第105話「激戦」
超龍の体の色が変わっても、ディンフルは怖じ気付くこと無く向かって行った。
しかしこれまでと違い、超龍にはバリアが張られており、迂闊に近づけなかった。
ディンフルが大剣で斬ると、バリアはガラスが割れるように粉々に消えてしまった。
だが同時に、十メートルほどの巨大な手が現れ、風圧で彼を吹き飛ばしてしまった。
よく見ると、海面から二つの手が出ており、手が出ている場所にあった大陸は崩壊していた。
そこに人がいなかったのが幸いである。
「超龍は蛇のように長い首と腕を持つと言われている。今は肘より上だけかもしれぬが、肩まで出ると全身の復活が早まる。早めに何とかせねば……」
ディンフルは超龍の顔面目掛けて突っ込んで行くと、必殺技を使った。
「シャッテン・グリーフ!!」
黒色と紫色の衝撃波が超龍へ向かっていく。
超龍が口から光線を出すと、必殺技は一瞬で消えてしまった。
技がかき消されたことは気に留めず、首まで来たディンフルは先ほどと同じように大剣を刺した。
しかし剣先から魔法が漏れ、表面を巡るだけで体内へは入って行かなくなった。体の強度が増したのだ。
「魔法を受け付けなくなったか……」
その時、ディンフルを巨大な手が襲い掛かった。
すかさず避けると、超龍は彼目掛けて魔法の球体や光線を次々と撃って来た。
咄嗟のことなのでディンフルは自身にバリアを張り、大剣でもガードした。だがバリアは一瞬で消え、大剣もダメージで刃こぼれし始めた。
そして、光線を浴びたマントはボロボロになり、飛行能力が使えなくなったディンフルは落下し始めた。
「何っ?!」
襲って来た巨大な手を蹴った反動で陸地に着地すると、破れたマントを見て絶望した。
(このマントは余程の魔力でなければダメージは受けぬ筈。それほどまでに、超龍が進化したと言うのか……?)
◇
フィーヴェのとある場所に、リュックを背負ったユアが降り立った。
夢で見た通りフィーヴェの空は濁った色をし、水は枯れ果て、地面は割れ、まるで絶望を絵に描いたような世界と化していた。
「こ、これ、フィーヴェ……だよね?」
どこからか、龍の咆哮と何かが崩れる音がした。
ユアは夢で見た光景と、耳にする音に恐怖を感じた。
「ユア……ちゃん?」
女性の声がする方へ向くと、傷だらけのチェリテットとソールネムが肩を貸し合いながら立っていた。
二人共、立つのがやっとのようだ。
「ソールネムとチェリー?! どうしたの、その姿は?!」
「あなたこそ、どうしてここに?」
ソールネムは、ユアの質問に答えずに聞き返した。
「え、えーと、どこから話せばいいのか……?」
ユアからも話したいことが山ほどあった。自分がリアリティアへ戻されたことや、色々あってあちらで暮らせることになったこと等……。
だが、今はそれどころではない。
「長くなるようなら、今はいいわ」答えを待っていたソールネムが言った。
「生来の力があるって言ってたわね? それを使って早く帰りなさい。今のフィーヴェはとても危険よ」
「ごめん。今は帰れない」
眉を八の字にして謝るユアへ、ソールネムが眉間にしわを寄せ「どうして?!」と怒鳴った。
横からチェリテットも促した。
「ユアちゃん、本当に帰った方がいいよ。今、フィーヴェには“超龍”っていう怖いモンスターが暴れてるの。私たち、勝てなかったんだから」
「今、フィットたちが戦っているわ。狙われる前に、別の世界へ逃げなさい」
「ディン様に会わせて」
二人は「ディン様?」と聞き返した。その呼び名はユアとディンフル本人しかわからないのだ。
ユアがすかさず、「ディンフルのことだよ」と説明した。
「ディンフルに? 彼は別の世界へ飛んだはずだけど?」
「ううん、フィーヴェへ帰ったよ。超龍を倒しに、一旦リアリティアを離れたの」
「リアリティア?!」
ティミレッジがまだ報告していないので、彼女たちはディンフルがリアリティアへ飛んだことを初めて知った。
「は、話が見えないんだけど……。ディンフルはリアリティアへ行っていたの?」
ソールネムがそう聞いたところで、再び遠くで超龍の叫び声が聞こえた。
「話は後よ。とにかく、今は帰って!」
「でも、異世界の扉はもう……」
ユアが説明しようとすると、いきなり突風が吹き荒れた。
手で顔をガードする三人。
ユアが目を開けると、二人の姿が消えていた。
「え……? ソールネム? チェリー? どこ?!」
「安心せい。無事じゃ」
今度は年老いた男性の声がした。
そこには、炎界の洞窟で出会った老師がいた。
「おじいさん?!」
「……はて? どこかで会ったかのう?」
ユアは老師を見てすぐに思い出したが、彼の方は覚えていないようだった。
「あ、会いましたよ。炎界の洞窟です! ほら、サラマンデル様が体調崩した時に、傍にいた者です!」
「あの、魔封玉を持っていた女子か!」
ユアが一生懸命説明すると、老師はようやく思い出した。
当時、ユアは魔法を封じる石・魔封玉を持っており、その時からサラマンデルと老師にすでに気付かれていた。
今は許してもらえたが、仲間たちを怒らせたために苦い思い出となっていた。
「そうです。”魔封玉の女子”です……」
「何故、ここにおる?」
「急に突風が吹いて、目を開けたらここにいたんです。私の他に、黒魔導士と武闘家がいたはずなんですけど……」
「思い出した! お主を呼んだのは、わしじゃ!」
老師が思い出すように言うと、ユアはずっこけた。
「自分で呼んでおいて、“何故ここにおる”は、ないでしょ……」
「すまん、すまん。こんな大変な時に、フィーヴェに異質な気配がしたから見に来たんじゃ。お主だったんじゃな」
「一緒にいた黒魔導士と武闘家の二人は大丈夫なんですか?」
「安心せい! お主を呼ぶついでに、安全な場所へ送った!」
「安全な場所って、戦いに出せないからですか?」
「そうじゃ。超龍は人間では対処出来ん。ここは、わしに任せるんじゃ」
老師は精霊のサラマンデルを治療出来るほどの力を持っている。
そのため、ユアも彼には期待していた。
「あんな龍、わしから見ればただの蛇じゃ! わしが魔法を唱えれば百人力……いや、十人力じゃ!」
「いや、何で下がるんですか?! 百から十じゃ不安ですよ!」
ユアがつっこんだところで、老師は持っていた杖を高々と掲げた。すると……。
グギッ!
「あぁーーー!!」
何か折れたような音と共に、老師が腰を押さえて悲鳴を上げた。
もう嫌な予感がする。
「こ、腰が……。ダメじゃ、わしじゃ太刀打ち出来ん……」
「諦め早っ!」
腰を痛めただけで諦めモードの老師はゆっくりと岩場に腰掛けた。
「こうなれば、最後の手段じゃ!」
「“最後”って、まだ何もしてませんよね……?」
「戦闘力のディファートのディンフルが倒してくれるのを祈ろう!」
「祈るだけですか……? てか、ディン様を知っているんですか?!」
「有名じゃろう? フィーヴェを支配しようとした魔王として」
ユアは、かつてディンフルがフィーヴェを襲った魔王だったことを思い出していた。
リアリティアでは、ラスボスとは思えないぐらい正義感が強く、優しかったので「魔王らしさの欠片も無い」と思っていたのだ。
(そういや、ディン様って元々ラスボスだったね……)
「悪いことは言わん。君は早く自分の世界に帰るのじゃ」
「いえ、ディン様に会います」
「正気か? 今、彼は超龍と戦っておる。行けば、間違いなく巻き込まれる」
やはり老師も、ミカネやソールネムたちと同じく反対した。
それでも、ユアは引き下がらなかった。
「わかってます、足手まといになるのは。でも、秘策を持って来たんです!」
「秘策?」
「おそらく、こちらの世界では手に入らないものです。これを入手できるのは私しかいないんです!」
「拝見しよう」
老師が言うと、ユアは背負っていたリュックを降ろし、ファスナーを開けた。
彼はリュックに手を突っ込み、中に入れているものに触れた。
そして、考え込むと……。
「行け!」
強い口調で言い、ユアの背中を押した。
「いいんですか?」
「確かに、フィーヴェでは絶対に手に入らん。持って行ってディンフルを助けてやるがいい。奴のところまで魔法で送ろう」
「ありがとうございますっ!」
ユアはリュックの口を閉めると、老師へ向かって深々と頭を下げた。
リュックを再び背負ったところで、老師が「お守りじゃ」と魔法でバリアを張ってくれた。
ユアの体が金色の光に包まれた。
「バリア?」
「新種の魔法じゃ。白魔法のバリアは物理か魔法のどちらか一つしか掛けれんが、それは一度に両方防げる優れものじゃ」
「これは白魔法じゃないんですか?」
「わしが編み出したから、何魔法かは決めておらん。だが、安心せい! まだ開発したばかりで実験も何もしておらん、生まれたてのほやほやじゃ! それゆえ、一度きりしか使えんからな!」
「実験してないって、逆に安心出来ないんですけど?!」
ユアが文句を垂れると、自身をいつの間にか包んでいた球体が瞬時に遠くへ飛び始めた。