第31話「次の異世界」
城を出ると、もう日が暮れていた。
菓子ノ山までは距離があったので、往復だけで時間を食ったのだろう。
菓子王の従者が町の宿を手配しようとしてくれたが、一刻も早く次へ行きたいのでティミレッジが代表で断った。
城を離れ、歩いている途中である問題を思い出した。
「そういえば、鍵は……?」
馬車に乗ったまま行方不明となった鍵こと「ボヤージュ・クレイス」がまだ戻っていない。
そちらと「ボヤージュ・リーヴル」という本がそろっていないと、次の世界へは行けない。
途方に暮れていると、スナックが走ってやって来た。
「馬車が戻りました! お探しのものって、こちらですか?」
スナックの手には、ユアたちが待ち望んでいたクレイスがあった。
五人は安堵し、オプダットが嬉しそうに受け取った。
「これだよ、これ! サンキューな、スナック!」
何とかクレイスが戻ったため、これでまた別の世界へ行ける。
ということは、スナックやこの菓子界ともお別れだった。
「本当にありがとうございました! 皆さんが来てくれていなければ、キャンディーナ姫も救われてなかったかもしれません」
「色んな意味でな。悪い奴から守るのはもちろんだが、躾もしないとダメだぞ。あそこまで言いたい放題の姫は初めてだ」
フィトラグスが指摘するのを見て、ティミレッジとオプダットは「言いたい放題はお互いさまじゃ……?」と思った。
「次に会う時まできちんとさせます」とスナックが約束したところで、ユアはリーヴルの表紙の鍵穴にクレイスを挿してひねった。
開いた本から光が溢れ、五人は中に吸い込まれてしまった。
「え? 本の中に入った……?!」
五人を吸い込んだリーヴルも消え、その場に棒立ちになったスナックのみが取り残された。
◇
ユアたちがたどり着いたのは、ただっ広い場所だった。
空が真っ暗だったので、月明かりだけを頼りに周囲を見渡すが、近くに町は無いようだ。
「どこかのど真ん中に来たようだな」
見通せないせいもあり、辺りには本当に何もなかった。
砂のような地面だけがあり、木々や岩のような物体も見当たらない。
気温は低く、空気も澄んでいた。
「夜だし迂闊に歩くと危険だから、今日はここで休もう」
ティミレッジがランタンを点けながら提案した。
「休むって、寝具とかあるの?」
「僕たちの分はあるけど、ユアちゃんは持ってない……よね?」
ティミレッジ、フィトラグス、オプダットの三人は背負っていた袋から、ブランケットを出して見せた。
彼の言うとおり、ユアには無かった。
野宿は想像に無かったので、寝袋の準備をしていないのだ。
「これを使え」
ディンフルはユアに黒い布を差し出した。
「私のマントだ。魔法が使えぬうちはただの布切れ。あっても無くても一緒である」
ディンフルは、いつの間にかマントを装備から外していた。
ユアは昔からマントを羽織ったキャラが好きで、ディンフルに惚れたのはその要素もあったためだった。
そして、「いつか推しのマントに包まれたい」という願望もあったが、寝具と言う形で叶うとは思わなかった。
ユアは興奮して体温が上がり出した。ランタンが点いたとは言え明るくなかったので、真っ赤な顔を見られずに済んだ。
「じゃあ、ディンフルはどうやって寝るんだ?」
「付近を調査する。お前たちは休んでいろ」
「また別行動か~?」
「朝までには戻る」
再び別行動しようとするディンフルに残念がるオプダット。
「永遠に戻って来なくていいぞ」
フィトラグスがブランケットを広げながら言うと、ティミレッジが戦々恐々としながら二人を見た。
「菓子界で姫君に、“永遠は無い”と言っていたのに?」
ディンフルも言い返した。
キャンディーナ姫への説教を引用され、フィトラグスは気に入らずに舌打ちした。
「まあまあ! 今日は遅いから、もう寝ようか!」
ティミレッジが話を切り替えると、フィトラグスはブランケットをかぶり、ディンフルは四人に背を向けて去って行った。
ひとまず収まり、他の三人はほっとした。
ディンフルがいなくなると、ユアたちは寝る体勢に入った。
しかし、ここはモンスターの有無も不明だ。普段はティミレッジの白魔法で結界を張るのだが今は使えないので、オプダットとフィトラグスが交代で見張ることにした。
疲れているはずだが、寝付けなかった。
特にユアは大好きなキャラクターと出る初めての旅の夜と、推しのマントに包まっているので興奮しっぱなしだった。
「まさか、倒すべき相手と一緒に行くとはな……」
フィトラグスは、今回の旅にまだ不満そうだった。
「でも旅の終わりには仲良くなって、戦う相手じゃなくなってるかもしれないぜ?」
オプダットは相変わらず、「みんな仲良く」の精神だった。
ディンフルが別行動を取るのも「この世界がフィーヴェなのか」、「危ないものはないのか」を確認するためだと信じていた。
「何でそう簡単に受け入れてんだよ? オープンだって、世話になってた人を異次元に送られたんだろ?!」
唐突に始まったオプダットの裏事情に、ユアは「ネタバレが来た」と耳を塞ぎたくなった。だが、しばらくゲームはプレイ出来そうにないので、受け入れることにした。
フィトラグスの指摘にオプダットは反論した。
「死んだって決まったわけじゃねーじゃん?」
「何でそう言えるんだよ? 異次元行って確認したのか?」
「してねぇけど、そんな気がするんだ。その世話になってた人、俺の先生なんだけど、どこかで生きてると思うんだよな。勘だけど」
「勘で適当に言うな!! 前から思ってたんだが、何でお前はいつも底抜けに明るいんだ?! あのディンフルとも“仲良くしたい”って抜かしやがるし!」
「フィット、王子様の口調じゃなくなってるよ……」
心の温度差が違い過ぎるオプダットに、腹を立てたフィトラグスはより乱暴な口調になった。ティミレッジが注意をするも、聞き入れられそうにない。
オプダットもそんなフィトラグスに引きながらも、さらに反論を続けた。
「確かに、先生や故郷を消したのは許せねぇ。でも、殺さないでいてくれるだけマシかなって思うんだよ。また会える可能性があるからさ」
異次元がどんな場所かはユアも含めて想像がつかなかった。
ディンフルの悪行は人間を異次元へ送ったことしか知られておらず、誰かが殺された話はまったく聞かなかった。
「昔、その先生が言ってたんだ。“悪いことをする奴には、必ず理由がある”って。だから、それを取り除けば、ディンフルも悪いことしなくなると思うんだ。ミラーレでお店手伝ったり、ユアやティミーをおぶって連れて来てくれたり、根は悪い奴じゃないと思うぜ」
ディンフルが人間を襲った理由は、「人間たちから差別されて来た報復」しか考えられなかった。
「ねえ。ずっと気になってたんだけど、ディファートは何で差別を受けるようになったの?」
ユアが聞くと、他の三人は困った様子になった。
「僕たちにもわからないんだよね。”大昔にディファート発端のいざこざがあって以来、嫌われるようになった”としか聞いてなくて……」
ティミレッジが答えた後で、フィトラグスが付け足した。
「学校でも教えてくれないんだ。“関わるとろくなことがない”って、フィーヴェの教育界隈から消したって話もある」
「子供に教えちゃダメってよっぽどじゃん……。ディファート発端の事件って?」
「それすらわからない。勉学に力を入れる僕の村や、フィーヴェの代表とも言えるフィットの国ですら教えてもらってないんだから」
「もちろん、オープンのとこも無かったよな?」
「俺、勉強はほとんどサボってたからな~」
他の三人は「だろうな……」と納得した。
ユアは、ディファートが虐げられる理由がわからず、モヤモヤが残った。
フィーヴェ出身の三人は学んでないと言うので、今は諦めるしかなかった。