第24話「菓子界」
馬車を追って走るフィトラグスとオプダット。だが、途中で見失ってしまった。
馬の足跡と馬車の轍を辿って行くと、大きな町に着いた。
二人はヘトヘトになっており、休憩を取った。
見かねた町の人が噴水から出るジュースを汲み、彼らへ渡した。
二人は礼を言い、ゴクゴクと飲み干した。
「うめ~……」
フィトラグスとオプダットが一息ついていると、ティミレッジをおぶったディンフルが到着した。
その光景を見られたくなかったのかディンフルは急いで降ろすが、フィトラグスの記憶にはしっかりと刻まれてしまった。
「何でラスボスにおぶわれてんだ……?」
フィトラグスは呆れながら尋ねた。
「遅い僕がもどかしかったみたい」
ティミレッジは申し訳なさそうに答えた。
相手は敵なので、手を借りるとフィトラグスの怒りを買うことは手に取るようにわかっていた。
だからと言って断るのも気が引けた。今回は馬車を追っていたが、ティミレッジの早歩きでは明らかに間に合わなかったからだ。
何より、敵であるディンフルがほぼ好意でおぶって行ってくれるのだ。拒否すると、新たな怒りを買うことも考えられた。
ティミレッジはお礼を言うが「お前のためにやったわけではない」と返された。ミラーレでの態度を見て来たため、予想内の反応だった。
「そういえば、ユアはどうした?」
オプダットが聞くと、タイミング良く「お待たせ~」と、ユアが息を切らしながら到着した。
「大丈夫か?! 君、足を捻挫してたんだよな?」
フィトラグスが心配で駆け付けた。
そして、ユアに一声掛けた後でディンフルを睨みつけた。
「ティミーじゃなくて、この子をおぶって来るべきだったんじゃないか?」
「本人は“万全だ”と言っていたし、白魔導士も走る気がなかったのだぞ」
ディンフルは腕組みをしながら、きっぱりと答えた。
「いいよ、フィット。足の調子、本当に良くなったから……」
「ディンフルさんの言う通り、僕も走れなかったし……。ユアちゃんは、ここまでよく頑張ってくれたよ。しっかり休ませよう」
ユアとティミレッジが急いでディンフルを庇う。
当人らに言われるとフィトラグスも何も言えなかった。
「大丈夫ですか? よかったら、どうぞ」
二十代前半ぐらいの青年が声を掛けて来た。
ビスケットを思わせる薄い茶色の天然パーマに、チョコレート色の鎧を着ていた。手にはビスケット型のトレーを持っており、三人分のジュースが入ったコップを乗せていた。
「あ、ありがとうございます! でも、お金が払えるかどうか……」
ユアが遠慮すると、青年は満面の笑みで答えた。
「このジュースは町の噴水から出ているので、飲み放題です。もちろん無料ですよ!」
ユアとティミレッジは相手にお礼を言うと、ジュースをゴクゴクと飲み干してしまった。ジュースは柑橘系のフルーツの味で、疲れた体にしみわたっていった。
ディンフルも無言で飲んだ。昨日のユアに続いて今日はティミレッジを背負って走ったので、ジュースを飲んでリラックスできたようだ。
「皆さん、こちらの菓子界は初めてですか?」
「はい。と言うより、異世界での旅が初めてというか……」
青年に聞かれ、ティミレッジが対応した。
「この町に馬車が来なかったか? 大切なものが屋根の上に乗って行ってしまったんだ」
フィトラグスは聞いた後で、馬車を追い掛けて来た経緯を話し始めた。
「馬車はこの町のものですが……、残念ながら次の人に貸してしまいました」
「えぇぇぇ?!」
衝撃の事態に、五人は驚きの声を上げた。
「つ、次って、どこに行ったんですか?!」
「ここよりかなり遠い町です。先ほど、出発したばかりです」
と言うことは、馬車はもう町にはない。
ユアたちは絶望した。
「でも、必ず戻って来ます。この町は菓子界で唯一、馬車を貸し出していますから」
彼らの様子を見た青年が気を遣うと、ユア、オプダット、ティミレッジの表情が希望へ変わり、目を輝かせた。
「遠いとこだろ? 何時に戻るかわからねぇじゃん……」
「それに、戻ったところで鍵が乗ったままとは限らぬ」
フィトラグスとディンフルの意見で、三人はまた落胆した。
「だ、大丈夫です! 菓子界は平坦な道で揺れがほとんどありませんから!」
青年はさらに気を遣ってくれた。
「ところで皆さん。先ほどから気になっていたのですが、もしかして勇者様でしょうか?」
「そうですよ。こちらの四人はゲームの登場人物で、赤い人が主人公、青と黄色の二人がその仲間、紫の人がラスボスで全員戦闘経験が豊富です。私はそのゲームをプレイする者です」
ユアが代表して答えた。聞かれてもないことまで足しながら。
「そ、そうですか。戦えるなら是非、力を貸していただきたいのです」
五人が「ん?」と声を出すと、青年は突然その場で跪いた。
「申し遅れましたが、私は菓子界の勇者・スナックと申します!」
「菓子界にも勇者が?!」
青年・スナックの自己紹介に、ティミレッジが声を上げた。
「力を貸して欲しいって?」
次にオプダットが尋ねた。
「実は今、菓子界は危機的状況なのです。菓子界の王・菓子王様の一人娘・キャンディーナ様が、突然現れたモンスターにさらわれてしまったのです」
「菓子界にもモンスターが?!」
今度はユアが驚いた。
二人の反応を見たディンフルが呆れながら聞いた。
「白魔導士もお前も驚いているが、来たことがあるのか……?」
「初めてだけど、こういうお菓子にまみれた世界って戦いとは無縁のイメージがあるから」
ユアが答えると、スナックは暗い顔をした。
「確かに菓子界には、おとぎ話で言う“モンスター”はいませんでした。しかしここ最近、謎の竜巻が発生してから、現れ始めたんです」
男性四人は目を見張った。彼らも竜巻により、フィーヴェからミラーレへ飛ばされた。
スナックは話し続けた。
「菓子界のあちこちにモンスターが現れ、我々勇者の出番がやっと来たんです。今まで、あんな敵がいなかったので、勇者も姫の護衛も暇を持て余していたのでね……。姫をさらったモンスターは他の奴より強く、勇者たちはことごとく倒れて行きました」
「それで、姫は無事なのか?」
フィトラグスが聞くが、現在のキャンディーナの状態はわかっていないそうだった。
さらわれて三日にもなるので住民皆、彼女の生死が心配だった。
「三日は長いですし、心配になりますよね……」
「よし! 俺たちで助けに行こうぜ!」
突然、オプダットが提案した。
「何を言っている? 我々は姫君を救うために来たのではないぞ!」
ディンフルは反対だった。
「そりゃそうだけど、放っておけないだろ! お姫様がさらわれたし、魔物も強いらしいし!」
「僕も放っておけないです……」
オプダットが再度頼む中、ティミレッジがおずおずと話に加わった。
フィトラグスも賛成の意思を示した。
「どっちみち、今は鍵がないから移動できないだろ? 何もせずに待つよりは、人一人助けた方が身のためだと思うが?」
「人間を助けるつもりはない」
「……そうだな。あんたはラストに戦うボスで、俺たちみたいな正義感なんて無い。その上、今は魔法も使えない、武器も出せない。何も無いもんな」
「そんな言い方しなくても……」
フィトラグスがこれでもかと言うぐらいの皮肉を言うと、わずかばかりにユアが庇う。ディンフル、フィトラグス以外は表情がこわばっていた。
三人の嫌な予感は、ディンフルから発せられた言葉で現実のものになろうとした。
「忘れているようだから言っておくが、私は戦闘力に長けたディファート。剣や魔法が無くとも、拳一つで貴様を消すぐらいは可能である」
ユアたちはさらに血の気が引いた。ティミレッジとオプダットが急いで、フィトラグスに謝るように催促した。
だが、彼は従わない。その表情は他の三人と違って凛としており、怯えた様子もなかった。
「まあ、いい。鍵の件はこちらも失念していた。馬車が戻るまで好きに過ごせ。私は人助けには関わらぬ」
ディンフルは四人に背を向け、一人歩き出した。
ユアが「どこへ行くの?」と聞いても、振り返らずに「時間を潰す」とだけ答えた。返事をした後、急に立ち止まるとこちらへ向かずに話し始めた。
「言わせていただくが、何も無いのはお前もそうだろう?」
「は?」
「お前の家族や国民どもは、今はどうしているだろうな?」
皮肉の報復なのか、フィトラグスの気持ちを逆撫でするように言い放つディンフル。
フィトラグスの家族たちは魔王であるディンフルに異次元へ飛ばされ、今もあちらに居たままだ。
言い終えた瞬間、彼に向かってコップが投げ付けられた。
気付いたのか回避され、空になったコップがディンフルの視線の先で音を立てて落ちた。
「フィット!」
三人が叫ぶ。
フィトラグスは、パーティから離れた相手を睨み続けていた。
ディンフルは再び歩き始め、やがて見えなくなっていった。