第106話「秘策」
「ぐぅっ!」
フィーヴェ北部。
ディンフルは地面に叩きつけられた。必殺技が効かず、魔法も無効化され、飛行能力が使えるマントもボロボロになり飛べなくなってしまった。
今も魔法の球体で超龍の顔面まで移動し、弱点を探っていたが感づかれ、吹き飛ばされた。
戦闘力に長けた彼でも、進化した超龍と戦う術が見つからなかった。
(魔力がもう残り少ない。進化してから一度もダメージを与えられぬ。どうすれば……?)
ディンフルは刃こぼれした大剣を杖にして立ち上がるが、もう体力も魔力も残っていない。
「ディン様ー!!」
背後から叫び声と共にユアが走って来た。
驚愕し、目を見開くディンフル。
「ユ、ユア?! 何故……?」
超龍が再び咆哮を上げた。
初めて生で見る巨大な龍にユアは思わず立ち止まり、身を震わせた。
「あ、あれが、超龍……?」
「今なら間に合う! リアリティアへ帰るんだ!」
ディンフルが帰るよう指示するが、ユアは首を横に振った。
「帰れ!! お前の来る場所ではない!」
彼が怒気を込めて言ったところで、超龍がこちらに向かって口から光線を吐いてきた。
「いかん!」
咄嗟にユアの上に覆い被さるディンフル。
場所は斜面の上。勢いで二人は坂を転げ落ちてしまった。
◇
平らな地面で止まった。
ディンフルが守ってくれたお陰でユアはケガをしなかった。しかし、彼は倒れたまま動かなかった。
「ディン様!」
ユアが起き上がり声を掛けると、彼は首のみこちらへ向けた。苦痛の表情を浮かべていた。
そうでなくとも重傷なのに、転がり落ちてさらにダメージを負ってしまった。
「ご、ごめん。私を庇って……」
ディンフルはかなりの傷を負っていた。
万能なマントはボロボロになり、貴族のようなジャケットも前面がはだけて、下のシャツも破れて素肌が剥き出しになっていた。
彼がここまでやられる姿を初めて見たユアはショックを受け、立ちすくんでしまった。
ディンフルは辛うじて体を起こし、ユアへ向かい合うと息を吸った。
次の瞬間……。
「この、バカ者ぉーーー!!」
怒気を強めた彼の声が辺りに響き渡った。
ユアがキンキンした耳を休ませる間もなく、ディンフルは怒鳴り続けた。
「何故来た?! ”超龍は危険だ、俺ですら死ぬかもしれない”と教えた筈だ!」
「だ、だって……」
ユアが話そうとするが、ディンフルはさらに続けた。
「ミカネが扉を閉じてくれたのではないのか?! 無理矢理、頼んで来たのではなかろうな?! そうまでして来る価値は、今のここには無い!」
「怒らないでよ!!」
ディンフルと同じ声量でユアが反論し始めた。
「わかってるよ! 自分でも足手まといになることや、巻き込まれることは! でも、どうしても来たかったの!」
ユアの目から涙が溢れ出し、ディンフルは言葉をつぐんだ。
「夢を見たの。みんなが超龍に殺される夢を。それで、いても立ってもいられなくて……」
「予知夢が当たるのはミカネだ。お前にそんな力は無いだろう!」
「無いけど、ずっと胸騒ぎが止まらないの!」
「戦力のないお前に何が出来る? “皆が死ぬ夢を見た”と言って来られても、見守るしか出来ぬだろう? だったら帰ってくれ! こちらも守る余裕は無いし、居られると逆に迷惑だ!」
「私、みんなに何も出来てない!」
負けじとユアは食い入るように大声を上げた。
「いつも助けられてばかり。ミラーレの仕事もディン様やみんなにフォローされて来たし、足を捻挫しておぶってもらったし、菓子界でもお姫様をフィットが説得したし、水界でも石像やカエルからディン様とティミーに守ってもらったし、ピラミッドの扉だってオープンが壊してくれたし、炎界だって雪男を倒してくれたのはみんなだし……」
「もう良い、もう良い!」
長くなりそうだと思ったディンフルは手で制した。
それでもユアはやめなかった。
「リマネスのことも、私一人じゃどうにもならなかったんだよ! ディン様がいてくれたから……」
最後の言葉でディンフルは、憐れむような目でユアを見た。
「逆に、私は何も出来ていない! いっぱい助けてもらったのに、勝手に魔法を封じたり、アイテムを無くしたり、生贄になって迷惑掛けるし……」
「もう良い!!」
ディンフルは同じセリフだが、先ほどより大きい声量で制した。
今度こそユアは黙り、過去の話を止めるとやっと結論を言った。
「だから、恩返しに来たの!」
「戦ったことも無い奴がどうやって? 俺ですら、この有様だと言うのに!」
「これ、使って!」
ユアはリュックからバー状の食べ物を取り出した。
「ポーションバー」と言う、イマストⅤの回復アイテムだった。
ユアが持っているものは、リアリティアを去る前にディンフルからもらったものだ。
「それは、俺があげたものだろう?」
「私よりもディン様たちに必要だと思って、食べれなかったの。ほら、リアリティアはフィーヴェほど体力消耗しないから。今のディン様が食べるべきだよ!」
ユアの必死な眼差しに根負けし、ディンフルは仕方なくバーを奪い取った。
「そこまで言うなら食べてやる」
行動とセリフは上から目線だが、表情と口調は優しげだった。
胡坐をかいて座ってバーを開けて食べ始めると、ユアが再びリュックから別のものを取り出した。
次に出て来たのは、細長い飲料水の缶だった。
缶を見てすぐにディンフルは感づいた。
「コーヒーか?」
「これはニュートリションドリンク。略してニュードリだよ!」
「にゅーどり……?」
「フィーヴェのポーションとは違うけど、元気になるドリンクだよ! コーヒーみたいにカフェインはあるし、疲れた時に効く糖分もたっぷりなの。飲み過ぎは良くないけど、これもディン様には必要だよ」
「聞いたことのない飲み物だが、回復するのなら……」
ディンフルは未知の飲み物に手を伸ばした。
リアリティアで教わった開け方で開封し、ニュートリションドリンクを飲み出した。すると……。
「ぶっ! な、何だ、この刺激的な食感は?!」
おそらく、生まれて初めて飲むであろう炭酸に驚き、思わず吹き出してしまった。
「あ、フィーヴェに炭酸ないんだね……」
ユアは異世界に炭酸飲料が無いことを失念していた。
それでもディンフルは「せっかく持って来てもらったからな」と、刺激に耐えながらも飲み干した。
「口の中が痛い……。だが、なかなか美味いではないか。いつか、リアリティアに行く機会があれば探してみよう」
バーを食べた後でドリンクも飲んだディンフルはだんだん元気が出てきた。
「体が軽くなった気がする。ありがとう。お前のお陰だ」
礼を言うディンフル。
しかしニュードリに即効性は無く、元気になったのはポーションバーのお陰だとユアは思った。
バーだけでも体力が戻ったのなら、ニュードリの効果が出たらどうなるのか期待半分、不安半分だった。
ユアはリュックから、さらに次の物を取り出した。
「ずいぶんと持って来ているのだな……」
ディンフルが唖然とするとユアはリュックから、A5サイズで辞書のように分厚い本を取り出した。
彼は「ボヤージュ・リーヴル」と思ったが、それは明らかに紙で出来た本だった。
「何だ、それは?」
「イマストVの攻略本! 完全版だから、ラスボスも載ってるんだよ!」
ユアは「イマジネーション・ストーリーV」の攻略本を持参していた。
これには作中に出て来るすべての情報が載っている。彼女の秘策はこのことだったのだ。
しかし、今の言い方にディンフルは疑問を抱いた。
「ラスボスは俺の筈だが……? 超龍はいつ頃、戦う相手なのだ?」
イマストVの話を久しぶりにするユアは興奮しながら解説し始めた。
「実はね、今までイマストシリーズはラスボスが死ぬ運命だったけど、今作ではディン様ことディンフルは生き残るの! 最後はフィットたちと和解して、真のラスボス・超龍相手に共闘する展開なんだ!!」
「ほう……。ラスボスは俺では無かったのだな」
「ううん! 何と、超龍を倒した後に隠しエリアが解禁されて、より強くなったディンフルとの戦いが待っているとのこと! ネット上では「事実上ラスボス」って声が多いから、ディン様はラスボスで間違いないですっ! ちなみに、どうして隠しエリアでもっと強くなったディン様がいるかと言うと……」
「今、その件は必要か?」
熱狂したユアの話をディンフルは遮った。今と関係ない内容と判断したためだ。
話を止められたユアは熱が一気に冷め、反省した。
「隠しエリアの話は必要ないです……。で、でも、超龍の倒し方はついているよ!」
イマストVに出る敵の情報が漏れなく載っているので、超龍の説明も当然あった。
「超龍のページを開けてくれ」と急かされたユアは、全ページに渡って付いているインデックスを見て敵のページを開き、最後の辺りに載っていた超龍を探し当てた。
「えーと、“超龍はその昔、フィーヴェの魔導士たちにより……”、この件もいらないね」
ユアが読み上げるがディンフルがすでに知っている情報だったので割愛し、攻略方法を読み始めた。
「これによると、第二形態になったらどんな攻撃も受け付けなくなるから、“光と闇、両方の力をミックスさせた超必殺技を相手の首に放て”とのこと。何でも、超龍の弱点は首にある核らしいよ」
「核か。だが光と闇による超必殺技……? 何だ、それは?」
「ここには載ってない……」
超龍の倒し方はわかったが、肝心の「光と闇をミックスさせた超必殺技」がわからない。
それが理解出来ないことにはどうにもならないので、ディンフルはさらに急かした。
「どこかに載っているはずだ。急いで調べてくれ!」
彼が声を上げたところで、坂の上の方から超龍の咆哮が聞こえた。
その声に驚いたユアは思わず本を落とした。
買ったばかりの本がぐしゃぐしゃになり、土で汚れてしまった。
「また開き直しだよ~。あ、でも、超龍の攻略法はわかったから、超必殺技を調べるんだ!」
ユアが慌てて本を拾い上げ必殺技のページを探し出すが、インデックスの存在を忘れてしまい、ページをパラパラとめくり出した。これでは間に合わない。
情報を待っていると、地面を睨んでいたディンフルが口を開いた。
「待てよ……。フィトラグスなら、わかるかもしれぬ」
「フィットが?」
ユアはページを探していた手を止めて、聞き返した。
「あいつは光の力の持ち主。反対に、俺は闇の力を扱う。……すると、俺とフィトラグスの力を合わせろということか?」
「まさに、主人公とラスボスの共闘じゃん!」
光と闇の超必殺技の正体が何となくだが掴めた。
しかし、今はフィトラグスがいない。
「先ほど、インベクルへ送り届けたところだ」
「じ、じゃあ、もう一度、魔法で呼び戻す?」
「無理だ。体力は回復したが、魔力はほとんど残っていない。それに、頼みのマントもこの有様。仮に飛べたとしても、ここからインベクルまでは距離がある。その間に超龍の復活を進めてしまうかもしれぬ……」
うなだれるディンフル。
戦闘力に長けた彼がなす術も無い様子に、ユアは超龍の脅威を思い知るのであった。
・作中に出て来た「ニュートリション・ドリンク」の由来ですが、「nutrition」は英語で「栄養、栄養素」という意味です。