第28話「加勢」
住んでいた世界で絶望したこと、ゲーム屋の前を通りかかった際にイマストの情報を知り、フィトラグスらを初めて見たこと、そこでディンフルに惚れたこと……ユアはすべて打ち明けた。
最後まで聞いたフィトラグスは、憐れむような目でユアを見た。
「その時に“ディンフルをもっと知りたい”、“動いて話す姿を見たい”、って思うことで希望が湧いたんだ。考え直して良かったって思ってる」
「ディンフルに救われたってことか。ミラーレでも施設に貢献していたし、だんだんあいつを責められなくなってきたな……」
フィトラグスはため息をついた。
さっきまで表していた怒りの感情はすっかり消えていた。
「引き続き、恨んでいただいて構わぬ」
聞き覚えのある低い声へ振り向くと、ディンフルが腕を組んで立っていた。
「ディンフル?!」
「何でここに?!」
ユアたちが面食らっていると、彼はやや不満げに説明した。
「町を歩いているだけで勇者扱いされ、“魔物を倒してください”と町民から何度もせがまれた」
「それで来たのか? あれほど、“人間は助けない”って偉そうに言ってたくせに」
「そうではない。しつこく言われるゆえ、ゆっくり出来なかったのだ」
ディンフルは呆れながら言った。
「理由はどうだっていいよ! それより、来てくれて良かった!」
「何だ?」
「魔物が強くて、みんな苦戦してるの。スナックもキャンディアンも武器を壊されたし」
「菓子で出来た武器だけどな……」
ユアが事情を説明すると、ディンフルは「やれやれ」とため息をつき、二人の案内で現場へ向かった。
◇
その頃、山頂ではキャンディアンが持って来た砲台から四角い弾を発射していた。
モンスターに当たる度に弾は砕け、白い粉が散る。
「その四角いやつ、何だ?」
「角砂糖です。効いてないようですが……」
オプダットの質問にキャンディアンの一人・リンゴが発射しながら答えた。
角砂糖弾が当たっても、敵はびくともしなかった。
モンスターはバランスボールほどの巨大な飴玉を口から吐き出した。
一同が避けると、スポンジ生地の地面に深くめりこんでしまった。
ティミレッジが慄く。
「こんなに大きいの、人に当たったら……」
「おーーーい!」
ユアたちが一行の元に戻ってきた。
「ユア、フィット! 大丈夫か?!」
「あれ?」
オプダットが心配した後で、ティミレッジが二人と一緒に来たディンフルに気付いた。
「ディンフル?! 助けに来て……」
「断じて違う」
ディンフルはオプダットの言葉を途中で遮り、否定した。
人間を助けると思われるのがやっぱり不快なようだ。
「町に居づらくなったんだとさ。期待しない方がいいぞ」
フィトラグスが卑しく言うが、ディンフルは敢えて反応しないで状況を聞いた。
「どうなっている?」
「キャンディアンが新たに角砂糖砲を撃ってるんですが、効かないんです」
「キャンディアン? 角砂糖砲……?」
ティミレッジから説明を受けたディンフルは疑問を抱いた。
姫救出会議にいなかったのでキャンディアンとも初対面で、武器やモンスターが菓子で出来ていることも初めて知った。
「目には目を、のつもりか……」
半ば呆れるように言うと、ディンフルは手ぶらでモンスターに近づいて行った。
スナックが警告した。
「あ、危ないですよ! 武闘家さんのパンチも効かなかったんですよ!」
「普通の武闘家だからだろう?」
ディンフルの「普通の」という言葉に、フィトラグスは引っ掛かりを覚えた。
「逆に、普通じゃない武闘家なんているのか……?」
ディンフルはまた返事をしない。
モンスターは近付いて来た彼に向かって、巨大な飴玉を吐き出した。
「危ない!」
ユアが叫ぶと、ディンフルは手刀で飴玉をはじき飛ばした。
人一人乗れるほどの物体を払いのけたと言うのに、彼の手は無傷だった。
「えぇっ?!」
一行は驚いて、叫び声を上げた。
払われた飴玉は再び地面にめり込んだ。
モンスターは同じ飴玉をどんどんディンフルに向かって吐いていく。
何度やっても手刀で払われ、地面に落ちるだけでなく後方にいるユアたちへ向かって飛んで行った。
本物の砲弾みたいなものなので、人に当たったらひとたまりもない。
「危ないだろ! 気をつけろ!」
当たりそうになったフィトラグスが注意をした。
しかしモンスターの攻撃を初めて無効にしたので、「これなら勝てるかも?」とユアは希望を抱いていた。
「何事ですの?!」
その時、一行の後方に高くそびえる岩の上から女性の甲高い声が聞こえた。
岩には歪んだ鉄格子があり、中にはパステルカラーの紫とピンクが入り混じったツインテールを縦に巻いた女性がいた。
まさに「捕らえられている」という状態だった。
鉄格子は先ほどディンフルが弾いた飴玉が当たって形が変わったようだ。
「キャンディーナ様!!」
キャンディアンが叫ぶ。
閉じ込められている女性こそが、菓子界のプリンセス・キャンディーナ姫だった。
「あれがお姫様?! 可愛い……」
ユアはファンタジーの世界のお姫様にうっとりした。
だが「可愛い」と思った瞬間は、姫の口から発せられた言葉で台無しになる。
「遅い!! 今まで何をしていましたの?!」
キャンディーナは、岩の牢からキャンディアンとスナックを見下ろしながら怒鳴りつけた。
彼らは「申し訳ありません!」と、その場で土下座をして謝った。
姫の思わぬキャラに、ユア達は目を丸くした。
「“申し訳ありません”じゃないですわ! わたくしがこの三日間、どれほど不自由だったかわかってますの?! 好きな本は読めないし、モンスターから出された不味い菓子しか食べれず、唸り声といびきで寝られないし、誰も助けに来てくれないしで、ずっと不愉快でしたわ!」
「た、助けようと模索しておりました! ですが、敵わなくて……」
「問答無用!!」
恐れながら言い訳をするスナックをキャンディーナは遮った。
プリンセスなのでもう少しおっとりした姿を想像したユアたちだが、イメージが違いすぎて呆然とするしかなかった。
「……あれがキャンディーナ姫っすか?」
「はい。誠にキャンディーナ姫、ご本人でございます……」
オプダットがたじたじしながら尋ねると、キャンディアンの一人・キウイが答えた。
「あんなにわがままなら、放置でも良かろうに」
ディンフルが冷たく言うと、上から「何ですって?!」と姫の怒号が響いた。地獄耳らしい。
「何ですの? その薄汚い色の方々は?」
「薄汚い?!」
罵るような言い方に、ティミレッジがショックを受けながら反応した。
「ええ、薄汚いですわ。特に紫の方! 苦さを思わせる濃い紫に黒という、暗いカラーリング! 先ほどの発言も気になりましたわ!」
「そちらも失言をしただろう? “放置でいい”と言ったのは、それゆえである」
「気に入りませんわ!!」
「気に入って頂かなくとも結構。そちらに嫌われようと、痛くもかゆくもない」
キャンディーナとディンフルの論争が始まると、場の空気はますます悪くなった。
「姫様に何という言い方を!」とスナックが憤り、代わりにティミレッジが平謝りをし、ユアはディンフルに謝るように催促した。当然、彼は聞き入れない。
もちろんキャンディーナもすっかり気を悪くしてしまい、再び怒鳴った。
「キャンディアン!! わたくしを助け出す前に、その無礼な部外者を目の前から排除してちょうだい!」
「お、お言葉ですが姫様……。彼らはただの部外者ではなく、あのモンスター退治に協力して下さっているのです」
「関係ありませんわ! わたくし、そんな失礼な方に助けられたくありませんの! そもそも、何故わたくしに無断で、部外者に依頼なさったの?! 菓子界の問題は、菓子界の者だけで解決すべきですわ!」
菓子だけに甘やかされて来たのか、キャンディーナは捕まっていてもわがまま放題。
決して甘くない姫のキャラに、ユアたちどころか姫を捕らえているモンスターですら圧倒されるのであった……。