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ラスボスと空想好きのユア  作者: ReseraN
第5章 フィーヴェ編
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第116話「後日」

 超龍の戦いから一ヶ月後のリアリティア。

 ユアはグロウス学園を出て、近所にある女子寮に入った。


 園長たちはまだユアを置いても良かったが、彼女自身の申し出だった。

 グロウス学園もいつまで居られるかわからないのと、早く自立するために学園を卒業したのであった。


 出て行く前、園長たちはユアに一人暮らしのための大切な知識をたくさん教え込んだ。

 特に火の始末や水回りについては……。長年、彼女を見て来たために一番教えたいことだった。


 だが幸いにも、ユアが入った寮では食事は専門の人が作り、掃除も当番制だが最後は寮母が確認をしてくれるため、心配はほとんど無かった。


 そして、寮にはイマストシリーズだけでなく空想作品のファンが多く、ユアは早くも友達が出来、すでに楽しんでいた。


 仕事は変わらず、グロウス学園の職員補助を続けていた。

 住み込みではなくなったが、歩いて行ける距離だったので寮生活が始まった以外は前と変わりなかった。



「みんな、元気にしてるかな?」


 今日は休日。仕事は無いがどこかへ行く気分にもなれなかったので、ユアは自室のベランダからボーっと空を見上げていた。


「そろそろ、会いに行こうかな?」


 そうつぶやいた瞬間、急に目の前に大きな光が現れ、その中からディンフルが姿を現した。


「え?! ディン様?!」


 ディンフルはゆっくりとベランダに着地すると、穏やかな表情で言った。


「久方ぶりだ」


 ユアは一気に顔をほころばせた。


「来てくれたんだ?!」

「ああ。空間移動のレベルを上げ、リアリティアへ難なく行けるようになった。また、あのラーメンを食べたいのだ。こちらのコーヒーも美味いのでな」


 ディンフルはリアリティアの飲食をすっかり気に入っていた。

 しかしユアが喜んだ次の瞬間、彼の表情が鬼のように変わった。


「これらは二の次で、本命は別だ。攻略本はどうした?」

「……攻略本?」


 突然、怒りの表情を浮かべるディンフルに怯えながらユアが聞き返すと、今度は怒鳴られた。


「国王と約束しただろう?! “新しい攻略本を持って行く”と!!」

「あーーーーー!!」


 たった今、思い出した。ダトリンド国王にイマスト(ファイブ)の攻略本を買って、フィーヴェへ持って行くと約束したことを。


「やはり、忘れていたか……。国王が心配していたのだ。“いつまで経ってもユア殿が来ない”と!」

「ごめんなさ~い! ディン様がキスしたって話を聞いて、そっちで頭いっぱいになって……」

「責任転嫁するな! 忘れていたお前が悪い!」

「はい……」


 ディンフルのキスとは、緑界(りょくかい)で彼がユアを目覚めさせる時にした口付けのことだ。

 国王から攻略本の買い付けを頼まれた後、ユアは接吻について初めて知った。帰ってからもしばらくは、そのことしか考えられなかった。


「本当にごめんね! 今日は休みだし、これから買いに行くよ。ディン様も今日は休み?」

「“今日は”ではなく、“今日も”だ」

「魔物退治の罰は?」

「あれなら一週間で終わらせたぞ」


 ディンフルは国王から、特に手の掛かる魔物を退治するよう罰を与えられていた。

 これまでどんな凄腕の戦士でも敵わなかったらしく、強さと言い、数と言い、「どんな強者でも一ヶ月は掛かる」と言われていたのを、ディンフルはたったの一週間で終わらせていた。


「そんな短期間で?!」

「どれほど強いのか期待と覚悟を持って臨んだが、全然だ。むしろ、あの程度で挫折して、よく“勇者”だの“戦士”だの名乗れるものだ」


 戦闘力に長けたディファートのディンフルにとって、フィーヴェの魔物(超龍除く)は朝飯前だったようだ。だが、戦ったことが無いユアには彼の毒舌が鋭く聞こえた。


「そんな言い方しなくても……。ディン様にとっては弱くても、挑んで来た人たちは普通の人間なんだよ」

「……そうだな」


 ユアが人間を庇うように言うとディンフルは少し考え、反省の返事をした。

 少し考え込んだのは、理由があった。


                 ◇


 数日前。ディンフルは釈放された後も、国王の依頼でフィーヴェにまだ生息する魔物を時々退治していた。

 罰の後、ダトリンドはディンフルに信頼を寄せるようになり、魔物関連で困った時は彼を呼ぶようになったのだ。ディンフルもこれをディファートの信頼回復のためと思い、積極的に引き受けた。


 そんな最中(さなか)炎界(えんかい)のサラマンデルから「話がある」と連絡が来た。



 炎界に着くと、彼の洞窟内が炎で明るく照らされていた。


「来たぞ」


 たった一言を告げるディンフルだが、返事はない。

「自分から呼び出しておいて……」苛つきながらつぶやいた後で、名前を呼んだ。


「サラマンデル!」


 洞窟内にディンフルの声が響く。

 しばらくすると、「は、はい……」と、か弱い返事がした。


 突き当りには大きな岩があり、その後ろから火の精霊が出て来た。

 サラマンデルと言えば、元は大型トカゲだが力を発揮すると炎の塊のような姿をしている。そして、年寄りのような口調で話し、さらに言えば図々しかった。


 しかし今出て来た精霊は、炎の姿は同じでも、とても若々しく気弱そうに見えた。


「君は?」

「サ、サラマンデルです……」


 目を丸くしてディンフルが尋ねると、相手は自信なさげに名乗った。

 どう見ても、彼が知っているサラマンデルではない。


「すまんすまん」


 突き当りから、いつものサラマンデルが姿を現した。

 どうやら岩の後ろには階段があり、二人は別の階にいたようだ。


「お前さんには直接言おうと思ってな。実はわし、今日で引退することにしたんじゃ」

「引退?!」ディンフルは思わず声を上げた。


「精霊にも引退など、あるのか?」

「もちろん。精霊と言えども、不死では無いからの。こちらは襲名したての二十五代目サラマンデルじゃ。今度から、こっちを“サラマンデル”と呼んでやってくれ」


 紹介された新しいサラマンデルは、ディンフルへ向かって丁寧にお辞儀をした。

 新旧で性格がまったく違うようだ。


「前々から、精霊界から世代交代の話は来てたんじゃ。普通、精霊は二五〇年ほどで交代じゃが、わしは五〇〇年頑張って来たからのう」

「頑張り過ぎだろう……」


 普通の倍の時間、現役でやって来た旧・サラマンデルにディンフルは唖然とした。


「新旧交代の知らせで呼んだわけか。それならわかった」


 ディンフルは背を向け、出口へ歩き始めた。


「待てい! どこへ行くんじゃ?」


 旧・サラマンデルに呼ばれると足だけ止め、振り返らずに返事をした。


「用が済んだから帰るのだ。そちらの用事もこれだけだろう?」

「ずいぶんとドライじゃのう……。お前さんには異世界の仕組みや扉の番人など、色々と教えてやったと言うのに」

「その節は感謝する。だが、あまり図々しいと煙たがられるぞ」

「最後まで生意気なディファートじゃ! せっかく、新たに見つけた情報を教えようと思ったのに!」

「新しい情報?」


 ディンフルは首だけ振り返った。


「お前さんの用は済んだのじゃろう? もう帰るがええ」


 旧サラマンデルはすっかりふてくされてしまった。

 ディンフルは今度は体ごと振り返った。


「そう言われると気になるだろう。何だ、新しい情報とは?」

「確か、ユアさんって人のことですよね……?」


 新サラマンデルが旧サラマンデルに確認した。


「バカ! 言うでない!」

「ユアの情報だと?!」


 旧サラマンデルがたしなめると、ディンフルは早足で戻って来た。


「最近、すっかり来なくなった。リアリティアで何をしているのかわからぬ。向こうで何かあったのか? まさか、またリマネスが来たのか?!」

「おちけつ! ……じゃなかった。落ち着け!!」


 故意か偶然か、旧サラマンデルは肝心な言葉を言い間違えた。


「どうすれば、たった一言を間違える……?」

「おっ?! そんな態度なら教えてやらんぞ!」


「……申し訳ない」ディンフルは呆れた後で仕方なく謝った。直後に小声で「足元を見おって!」と不満気につぶやいた。


「何か聞こえた気がするが、聞いたことにしておこう」


 普通は「聞かなかったことにする」と言うところを、敢えて聞いたことにする旧サラマンデル。引退が決まっても、おふざけは健在であった。


 早速、本題に入った。


「リアリティアでは何も起きておらん。ユアも平和に暮らしておる。わしが得たのは、彼女の出生についてじゃ」

「出生? ユアはあちらで生まれ育ったのだろう?」

「それがの……」


 旧サラマンデルは、言葉を詰まらせると真剣な眼差しで言った。



「彼女はディファートじゃ。人間ではない」



 新サラマンデルはユアと面識がなく、名前も先ほど聞いたばかりなので特に驚きはしなかった。きょとんとしながら、二人を見つめていた。


 そして、ディンフルも「そうか」と落ち着き払っていた。

 その様子を、旧サラマンデルは気に入らなかった。


「おいおい! もっと驚かんのか?! お前さんにとっては衝撃の事実だと思うが?!」

「薄々、感じていた」


 うろたえる旧サラマンデルへディンフルは冷静に返した。


「あいつは幼少の頃から異世界へ行く力を持っているだろう? 話を聞いた時は“まさか”と思っていたが、リアリティアには異世界の者を召喚出来るミカネという者もいる。彼女とその付き人もディファートだが、普通にあちらで暮らしている。それを知った後では、驚きもしない」


 ミカネとサモレンの例を知っていたディンフルは、ユアの件も何となく察知していた。

 開いた口が塞がらなくなる彼を期待していた旧サラマンデルは、とても悔しがった。


「しかし、瞳孔が人間と同じだが?」

「これも最近わかったことじゃが、ディファートはリアリティアで長い時を過ごすと、人間と同じ瞳孔になる。“隠れディファート”と呼ばれておる。リアリティアより異世界で長く過ごすと、本来の形に戻る」


 重要な情報を伝える旧サラマンデルだが、悔しさからだるそうに言った。


「そちらから聞かせてもらい、確信出来た。教えて頂き感謝する。さらばだ」


 ディンフルは旧サラマンデルへ感謝と別れの挨拶をすると、炎界の洞窟を出た。


                 ◇


 現在のリアリティアの女子寮。

 サラマンデルから聞いた時は何も感じなかった。しかし、久しぶりにユアを前にすると、やはり彼女が人間でないことに違和感があった。


(まさか、ディファートと仕事をしたり、旅をしていたとは……)


「ディン様、どうしたの?」


 考えこむディンフルをユアが心配して覗き込んだ。

 リアリティアで育った彼女の瞳孔は丸く、人間と変わりなかった。


「別に……。それより、攻略本を買いに行くぞ!」


 ディンフルは簡単に返すと、再び攻略本の催促をした。


「“行くぞ”? 一緒に? ……こ、これって、デート?!」


 自身の秘密を知る由も無いユアは現在の推しから誘われ、興奮し始めた。

 そんな彼女を見て、「相変わらずだな」とディンフルは笑うのであった。


(完)

「面白い」「いいね」と思った方は、評価とブクマ登録お願いします。

セルフチェックはしておりますが、気になる箇所がありましたらご指摘お願いします。改善に努めていきます。


「ラスボスと空想好きのユア」はこれで完結です。

最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました!

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