第111話「思わぬ再会」
ディンフルとウィムーダを苦しめて来た村人には、罰が与えられることが決まった。
裁きが下るまで村ではインベクル兵が常に見張り、村人の様子を毎日王国へ報告するようになった。
◇
インベクル城の王の間。
「ディファートは我々の想像以上に苦しんでいたのだな。これまで気付けず、たいへん申し訳なかった」
玉座に座りながら国王ダトリンドは、目の前で跪くディンフルへ謝罪した。
しかし、魔王はその言葉を受け止められなかった。
「そちらに謝っていただく義理は無い。私もそなたらを異次元へ送り、苦しめてしまった。今一度、謝らせていただく。申し訳なかった……」
以前、城下町でした時と同じく、ディンフルはダトリンドへ向かって土下座をした。
「パ……ちちうえ! まおーをゆるしてあげて!」
「“父上、魔王をお許し下さい”だろう!!」
父の横の小さな玉座からノティザが発言した。
また「パパ」と言い掛け修正をするが、今度は言葉遣いを怒られてしまった。
「その言い方は、まだ良いのでは……?」
国王を挟み、ノティザとは反対側に座るクイームドがダトリンドへ釘を刺した。
「言葉遣いは大切だ! 今のうちから身につけさせねばならん!」
彼女へ反論すると、国王は再びディンフルへ向いた。
「残念だが、そちらにも罰を受けていただく。事情があったとは言え、そのまま許すわけにはいかん。それは自身でもわかっている筈だ?」
「……無論」
ディンフルの後ろで跪いていたユアが立ち上がり、彼を庇った。
「国王様! 確かにディン様は悪いことをしました。でも小さい時から苦しんで来た上に、恋人を殺されて家まで失ったのです! 人間に怒りを感じても無理はありません! だから、死刑にはしないで下さい!」
「ユア、良い!」
懇願する彼女を諫めるディンフル。
目が合うと小声で「ありがとう」と礼を言った。
「死刑になっても仕方が無い。俺はそれほどのことをしたのだ」
渋々、再び膝をつくユア。
同じように跪いていたフィトラグスたちは、ディンフルの一人称が「俺」になっていることが今頃、気になった。
「前は、“私”じゃなかったか……?」
ディンフルが再び前を向くと、ダトリンドは口を開いた。
「罰の前に、ディファートの今後なのだが……」
ディンフルは相手が言い終えるのも待たず、真っ先に頼み込んだ。
「頼む。今いるディファートを差別や迫害から救って欲しい。第二のウィムーダを作りたくないのだ。罰を受ける身が言うことではないのは承知の上。私に何をしても構わぬ。だがディファートのことは、受け入れて頂きたい……!」
「ディンフルよ。そちらはノティザのように幼くは無い筈。人の話は最後まで聞きなさい」
すぐに正論を言う性分のダトリンドは、話に割り込んだディンフルを放っておかなかった。
子供に言い聞かせるように注意されたディンフルは「すまぬ……」と、また国王へ謝った。
ダトリンドが「来なさい」と呼びかけると王の間の扉が開き、十歳前後の子供が五人ほど入って来た。
先頭には、最年長であろう短髪の少年が歩いていた。その子供を見て、オプダットとチェリテットが驚きの声を上げた。
「カタリスト?! 何でここに?!」
「来るなんて聞いてないわよ!」
カタリストとは十三歳のディファートの子供で、人間の兵士に追われていたところをオプダットたちに助けられた。かくまった時は髪は伸び放題、顔も体も汚れていた。
しかし今は、髪は短くスッキリと切られ、体も清潔になり、キレイな衣服を身に着けていた。
「アティントス先生が国王様に連絡して、連れて来てくれたんだ。“ディファートの話し合いをするなら、みんなで行った方がいい”って」
「この子たちは? 初めて見るが?」
「ここにいる子たちもディファートだよ。僕と同じように、施設が潰れてから浮浪児になっていたんだ。国王様に会うから、僕と先生で急いで身なりをキレイにしたんだ」
驚きを示したのはオプダットたちだけでは無かった。
奥の玉座に近い場所にいたディンフルも目を見張りながら、やって来た少年少女たちを見つめていた。
カタリストだけ先へ進み、ディンフルの前に来た。
「本当に、カタリスト……なのか?」
「うん。ディン兄ちゃん、久しぶり」
ディンフルはカタリストと目の高さを合わせ、彼の頭を撫でた。
「大きくなったな。最後に会った時は六つだっただろう? みんなで居た施設、潰れたのだな……」
少年は返事をせず、いきなり本題に入った。
「ディン兄ちゃん、もう人間を困らせたりしないよね?」
思いがけない質問に、ディンフルは撫でていた手を下ろしてしまった。
答えはすぐに出た。
「ああ。ディファートを受け入れてくれる人間が居るからな」
「僕もこの数日でわかったよ。アティントス先生も、オープンもチェリーも、みんな優しいもん!」
「オプダットたちが?」
ディンフルは名前が出た二人へ目を向けた。
「最近、人間に追われていたから助けたんだ」とオプダット。
ディンフルは立ち上がり、彼ら二人へ礼を言った。
「そうだったか。ありがとう。カタリストは、俺とウィムーダが育った施設に来た子供だ。一緒にいられたのは一年にも満たなかったが」
「ディ、ディンフルに感謝された?! お、俺……もう、完全無料だぜ~!」
「“感無量”!!」
やはりいいところで間違えるオプダットを、隣のチェリテットが訂正した。
ディンフルやフィトラグスら一行はもう慣れていたが、カタリストと、一緒に来ていたディファートたちは「何が無料……?」と首を傾げていた。
さらに、オプダットがダトリンドの前で言い間違えるのは数度目。
さすがに「この者の教養は大丈夫か……?」と言いたげに、国王は心配の表情を浮かべた。
「ディン兄ちゃん」
カタリストが呼び掛けると、ディンフルは再び彼の前に屈んだ。
「僕たちは大丈夫。みんなでディファートを受け入れてくれる場所へ行くから。アティントス先生がもう手配してくれてるんだ」
「みんなだけで大丈夫か?」
「うん! いざという時はオープンたちが助けてくれるから! 保護された後で約束したんだ」
「いつの間に……」
知らない間に、一部のディファートとオプダットたちはすでに繋がっていた。
ディンフルは、明るく分け隔て無く接する彼の良さを改めて知った。そして、確信した。「ここにいる子供たちは確実に救われる」と。
ディンフルが感嘆したのはそれだけでは無かった。
「あと……、今まで僕たちのために怒ってくれてありがとう」
「えっ?」
「ディン兄ちゃんが魔王になったのは、僕たちを助けるためなんでしょ?」
「……兄ちゃんが怒ったのは、ウィムーダ姉ちゃんのためだ。ウィムーダ姉ちゃん、人間に殺されたんだ。それで、仇討ちのつもりで……」
「ダメだよ!」
カタリストは突然大声でディンフルをたしなめた。
「ディン兄ちゃんがウィムーダ姉ちゃんを好きだったことは知ってるよ! だからって、ディン兄ちゃんまで悪いことしないで! 僕たちが悪いことしたら二人で叱って来たのに何してるの?! こんなこと、ウィムーダ姉ちゃんは喜ばないよ!」
ディンフルは絶句した。
ウィムーダと施設に入っていた時、下の子の面倒を見ながら躾もしていた。二人は子供たちのお兄さんとお姉さんでもあり、時には先生のように接していたのだ。
しかしたった今、その一人から逆に説教されてしまった。
小さな子供に心配を掛けてしまい、ディンフルは改めて自身の行いを悔い始めた。
「ウィムーダが喜ばないのはわかっていた。……だが、どうしても、許せなかったんだ……」
「僕もオープンたちに会うまでは同じだった。でも、もうディン兄ちゃんだけで背負わないで。いっぱい辛い思いして来たんだから、これからは幸せになってよ。僕たち、笑ってるディン兄ちゃんが一番好きだ!」
カタリストから励まされたディンフルは膝から崩れ落ち、自身の腕を顔に押し付け始めた。
「ディン様……?」
ユアが名前を呼ぶと、彼の口から嗚咽が漏れた。
「泣いてるのか?!」
フィトラグスら一行が驚いて声を上げた。
ディンフルは涙声で「ごめんな……。こんな、兄ちゃんで……」と、目の前のカタリストに謝り続けた。
王の間の後ろに集まっていた子供たちが一斉に走り出し、ディンフルへ抱き着いた。
この者たちも同じように、彼とウィムーダを慕っていたのだ。
今度はユアが声を上げて泣き出した。
涙するディンフルに驚いたフィトラグスらは、今度はドン引きした。
「何でユアまで泣くんだよ……?」
「きっと、もらい泣きだよ。ユアちゃんって、感情豊かだから」苦笑いするティミレッジ。
「いいよな、感情がゆかたって~!!」
「“ゆたか”だし、何であんたまで泣くのよ?!」
「悪いことじゃないけど、考えものね……」
もらい泣きにもらい泣きするオプダットへチェリテットがつっこみ、ソールネムは呆れ果てた。
緑界にいた頃と一緒で、ティミレッジが泣いているユアへティッシュを差し出す。
その光景にディンフルは早くも涙が乾き、笑いながらユアたちを見ていた。
「よくわかった」
一連のやり取りを見ていたダトリンドが静かに口を開いた。
「まだ一部しか見ていないが、ディファートは行動も話し方も人間と変わらないのだな。しかし、一つだけ言わせて頂きたい」
ディファートについて聞き入れた国王から言葉がある。
何を言われるか想像がつかず全員が息をのみ、王を凝視した。
「ここは王の間である。……だから、走ってはならん!!」
「え……?」
ユアもフィトラグス一行も、ディンフルも、ディファートの子供たちも言われるまで身構えていた。
フィーヴェ代表の王なのでどんな重い言葉が出るのか期待半分、不安半分だったが、まさかの注意……。全員、目が点になった。
「王の間は王家で一番偉い者に謁見する場である! 急ぎの用以外で走るとはけしからん! これからは気を付けるように!」
「す、すいません……」
ディンフルへ駆け寄ったディファートの子供たちが一斉に謝った。
彼らも予想外のことを言われて困惑していた。
「こんな時まで怒るの、国王様……?」
「昔っから、小さなことでも言わなきゃ気が済まないんだよ……」
ユアが小声でフィトラグスへ尋ねる。
感動的な空気が一気に台無しになってしまった。
「そこ二人! 何をコソコソ話している?! 内緒話をしてはならん!!」
低年齢のノティザにも怒鳴るぐらいだ。
どんな時でも誰にでも注意をしたい国王は変わらないと、その場にいる全員は思うのであった。