第112話「約束」
ダトリンドはようやく「ディファートとの共存と、彼らへの差別の排除」を約束してくれた。
「じゃあ、もう人間に怯えて暮らさなくていいんですか……?」
カタリストはすぐには信じられず、震えた声で国王へ尋ねた。
「最初は理解が無い者がいるだろう。だが、少しずつ受け入れる者も増える筈。何故なら、フィーヴェ最大権力国家インベクルがついているのだからな」
その国王が味方で心強いと、ディファートの子供たちは歓声を上げた。
そしてディンフルも長年の願いが叶いそうで、胸を撫でおろした。
「ディンフルへの罰だが……」
ほっとしたのも束の間、すぐにダトリンドから厳しい声が掛かった。ディファートとの共存とディンフルへの罰は、また別の話だ。
王の間に一気に緊張が走る。
「お前は戦闘力に長けたディファートだったな?」
「……ああ」
「長年フィーヴェを苦しめて来た魔物が五十体ほど、密かに世界各地で生息している。そいつらを探し出し、全員退治して頂きたい」
ディンフルだけでなく、ユアたちまで目が点になった。
「ま、魔物退治……?」
「反論は聞かん。これが罰である」
「そんなもので良いのか……?」
「そんなもの?!」
ディンフルが疑問を持つと、ダトリンドは怒りを込めて聞き返した。
「何故、今日まで放置していたかわかるか!? 誰も勝てなかったからだ!! 超龍ほど強くはないと言われているが、どんな凄腕の戦士でも倒せなかったがゆえに、戦闘力に長けたそなたに行ってもらいたいのだ!! 何か異論でも?!」
「そ、それは失礼……」
激しい口調で解説したダトリンドへ、ディンフルは圧倒されながら謝罪した。今日だけで数度目の謝罪である。
ユアが立ち上がり、希望に満ちた目で国王へ尋ねた。
「魔物退治が終わったら、ディン様は許して頂けるんですか?!」
「そのつもりだ。だが、いくら強くても並大抵で済むかはわからんぞ」
「ディン様なら大丈夫だよ! ねえ?!」
ユアは彼を信じており、もう達成したような喜びに包まれていた。
だがディンフルは冷静で、大声を出すユアを制した。
「自信が無いことは無いが、国王の前だ。あまりはしゃぐな」
「すいません……」
ユアが謝り、再び跪いたところで……。
「君は、一体誰なんだ?」
国王はユアを真っすぐ見つめて尋ねた。
ディファートへの対応も、ディンフルへの罰も、皆が聞きたかった答えはすべて出た。
今度は王から質問がしたかった。
「わ、私ですか?!」慌てたユアは、急いでティミレッジへ耳打ちした。
「国王様たちへ言ってないの……?」
「色々あって、まだなんだ」
「また内緒話をしている!! 話があるなら、直接しなさい!」
先ほどと同じように、国王から叱られてしまった。
ユアは再び立ち上がり、自己紹介を始めた。
「わ、私は、ユア・ピートです。リアリティアから来ました」
出身地を聞いた女王と国王は、開いた口が塞がらなくなった。
「リアリティア? 幻と言われている世界の……?」
「どうやって、そちらから参った?!」
「リアリティアって、なーに~?」
「“何ですか”だろう!!」
また父に言葉遣いについて怒鳴られるノティザ。彼も今日だけでたくさん怒られてしまった。
「リアリティアと言うのは、お名前はわかっているけど行き方がわからない世界なの。これまで、どんな魔法も使える魔導士さんでも行ったことが無いから、”幻の世界”と呼ばれているのよ」
反対にクイームドは優しい口調で、子供のノティザにもわかりやすい言葉で説明した。
「そんな世界から、おきゃくさま?! おねえちゃん、すごいね!」
「お客様相手に砕けた口調を……!」
「もういいでしょう」
興奮する幼き王子へ再びダトリンドが注意しようとしたが、女王に食い気味で止められた。
「しかし、何故リアリティアの者がこちらへ?」
「ユアは、リアリティアから我々の世界へ移動する力を持っているのです」
フィトラグスが代わりに国王へ説明した。
さらに、ティミレッジとオプダットも加わった。
「そして、リアリティアでは我々の戦いは娯楽として扱われているんです」
「俺たちはリアリティアの住民に生み出してもらったんです」
「この戦いが娯楽か……。つまり、ユア殿は我々の戦いを遊ぶ側の人間……ということだな?」
「は、はい。でも、フィーヴェでの戦いを遊びだなんて思ってないです。みんな、それぞれ事情があって戦っていることや、普段の言動にも理由があることは存じておりますので」
「うむ。先ほどからディンフルを庇う姿勢からして、ただ遊びに来ただけでは無いようだな」
「国王様。超龍との戦いは、この子のお陰で勝てたのです。何故なら、彼女はリアリティアから我々の戦いに関する書物を持って来て下さったからです」
「リアリティアで作られた書物? 是非、見せていただきたい」
ソールネムからイマストVの攻略本の説明を受け、国王はユアへ催促した。
だが、本は戦いの途中で落としてしまい、ページはぐちゃぐちゃになった上、土で汚れてしまった。
イマストVは情報量が多い作品なので、一ページずつに使う本の紙は薄かったのだ。なので、本来は丁重に扱わなければならない。
「先ほど地面に落としてしまって、良い状態ではないですが……」
「構わない。見せて欲しい」
国王からの頼みを断るわけにはいかないので、ユアはおずおずしながら攻略本をリュックから出した。
四センチもの厚さに、ダトリンドもクイームドも驚いた。
「それに我々の戦いが載っているのか?」
「辞書ではないのですか?」
「ある意味、辞書ですね……」
ユアは苦笑いした後で、やって来た兵士に攻略本を渡した。
その兵士から本を受け取った国王はページをパラパラとめくり、本をひと通り見ていった。
「ずいぶんと興味深い書物だな……」
あれほど厳格だったダトリンドがゲームの攻略本に夢中になる様子を、ユアは信じられない目で見ていた。
(王家の人がゲームの攻略本にハマるなんて……)
「ユア殿、頼みがある。良ければ、こちらの書物を譲って頂けぬか?」
「そ、そちらでよろしいのですか?! だって、深い歴史や勉強になることは書いてなくて、ただの娯楽を攻略する本ですよ!」
「それが国王様には珍しいのよ。当然、譲るでしょう?」
横からソールネムが促した。
もちろんユアは攻略本を渡すことには賛成だったが、今は無理だった。何故なら……。
「もっとキレイな物をお持ちします。なので、時間を頂けませんか? 後日新しい物を買って、そちらをお渡しします」
「わかった、楽しみにしておこう。代金はこちらが負担する。本を買った証明書などがあれば、必ず持って来るように」
「わ、わかりました」
本を買った証明書とは領収書のことだろう。
ユアは必ず持って来ようと思うのであった。