第113話「和解」
インベクル王国の前。
橋を渡った先の野原で全員は別れることになった。
ディファートの子供たちは、チェリテットとソールネムが二台の馬車で送って行った。
残された五人は胸の中がスッキリしていた。
特にディンフルはウィムーダとの長年の夢をようやく実現出来るのだ。そのためか、城を出てからも実感が湧かなかった。
しかし、国を出てから彼の表情は暗くなっていた。
心配したユアとオプダットが尋ねる。
「ディン様、どうしたの?」
「そうだよ。やっとディファートが受け入れられて、あの子供たちも先生や俺らで保護するんだぞ。嬉しくないのか?」
「それは嬉しいさ。ただ、せっかく理想の世界になろうとしているのに、ウィムーダはもういないのだ……」
四人が息をのみ、その場に言葉に出来ない空気が流れた。
「彼女が生きている時にこの瞬間を迎えたかった。人間との共存を一番願っていたのはあいつだぞ。きっと、喜んだはずだ……」
ユアたちは、嘆く彼へ掛ける言葉が見つからなかった。
「魔王なのに、ずいぶんと女々しいんだな!」
静寂を打ち破ったのはフィトラグスだった。
「そんなこと言ったってしょうがないだろ! 死んだ人は生き返らないんだ! いつまでも引きずるなよ!」
「ちょっと、フィット……」
ティミレッジがおどおどしながら止めに入った。
「大体、人間が許せなかったからって関係ない人を巻き込むな! 俺は故郷を消されて生きた心地がしなかったんだぞ!」
「や、やめろよ!」
オプダットも制止するが、フィトラグスは構わず言い続けた。
「それに殺したくもなかったって? 結果的に魔王になったこと、後悔してんじゃねぇか!」
「フィット!!」
最後にユアが怒鳴りつけた。
「やめてよ! ディン様はもう悪いことはしないし、ディファートだって“どうにかする”って国王様が言ってくれたじゃない! ハッピーエンドなのに、何で気に障ること言うの? 私、ディン様の気持ちわかるよ!」
彼女の言葉に、男性陣四人は耳を傾けた。
「前作のイマストⅣで好きだったキャラ、失ったの。その人、死ぬはずじゃなかったのに、私のせいで……」
この話はディンフル以外は初耳だった。
「あれから五年経つけど、今でもその人のこと後悔してる。好きだった人を亡くすのは、簡単に忘れられることじゃないんだよ」
「ユアちゃんもそんな思いを?」
「知らなかったぜ……」
ティミレッジとオプダットがしんみりと言った。
しかし、フィトラグスはディンフルを睨みながら言い切った。
「ユアが言いたいことはわかった。大切な人を亡くすのは誰でも辛い……。でも、俺はこいつを許さない!」
五人に再び緊張が走る。
ユア、ティミレッジ、オプダットの三人は、ウィムーダの墓前で二人がやり合おうとした時を思い出していた。「また決着が始まるのか……?」と。
「今、ユアが言ったようにハッピーエンドなんだ。それなのに、ずっと暗い顔するなって言ってんだよ!」
意外な言葉が出て、四人はきょとんとした。
彼らの反応をよそに、フィトラグスは顔色一つ変えずに言い続けた。
「”威厳のある魔王”って聞いてたが、今の感じじゃ、まったく感じられない。俺はあんたを倒すため、仲間たちとレベルを上げながら戦ってきた。魔王がどれほど強いのか覚悟を決めて来たのに、こんなに情けないとはな。今の顔をさっきの子供たちに見せられるか? あの子たちからしたら、あんたは立派なお兄さんだったんだろ? 俺とも一緒に超龍にトドメ刺しただろ? あの時の偉そうな態度はどうした?! 失った人も時間も取り戻せないし、帰って来ない。落ち込んでいる間にも時間は流れるんだから、嫌でも進むしか無いんだよ! これからあんたに出来ることは、父上から与えてもらった未来をウィムーダの分まで過ごすことじゃないのか?!」
フィトラグスがそう言うと、ディンフルの陰りのある目を見開いた。心に光が戻った瞬間だった。
それをユア、オプダット、ティミレッジは顔を輝かせながら見ていた。
「何だよフィット! ディンフルのこと、心配なんじゃねぇか!」
「良かった! てっきり、また決着みたいなのが始まるとばかり……」
「みんな異次元から戻って来たんだから、もう戦い合う必要ないだろ!」
ここで、ようやくディンフルが口を開いた。すっかり穏やかな表情をしていた。
「そうだな。せっかく国王が色々と考えてくれているのだ。お前の言う通り、前に進まねば……。まさか、敵対者に気づかせてもらうとはな」
フィトラグスが不満そうに鼻を鳴らす。
「敵対者……? まだ俺をそんな風に見ているのか?」
聞かれてディンフルは、はっとした。
同時に、他の三人の顔がさらに輝いた。
「一緒に超龍を倒した仲だ。もう敵同士じゃないだろ!」
そう言ってフィトラグスは笑った。
ディンフルも笑みを浮かべると、主人公とラスボスというポジションだった二人は手をグーにして、互いに突き合わせた。
オプダットとユアが絶叫した。
「つ、ついに……、フィットとディンフルが仲良くなったか~!」
「尊い! 尊いよぉ~!」
思わず涙を流す二人をフィトラグスとディンフルは引き気味で見ていた。
「また泣くのかよ……」
「まったく、泣き虫め」
ディンフルは苦笑いをするとユアの前まで来て、手で彼女の涙を拭った。
「ありがと……」
ユアが鼻水をズルズル言わせながら礼を言うと、急にディンフルが彼女を抱きしめた。
「へっ……?!」
驚きで涙と鼻水が止まるユア。
他の三人も目が釘付けになった。
「ディ、ディン様……?!」
「お前と出会っていなければ、今日という日を迎えられなかった。本当に、ありがとう……」
「わ、わ、私、何もしてないよ?!」
ディンフルはしばらくユアをハグし続けた。
「たまげたぜ! まさか、キスの次はハグとはな~!」
オプダットがニヤニヤしながら言った。
今の言葉を聞き、ユアは思わずディンフルから離れた。
「い、今、キスって言った?! いつ? どこで? 何時何分何秒?! 何回星が回った時?!」
「ずいぶんと細かく聞くんだね……」
リアリティアで耳にする疑問形を当然フィーヴェの者が知るはずも無く、ティミレッジたちは呆然とした。
「緑界でユアが生贄になった時だ。儀式を中断しても、なかなか目を覚まさなかったから、ディンフルが思わず……」
フィトラグスが説明してくれたが、途中で言葉を詰まらせた。これ以上は言いにくかったのだ。
「ウ、ウソ? 全然、覚えてない……」
「無理もない。ずっと眠っていたのだから。俺もつい、してしまった。許せ……」
ユアは初めて、推しから口付けされたことを知った。
衝撃的な情報で顔が紅潮し、体温も一気に上がると、その場でぶっ倒れてしまった。
「ユア?!」
「ユアちゃん!!」
フィトラグス、ティミレッジ、オプダットが倒れたユアへ駆け寄る。
当のディンフルはその場で呆れ果てた。
「最後の最後までこれか……」