第27話「菓子ノ山」
菓子ノ山に着き、馬車が止まった。
外へ出ると、地面がビスケットからケーキのスポンジ生地のようになっていた。
柔らかかったので歩きにくかった。
「まさか、山頂までこの地面じゃないだろうな……?」
イヤな予感がしたフィトラグスが聞くと、スナックが「そうです」と肯定した。
「歩きにくくても、お姫様はこの上だ! がんばって助けようぜ!」
オプダットの前向きな言葉に励まされながらも、一行は菓子ノ山を登り始めた。
◇
少し上がると、お菓子をモチーフにしたモンスターが次々と現れた。
早速のお出ましに、ユアが驚きの声を漏らした。
「もう出るの?!」
「麓までお迎えに来てくれるとはな。ユアたち、下がってろ!」
フィトラグスの合図で、ティミレッジはユアを連れて後方へ下がった。
フィトラグスは剣、オプダットは拳でモンスターと戦い始めた。
初めて生で見る彼らの勇姿に、ユアは目が釘付けだった。
「フィットたちが、戦ってる……」
ユアがときめいていると、スナックとキャンディアンも参戦した。
スナックは濃い黄色の透明な剣で斬りつけ、キャンディアンもそれぞれベージュの柄に先端が茶色い槍で刺しながらモンスターたちを倒していった。
フィトラグスとオプダットはもちろん、スナックとキャンディアンも強かったので、あっと言う間に倒してしまった。
「大丈夫そうだね。行こう!」
一行に戻るユアとティミレッジ。
「これなら、お姫様も助け出せる」と余裕に思うのであった。
◇
その後もモンスターを倒していき、ユアたちはようやく山頂付近に着いた。
山頂に登る前からボスの姿は見えていた。
これまで会ったモンスターより、はるかに大きかった。
「主と言ったところか」
ティミレッジがつぶやくと、モンスターはこちらを睨みつけた。
相手は、麓から戦って来たモンスターと同じく菓子のパーツで作られていた。硬い飴玉で作られた体、鋭いキャンディの爪、茶色いチョコのパーツが多いためか禍々しい色になっていた。
「強そう……」
「これまで通り、力合わせりゃ大丈夫だ! ティミーは引き続き、ユアをお願いな!」
今度はオプダットの指示で、ユアと避難するティミレッジ。
二人が抜けたところで、これまでと同じようにモンスターへ攻撃を仕掛けた。
しかしフィトラグスの剣は効かず、モンスターを殴ったオプダットも拳が痛くなった。
「斬れない……?」
「今までのより、硬くねぇか?」
モンスターの体や爪、そして覆っているチョコはすべてカチコチに硬かった。
ボスと言うだけあって、麓のモンスターたちより強度がはるかにあった。
次にスナックが剣で斬りかかるが敵の鋭い爪でひっかかれ、後ろへ弾き飛ばされてしまった。
「大丈夫か?!」
「は、はい。だけど、剣が……」
スナックは軽いひっかき傷で済んだが、持っていた剣の刃が半分の位置で折れてしまった。
「剣は俺も持っているから、あとは任せてくれ」
フィトラグスが担うつもりで言うと、突然漂い始めた甘い香りに気が付いた。
「なんか、甘い匂いしないか……?」
「たぶん、これです」
そう言いながらスナックは、折れた自分の剣を見せた。
匂いの正体は彼の剣。何と、べっこう飴で出来ていた。ところが……。
「こんな飴があるのか?」
「匂いがいいから、食べても美味そうだな!」
「知らないんですか?!」
フィトラグスとオプダットは、べっこう飴を知らなかった。
剣が飴で出来ていることを驚かれると期待したスナックだが、逆に自分が驚くことになった。
その頃、キャンディアンも返り討ちに遭い、全員持っていた槍を壊されてしまった。
彼らの武器も柄はビスケット、先端はチョコレートで出来ていた。
「それも菓子か?! よくここまで来れたな!」
真剣で戦うフィトラグスにとって、菓子界の武器は前代未聞だった。
だが、武器につっこんでいる場合ではない。
菓子界の勇者と王家直属の護衛の武器が壊され、フィトラグスとオプダットの攻撃も歯が立たない。
ボスを前に、早くも苦戦を強いられていた。
モンスターは次の攻撃として、一行に向かって口臭を吹きかけて来た。
しかし菓子のモンスターなので、チョコレートの香りが漂うだけだった。
「なぁんだ。毒の息と思ったけど、これなら怖くないかも」
ティミレッジとユアはチョコの香りに安心した。
だが前方で戦っていたフィトラグスが急に口を押さえ、来た道を走って引き返して行った。
「フィット?!」
横を通り過ぎる彼を見たユアは、あることを思い出した。
それは昨日の晩、夕食後のデザートでとびらがチョコレートを持って来た時のことだった。
ディンフルが苦手なピーマンを食べようとしなかったのと同じで、フィトラグスもチョコに手を伸ばさなかった。彼は何も言わなかったが、あれでチョコ嫌いが判明した。
それが関係していると思い、ユアはティミレッジに断って後を追って行った。
◇
下山して五分ほどの場所でフィトラグスは切り株に座り、呼吸を整えていた。
「フィット、大丈夫?」
「だいぶマシになった。悪いな、心配かけて……。一旦下りて正解だ。あいつは倒せるかわからない」
ゲームの主人公かつ正義の国の王子であるフィトラグスから弱気なセリフが出た。
「もしかして、チョコのせい?」
「俺がチョコ苦手なの、知ってるのか?」
「昨日の夕飯の時に、何となく……」
ユアが言葉を濁しながら言うと、フィトラグスは「恥ずかしいところを見られた」と言わんばかりに、天を仰いでため息をついた。
「そうなんだ……。子供の時は好きで食べてたんだが、父上の分をこっそり食べたら、めちゃくちゃ気分が悪くなってな。それからは、匂いすらダメになったんだ」
「どうして、気分が悪くなったの?」
「父上は俺と違って、苦いものを好むんだ。チョコレートもカカオが濃いものを選んで食べるからさ……」
ユアの世界にもカカオが濃いチョコがあるので、どれだけ苦いか知っていた。
若いユアでも苦く感じるのだから、当時の彼の舌では耐えられるはずがなかった。
「じゃあ、オープンたちに任せよう。誰でも苦手なものってあるからね」
「ありがたいが、そういうわけにはいかない。姫君が捕まっているんだぞ」
「そうだけど、無理はさせられないよ。私、町へ戻ってディンフルを呼んで来る!」
「何であいつを?!」
因縁の名前を出され、フィトラグスは突然怒鳴った。
「ディ、ディンフルは戦闘に特化したディファートだから、人間で倒せないモンスターと戦えそうだと思って……」
ユアの怯える様子を見た彼はすぐに我に返った。
「すまない……。でもあいつ、やってくれるかな? “人間は助けたくない”って言ってたし、魔法も使えないんだぞ」
「そうだね……」
まだディンフルの戦う姿を見ていないユアだが、魔法が使えなくて困っているあたり彼も本編ほど戦えないかもしれない。
ここでフィトラグスが話題を変えた。
「俺を心配してていいのか? 君が好きなディンフルの敵なんだぞ?」
「知ってる。だからって、フィットたちのことは嫌いじゃないよ。一緒に応援してる!」
ユアはにっこり笑って答えた。
「俺まで応援したら、ディンフルが嫌がらないか? 俺たち、敵同士なんだぞ」
「今のところ、イマストVで嫌いなキャラはいないんだよね。みんな好きだよ」
「一番はディンフルか?」
最後にフィトラグスが聞くと、ユアは赤くなりながらゆっくりと頷いた。
「ずっと聞きたかったんだが、何であいつなんだ? どこに惚れた?」
赤くなる彼女から目を逸らしながら、フィトラグスはさらに聞いた。
一番気になっていることだった。
「フィットは納得いかないかもしれないけど……、一目惚れです」
相手の機嫌を損ねないように言うべきか迷ったが、クッション言葉をはさみ、ユアは正直に答えた。
「なるほど。確かに顔はいいからな。顔だけは」
フィトラグスは納得はしたが、面白くないのか最後を強調して言った。
「君の世界では害はないかもしれないが、フィーヴェではみんな被害に遭っている。俺だけじゃなく、オープンやティミーも、あいつに家族と故郷を奪われたんだぞ」
「知ってる。そのことでは、みんなを気の毒に思ってる……。もちろん、”故郷や家族も早く戻ればいいのに”って思ってる」
「わかってるならいい。だけど、いくら一目惚れでも、相手の行動で冷めたりしなかったのか?」
昨日の悪夢を思い出した。ユアは両者から避けられる事態になった。
答え方に気を付けないと、また彼を不快にさせるかもしれない。
「誰を好きになろうが自由だが、あいつが好かれるのは気に食わない。正義の国の王子が言うことじゃないが……」
言い続けるフィトラグスへ、ユアはとうとう口を開いた。
「じゃあ、言おうか? 私がディンフルを好きになった理由」
「一目惚れなんだろ? 他にもあるのか?」
「うん。少し重くなるけど……」
彼の表情が少し引き締まった。話を聞いてくれるようだ。
「いいぞ」と返事を受けたユアは、昨晩ディンフルにした同じ内容をフィトラグスに話し始めた。