第26話「王子の過去」
菓子の山までは別の馬車で行くことになった。
引いてくれるのは、キャンディで出来た体にポテトチップスで出来た翼とチョコレートの角を生やし、メレンゲのしっぽを持つペガサスだった。
「馬までお菓子かよ……」
菓子界の住民は見慣れていたが、ユアたちにとっては未知の存在だった。
思わずフィトラグスが唖然としながら言った。
「菓子界の動物は皆、お菓子で出来ているんです」
キャンディアンの一人・イチゴが教えてくれた。
四人は最初に出会った羊の大群も、わたあめで出来ていたのを思い出した。
フィトラグスは馬の頭を優しく撫でた。(なるべく、チョコの角に触れないように)
撫で方がスナックの目に止まった。
「馬の扱い、慣れているのですか?」
そう聞かれると、彼は懐かしむように「俺にも愛馬がいたんだ」と答えた。
◇
四人が乗り込むと、馬車は走り出した。
山までは距離があるので、着くまでは時間を持て余す。
出発してまもなく、オプダットがフィトラグスに尋ねた。内容は先ほど話した愛馬のことだ。
「フィットん家、馬を飼ってるんだな?」
「“フィットん家”って、お城だよ……。あと、王子様だから乗馬も出来るに決まってるでしょ!」
隣からティミレッジがつっこむ。
聞いていたフィトラグスが苦笑いをしながら言った。
「王家のみんなが乗りこなせるとは限らないぞ。“絶対に乗れるようになりなさい”って決まりも無いからな」
「で、でも、昔から言うじゃない? 理想の男性のことを“白馬の王子様”って」
ユアが話に加わると、フィトラグスは渋い顔をしながら答えた。
「君の世界でも言うんだな? フィーヴェでもよく聞くが、“お前は理想の王子じゃない”って、どれほど言われて来たか……」
嫌なことを思い出したらしく、またフィトラグスの機嫌が悪くなった。言い出しっぺのユアは墓穴を掘った。
二人の様子を見て、すぐにオプダットが話題を変えた。
「フィットの馬はどんな子なんだ?」
「俺の馬か?」
フィトラグスは思い出を辿りながら話し始めた。表情が少しずつ柔らかくなって来た。
「俺が十六の時に父上からいただいた子だ。今年で六年の付き合いになるが、良き相棒だ」
彼はさらに話し続けた。
「姫の護衛のキャンディアンって子たち、いただろう? 彼らを見ていると、親衛隊を思い出すんだ。あそこまで小さくは無かったが」
「フィットにも親衛隊がいたの?」
ティミレッジの質問にも答えた。
親衛隊は幼少期からいて、大人になるにつれて少しずつ人数を減らし、今は成人し自衛も出来るため、基本いないそうだ。
「もし、敵が襲ってきたら?」
「その時はついてくれる。こちらが強くても、”戦闘中は王家を守れ”って決まりがあるのでな」
今度はユアの質問にも答えてもらった。
「戦闘中って言っても、今回ディンフルが襲って来たぐらいだ。国同士の戦争も長年なかったし」
フィトラグスの国が直接襲われたことは無いようだ。
「王家の命を狙う敵もいなかったの? 例えば、演説中に急に襲って来たりとか?」
「それもないな。演説など国民の前に出る際は、“敵襲がある”と想定した訓練が事前に行われるんだ。幼少期から受けて来たが、襲われた経験は一度も無いけどな」
「何か意外……。魔法も使える世界だから、何かしらあると思ってたから」
「魔法」と聞いて、ティミレッジは思い出したように声を上げた。
「そう! 僕らの世界、魔法があるんだ! 演説中は町やお城に白魔導士が何人か集まって、強力なバリアを張るんだ。被害が出ないのは、そのお陰かもね」
ユアは納得した。
フィーヴェには人を癒したり、守ってくれる白魔法が存在する。よほど、魔力が強い魔導士でなければ、数人掛かりで張られたバリアを破るのは不可能だと思った。
「なるほど……。王家だから、きっと凄腕の白魔導士を集めてるんだね」
「幼い家族もいるしな」
「幼い家族?」
「俺、十六も年が離れた弟がいるんだ」
ティミレッジとオプダットは既に知っていたが、ゲームのホームページを何度も見漁って来たユアは初耳だった。
キャラ紹介で家族構成までは書かれていなかったのだ。
その後も三人がどんどん質問していくと、フィトラグスもその都度答えてくれた。
国王である父は厳格で、女王である母は優しく、年の離れた弟は今は六つでとても可愛いこと。
自分は王子として生まれ、英才教育を受けて来たが、小学校からは国民と同じ学校に通った。同い年の者と過ごさせるためだった。
表向きは幸せそうな国王一家だが、そんなフィトラグスも思春期になると、周囲との違いもあってか反抗期を迎え、両親や従者らに歯向かい困らせることもあった。
そして、反抗期の十六の時に年の離れた弟が生まれると、乳母やメイド達が世話をする様子を見て、「自分も小さい頃、こんなに世話をされてたんだな」と思い、昔も今も愛されていることに気付いた。
これにより従者たちへの態度を反省し、「父のような国王になりたい」と心に誓った。家族と国民も大切にしたいと考え始めたのだ。
特に弟は、大切なことに気付かせてくれたために感謝でいっぱいだった。
「だからこそ、ディンフルが許せないんだ」
しみじみと過去を語った後でフィトラグスは眉を寄せ、低い声で言った。
ディンフルは、自身が守って行こうと決めたもの全てを奪って行った。
ティミレッジ、オプダットは旅の道中(ゲーム本編中)に、彼が一刻も早くディンフルを倒したがっていたのは、正義の王子ゆえのわがままだと思っていた。
今までお互いの過去を聞く余裕が無く、今回初めて本人から語られたことで、皆のフィトラグスに対する印象が変わった。
「ご、ごめんなさい!」
突然、ユアはフィトラグスに向かって頭を下げた。
「私、フィットの気持ちも知らないで、ずっと“ディンフルが好き”って言ってた……。そんな過去があったのに、勝手に浮かれて……。本当にごめんなさい!」
「き、気にしないでくれ。俺も誰にも言ってなかったし傍若無人な振る舞いもしたし、迷惑を掛けて来た。特に君には、傷つけることも言ってしまった……。改めて、すまなかった」
ユアが謝まり始めると、フィトラグスは慌て出した。
あまりにも彼女が反省しながら言うので、逆に申し訳ない気持ちになった。
「話してくれてありがとう!」
最後にユアが感謝を述べると、フィトラグスが初めて彼女へ穏やかな笑みを浮かべた。
この二人の間にあった心の溝が少しだけ埋まった気がした。