第110話「言葉責め」
超龍は、「邪龍」という名の魔物が魔法で合体して生まれたものだと、ディンフルたちは後に知った。
本来は弱点の核を壊されて肉体が滅ぶが、あまりの巨体で崩れるのに時間を要したのだ。
そして一瞬で消えたのは、体内で復活した魔封玉によって邪龍一匹ずつの魔力が封じられ、合体の力を失ったためだった。
つまり魔封玉さえあれば超龍は瞬殺出来たことも、一行は一月後に知るのであった。
何故これらが後でわかったかと言うと、まだ別の問題が残っていたからだった。
◇
インベクル王国。
野原と国を繋ぐ橋の前で、インベクル国王・ダトリンドと女王・クイームド、フィトラグスの弟・ノティザが多数の兵士に囲まれながら待っていた。世界を救った王子たちを迎えるため、わざわざ橋の前まで来てくれたのだ。
小さいノティザは、遠くでフィトラグスを見つけると嬉しそうに手を振った。
「おにいちゃ~ん!」
「“兄上”だろう!!」
どうしても「お兄ちゃん」呼びは許されず、ノティザは父・ダトリンドから叱責された。
近づいて来たフィトラグスは、泣きそうになるノティザの頭を撫でた後で両親へ向き合った。
「只今戻りました」
「おかえりなさい、フィトラグス。それから、皆さん」
母・クイームドが優しく出迎えた。
彼女は息子と共に戻った一行の中に、久しぶりに見る魔王・ディンフルと、今日初めて会う少女・ユアの姿を見つけた。
「そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
クイームドに振られ、ユアは一気に緊張し始めた。何故なら、こうしてインベクルに来るのは初めてだったからだ。
そして、目の前の相手はフィトラグスの両親であり、イマストVの舞台となる世界の国王と女王である。
「は、はじめましたっ!」
緊張で「初めまして」を言い間違え、まるで季節外れの冷やし中華を出す感じになった。
しかしフィーヴェに冷やし中華は無いので、ネタを知らない一行からは「何を始めたんだ……?」と困惑される。
「し、紹介いたします。こちらの娘は……」
「まだいたのか、魔王め!!」
フィトラグスが説明をしようとすると、背後から怒鳴り声が聞こえた。
振り返ると、ファンタジー世界の住人の服装をした人物が十人ほど来ていた。一番若いのが二十代前半で、最年長が七十代ほどと幅広い年齢層だった。
彼らを見るなり、ディンフルは視線を地面へ落とした。
察したユアが小声で尋ねる。
「知ってる人たち?」
「……俺とウィムーダが住んでいた村の住人だ」
彼が気後れするように答えると、フィトラグスたちは驚愕した。
一行はディンフルが魔王になった事情を既知だったので、この住人たちが二人を傷つけていたと思うと、ぞっとした。
十人を取り仕切っているであろう四十代の男性が代表して、ダトリンドに懇願した。
「国王様、お願いがあります! この魔王を即刻、処刑して下さい!」
男性の突然の言葉に衝撃を受け、ユアは思わず驚きの声を漏らす。
リーダーに続いて、三十代女性と二十代男性も言い始めた。
「ご存じかと思いますが、このディファート……いや、魔王は我々人間を恐怖へ陥れたのです!」
「国王様や女王様も異次元へ送られて、大変でしたでしょう?」
相手の反応を待たずして、五十代男性と六十代女性も声を荒げた。
「だから嫌だったんだよ、ディファートを村に置くのは! それなのに、あのお人好しの村長と来たら!」
「“人間に害をなさない”とかウソばっかり! あたしらを異次元へ送って、フィーヴェをディファートまみれにしようと企んでいたようだね?!」
ディンフルは魔王になると、一番にこの村の者を異次元へ送った。
もちろん、移住したばかりの時は彼らと仲良くしたかったのは事実だ。
しかしどんなに働いても、愛想良くしても、村長の家族以外は誰一人、ディンフルとウィムーダに振り向かなかった。
さらに、魔物から命懸けで守ったウィムーダにも暴行を働いた。
村人のリーダーの妻である四十代女性も決めつけた。
「モンスターが村を襲って来たことがあったけど、あれもウィムーダが……いえ、ディファートたちで計画して召喚したに違いないわ!」
「どうして言い切れるんですか?」ソールネムが割って疑問をぶつけた。
村人たちは途切れることなく言い続けるので、入る隙が見つけらなかった。ようやく、こちら側の意見を発信出来た。
これに六十代男性が代表で答えた。
「俺らがディファートを嫌っているように、ディファートも俺らを嫌っているからだよ!」
三十代男性も同調した。
「俺らが散々嫌っていじめて来たんだ! これでも好いてるなんておかしいに決まっている!」
「ウィムーダさんは、そんなことしません!」
ユアは思わず怒りを交えて声を上げた。
リーダーの四十代男性が、自分たちを睨む一行を気にし始めた。
「お前たちは何だ? 何で人間を異次元へ送った魔王なんかと一緒にいる?」
「私たちはディンフルの仲間です!」
ユアはきっぱりと言った。
一行の中で唯一ディンフルが驚きながら彼女へ見入り、フィトラグスたちはユアと同じように村人たちを睨みつけていた。
村人側もざわついた。
「あなたたちなんですね? ウィムーダって人を殺害し、ディンフルの家に火をつけたのは!」
「関係ないでしょう!!」
チェリテットが問いただすと、五十代女性が怒鳴った。
「ディファートと一緒にいると、お前らも嫌われる対象になるぞ! いいのか?!」
最年長であろう七十代男性も怒号を上げた。
それでも仲間たちは揺るがなかった。
「全然構わねぇよ、なぁ?」
「うん。むしろ、“ディファートだから”って理由で殺して、放火をしたあなたたちこそ罰せられるべきです」
オプダットとティミレッジも毅然として言った。
「あなたたち、ビラーレル村の白魔導士とチャロナグタウンの武闘家よね? 仕事で両方に行くことがあるけど、これからはもう取引をしないことにするわ!」
五十代女性が怒りを表した。
他の村人は「言わんこっちゃない」と言わんばかりに、勝ち誇った表情を浮かべていた。
「こちらからお断りします。別に小さな村からの取引が絶えたところで、どちらにも支障はありませんので」
ソールネムが氷のように冷たい口調で言い放った。
ビラーレル村とチャロナグタウンの二つは、フィーヴェでは名の知れた場所。その住民から「小さな村」と揶揄され、村人たちは一斉に仏頂面になった。
「そんな犯罪者を庇うなんて、どうかしてるわ!」
「あんたたちの方が犯罪者だろ!」
リーダーの妻である四十代女性へオプダットが怒鳴り返した。
「みんな仲良く」をモットーにする彼でさえ、村人たちを許せないのだ。
睨み合う村人たちとユアたち。
ディンフルは自分のことで人間がここまで怒ってくれたのは初めてだったので、ただ驚くしか出来なかった。
「フィトラグス」
険悪な空気の中、国王・ダトリンドが静寂を打ち破るように息子を呼んだ。
「私の介入が必要のようだ。詳しく聞かせて欲しい」
フィトラグスは頷くとディンフルへ向き、「全部話していいんだな?」と尋ねた。
「自分で話す。私の口からの方が良い」
ディンフル自ら、ダトリンドへ打ち明けた。
人間とディファートの架け橋となるため人間の住む村へ恋人のウィムーダと移住したこと、村長の家族以外からは虐げられて来たこと、ディファートを追い出すために村人が村長の娘を人質に取ったこと、それが理由で村長が心変わりし、ウィムーダに暴行を加えるように指示したこと、リンチで彼女が亡くなったこと、そしてウィムーダの墓参り後、村人によって家が放火されていたこと……。
すべてを聞き終えたダトリンドは訝しい顔をし、クイームドは話の途中から目を伏せていた。
フィトラグスの弟・ノティザは途中で飽きてしまったのか、持って来ていた本を読み漁っていた。
「……以上だ」
ディンフルが言い終えると、ダトリンドは憐れむような目で彼を見た。
「ずいぶんと、辛い思いをして来たのだな」
国王の言葉に、ユアとノティザ以外の全員が衝撃を受けた。
ダトリンドは普段は怒り以外の感情を一切見せない者だ。
フィトラグスが父の悲しむ顔を見たのは、前代国王である祖父の葬儀以来だった。
村人たちは納得出来ず、一斉に怒りの声を上げた。
「国王様、何を同情されておられるのですか?!」
「そいつは、フィーヴェの住民や各地域を異次元へ送った悪者なんですよ!」
「インベクルは正義の国ですよね? だったら、悪を裁いて下さい!」
「お願いします!」
「みんな、なんでそんなこと言うの?」
野次を飛ばす村人を黙らせたのは、ノティザだった。
本を読みながらも、大人たちの話をちゃんと聞いていたようだ。
「まおーは、みんながイジワルしたから、みんなを苦しめたんだよね?」
幼い王子は本を閉じながら、核心を突く質問をした。
村人たちの顔が一斉に青ざめた。相手は幼いながらも王家の一人。しかもその近くには王子、国王と女王もいるため、誰一人逆らえない。
「だったら、先にみんながあやまった方がいいんじゃないの?」
「し、しかし、ノティザ様……」
リーダーの四十代男性が言葉を詰まらせた。
ディファートがいかに嫌われているか話そうとしたが、村人たちでディファートの歴史を知っている者はおらず、説明が出来なかった。
「“悪いことをしたら、すぐにあやまりなさい”って、よくパパ……ちちうえから言われているよ。おとなのみんなは、やらないの?」
「パパ」と言った後で「まずい」と気付いたノティザはすぐに「父上」と修正し、言い終えた。
再び、痛いところを突かれる村人たち。
さらにノティザは聞き続けた。
「そもそも、どうしてみんなは、まおーとそのおねえさんをいじめてたの? 何でなかよくしなかったの? ふたりが何か悪いことしたの? みんながいじめてたのに、何でまおーがしょけーされなきゃいけないの? あのこわいドラゴンも、まおーとおにいちゃんたちが、ちからをあわせて、たおしたんだよ。それでもまだ、まおーがキライなの?」
村人たちはとうとう誰も、何も言えなくなってしまった。
同時に「どうして、ディファートを追い詰めたんだ?」と自分たちに疑問を抱くようになった。
ディンフルも小さな王子の言葉で、命懸けでフィーヴェを救っても報われないところはウィムーダの最期と同じだと感じていた。
「もう良い。下がっていなさい」
これまで厳しくしていたダトリンドも、この時ばかりはノティザを優しく諭した。
幼き王子がクイームドの後ろに隠れると、国王は怯む村人たちを睨みつけた。
ユアたちは固唾を飲んで見守るしか無かった。