんだ?」
「こちらが聞きたい」
失望するディンフルにオプダットが尋ねるが、苛つきながら返された。
大剣とバリアが消えた原因は誰にもわからない。
ただ、雪男の正体をティミレッジは推測出来ていた。
「僕……雪男の正体、わかったかも? 僕でないと倒せないかもしれない」
「どういうことだ?」
ティミレッジは回復や防御の魔法を使う白魔導士で、敵を倒すことはない。そんな彼しか倒せないことにフィトラグスとオプダットは見当がつかなかった。
だがディンフルは今の説明で理解できたようだ。
「そうか。我々で隙を作る。その間に頼んだぞ、ティミレッジ」
「はい!」
わかっていない二人を置き去りにするように作戦は再開された。
フィトラグス、オプダット、ディンフルが三手に分かれて、雪男へ走って向かって行った。
ティミレッジはディンフルの背におぶわれていた。体力が少ない彼は他の三人のように素早く間合いを詰めるのは難しかったからだ。
ディンフルに背負われるのは数度目だが、緊急事態にフィトラグスたちもつっこまなくなっていた。
三人は雪男の凍てつく息を上手くかわす。
たった一人の雪男も誰を凍らせるか途中でうろたえ、息を吐きながら後ずさりし始めた。
雪男は崖の上まで来た。三人は落ちないように気を付けて、相手へ近づいて行く。
やがて、ティミレッジをおぶったディンフルが雪男の近くまで来た。
「ここで大丈夫です!」と知らせるとティミレッジは地上に立ち、持っていた杖をすかさず雪男へ向けた。
「リリーヴ・プリフィケーション!!」
杖から水色と白色の光が現れ、雪男を優しく包み込んだ。
青と黒色のモヤが抜けると、雪男は真っ白な雪となって溶けてしまった。
「ど、どういうことだぁ?!」
「倒す」と言うより「溶かした」と言った方がいい戦法に、オプダットとフィトラグスは驚愕した。
「浄化技だよ。二人の必殺技では雪男はバラバラになっただけで倒せなかったよね? それを見て、雪に悪い力が宿ったモンスターじゃないかって思ったんだ」
「生き返ったから、アンデッドかと思ったぞ」
「僕も思ったよ。だけど、炎界は熱い世界で雪男なんて元々いないから、死骸すらないと考えたんだ。それで相手の体の色で思い出したんだ。本来は白いはずの雪男が禍々しい色してたからさ。この世界も今は無限に雪があるしね」
ティミレッジは説明を続けた。
どこからか来た悪い力は炎の世界に大量の雪を降らせ、さらにそれでモンスターを作り出した。
それがわかった彼は白魔導士しか使えない浄化技を使い、悪い力そのものを消してしまったのだ。
元凶である悪い力を残したままでは無限に雪男が作られたり、より大型のモンスターも作られる危険があった。
「メンバーにティミーがいてくれて良かったよ~!」
「大袈裟な……」
オプダットは泣きながらティミレッジを賞賛するが、褒められた方は苦笑いだった。
「本当によくやった。これで炎界にも温度が戻り、火の精霊も元気になるだろう」
「リーヴルとクレイスも、探しやすくなるな!」
炎界も無事に攻略でき、四人は安堵のため息をもらすのであった。