第29話「キャンディーナ」
キャンディーナは言いたいことを言っても、静まりそうになかった。
ボスモンスターは無視をされ不満なのか、一番近くにいたディンフルへ口を開けて襲い掛かった。
しかし彼は振り向かずに、グーに握った手で相手の顎舌を殴った。モンスターは勢いよく吹き飛ばされてしまった。
「すげっ!!」
オプダットが驚嘆の声を上げると、ディンフルは下山し始めた。
「帰るぞ」
「まだ、お姫様が囚われたままですよ?」
「知らぬ。ここまで問題多き姫とは思わなかった。これだから、人間と言うのは……」
ティミレッジが指摘するが、ディンフルは姫を助ける気を無くしてしまったようだ。
見下ろしていたキャンディーナも、引き続き言い返す。
「ええ、好きになされば? あなたみたいな無礼者に助けてもらうぐらいなら、一生ここで暮らした方がマシですわ!」
「なら全員、撤収だ。ご本人の希望である」
「そういうわけにいかないでしょ!」
ユアが注意をした。
色んな空想作品を見て来た彼女でも、被害者側が強気なパターンは初めてだった。それでも、シナリオ通りに進めるならば、姫は救出しなければならない。
しかし、このお姫様ではどうも気が引ける……。
「いい加減にしろ!!」
今まで黙っていたフィトラグスがようやく声を上げた。
「ほ、ほら、フィットも怒ってるよ……」
昨日の弁当屋と言い、ディンフルへコップを投げた時と言い、ユアはフィトラグスが怒ったところばかり見て来た。
出来ればもう見たくないため、彼を腫れ物のように扱っていた。
「違う。俺が怒っているのは、あんただ!!」
フィトラグスは岩の上に閉じ込められているキャンディーナを指さして言った。
「指をさしましたわね?! とんでもなく、無礼ですわ!」
「今だけお許しを」
突然、敬うような口調で胸に手を当てながら一礼をするフィトラグス。
丁寧なのはその一瞬だけだった。
「あんた、本当に菓子界の姫君なのか?」
「失礼ね! わたくしは正真正銘、菓子王であるパパの娘で、菓子界のプリンセスですわ!」
「幼い頃から、“国の代表は、いかなる時でも国や国民にも敬意を払うもの”と教えられて来なかったか? 相手が従者であってもだ」
「何故、偉い者が目下を敬わなければなりませんの?! そもそも、どうしてあなたみたいな方にそのように言われなければなりませんの?」
「こちらも王家だからだ。申し遅れたが、俺はフィーヴェという世界にあるインベクル王国の王子・フィトラグスだ」
フィトラグスは、キャンディーナへ自己紹介をした。
「他国の王子として見させてもらったが、教育方針が違うようだな。いいか? 自身がそのように振る舞えるのは、スナックのような勇者やキャンディアンら親衛隊のお陰だ」
「何を言っていますの? わたくしがプリンセスなのは、パパが菓子王だからよ! そのパパと結ばれたママから生まれたから、わたくしが姫でいられるのでしょう? 国民や従者がいようと関係ないわ!」
「ないことは無い! あんたのための食事や豪華な召し物を用意してくれたり、普段から気に掛けてくれたり、敬ってくれるのは誰なんだ? ここまで助けに来てくれたのは? あんたがさっきから見下している従者や国民だろう! 守られるのが当たり前になっているのだろうが、これがずっと続くと思うな! あんたの言動一つで信頼が失われると、菓子王にも影響が出る! 王の座も降ろされるかもしれないんだぞ!」
そこまで言うと、フィトラグスはトーンを落として続けた。
「それにな……ある時、急に家族や従者がいなくなったらどうする? 食事や召し物は誰が用意してくれる? 町へ降りても“姫様”と呼んでくれる者や、尊敬の眼差しを向けてくれる者がいなくなったら? 愛してくれる者がいなくなったら? 一人ぼっちになるんだぞ!!」
ユアたちは、彼が故郷や家族を異次元へ飛ばされた時の話だとすぐにわかった。
フィトラグスは自分に置き換えて話しているのだ。
「そ、そんな日、来るわけないでしょう! 不安を煽らないで下さる?!」
キャンディーナは想像したのか、声を震わせて否定した。
「俺もかつては思っていた。“この平和が永遠に続く”って……。でも突然、家族も従者も国民も皆、奪われた」
事情を知らない菓子界の者たちは、フィトラグスの話に聞き入った。
一方で、国を消した張本人のディンフルはだんだん耳が痛くなって来た。
「そして、昔の俺はあんたみたいに色んな人に当たり散らして、従者や国民を下に見た時があった。でも、あることをきっかけに、”みんなを大事にしていこう”って決めたんだ。気付いたのが早くて良かったが、”ひどいことを言った”って、今でも後悔している。もしこれが永遠の別れになるなら、“もっと親孝行すれば良かった”、“もっと感謝すべきだった”って……、一生悔やんでも悔やみきれない」
フィトラグスの経験を交えた説教に説得力があり、キャンディーナは口を挟まずに黙って聞き入った。
「あんたは、国民や従者であるスナックやキャンディアン達に“ありがとう”って思ったことはあるか? 彼らの優しさにいつまでも甘えるな! この世に永遠なんて無いんだ! せっかく来てくれたのに、“遅い”、“不愉快”……よくそんなことが言えるな。今この瞬間に国ごと消えて、従者や国民に二度と会えなくなったら、俺以上に後悔するんだぞ!」
キャンディーナは途中から悲し気な表情で話を聞いていた。
実際、平和な菓子界にモンスターも現れたので、そういう未来が想像に難しくないと思ったのだ。
そんな中、ディンフルに殴られたモンスターが再びユアたちの元へ戻って来た。
オプダットが拳を構えるより先に、フィトラグスが剣を抜いてモンスターへ駆け出して行った。
「俺の国みたいにさせないぞ!!」
モンスターは再びチョコの匂いがする口臭を吐き出した。
フィトラグスはまた手で口と鼻を押さえて怯むが、横からディンフルが巨大な飴玉をモンスターの口に投げ入れた。
相手の口が塞がれ、匂いがしなくなった。
まさかの助太刀に、フィトラグスは驚いた目でディンフルを見た。
「甘い匂いをずっと嗅ぎたくないからだ。飴玉も邪魔で返品したかったのでな。無論、助けたわけではない」
「……わかっている。人の故郷を奪った奴が助けるわけないもんな」
そんな二人のやり取りを見たユアたちは「お互いに素直じゃないな」と思った。
フィトラグスは再び駆け出し、飴玉で口が塞がれたモンスターへ、思いきり剣を振った。
「ルークス・ツォルン!!」
呪文のようなものを唱えると、振った剣先から衝撃波と共に光の波が現れ、モンスターに直撃した。
「い、今のって、魔法?」
「フィットの必殺技だよ」
イマストの下調べはしていたユアだが、必殺技の情報は知らなかった。ティミレッジから教えてもらい、初めて見るキャラの能力に感動した。
同時に「主人公にも必殺技があるんだから、きっと他のキャラにも……」という考えも過ぎった。
必殺技が当たるとモンスターの体が光と化し、そのまま天へ昇って行った。
ようやく親玉を倒せて、一同は喜びの歓声を上げた。
「すげぇよ、フィット!」
「やっぱり、フィットの技は最高だね!」
「初めて生で見たけど、カッコ良かったよ!」
ユアたちだけでなく、スナックとキャンディアンからも賞賛の言葉をもらった。
しかし、ディンフルだけは……。
「必殺技があるなら、初めから使えばいいものを」
皮肉を言われたフィトラグスが思いきりディンフルを睨みつけると、ユアたち三人は「まあまあ」と諫めた。
色々あったが、これで一つの世界が救われたのであった。