第104話「胸騒ぎ」
ユアは見知らぬ世界にいた。
薄暗い空、ひび割れた大地、枯れ果てた海や川、折れた木々、崩壊した建物……絶望しかないその世界の中心に彼女は立っていた。
「ここは……?」
どこからか魔物の咆哮が聞こえた。
振り向くと、巨大な龍がこちらを見つめていた。
「龍? もしかして……?!」
その龍に立ち向かう複数の影がある。
赤毛の戦士が剣で斬りかかり、金髪の武闘家が拳を向け、別の場所では青髪の白魔道士がその二人を魔法で援護していた。
ユアは彼らに見覚えがあった。
共に旅に出ていたフィトラグス、オプダット、ティミレッジだった。
だが龍が再び叫ぶと、三人はその衝撃波にやられ、跡形もなく消えてしまった。
「みんな?!」
今度は紫色の髪に黒いマントを着た人物が大剣で斬り掛かっていった。ディンフルだ。
「ディン様なら大丈夫」……ユアは絶対的な信頼と期待を持っていた。
しかし、今度は龍が口から光線を吐くと、先ほどの三人と同じくディンフルは跡形もなく消えてしまった。
ユアは絶望のあまり言葉が出なかった。
◇
目が覚めた。自身が世話になっているグロウス学園の天井が視線の先にある。
ユアは夢を見ていたのだ。
夢で良かったが、あまりにも現実味があって気味が悪かった。
まだ心臓がバクバク言っている。
「そういえば……」
ユアは思い出していた。以前会ったミカネが見る予知夢は、一〇〇パーセントの的中率だと。
偶然だと思いたいが、自分が見た夢も予知夢ではないかと胸騒ぎがした。
「ダメだ……。心配で眠れない!」
時刻は午前三時。真夜中にも関わらず、ユアはディンフルから返してもらったリュックに荷物を詰め始めた。
◇
翌朝、再び学園からスマホを借りると、メモに控えていたミカネの連絡先へメールを入れた。内容は「一分だけ扉を開けてほしい」
彼女は忙しいため、返信はいつになるかわからない。それも覚悟の上だった。
しかし、返事はすぐに来た。
たった一言、「今は出来ない」と書かれていた。
ユアは諦めずに「じゃあ、一瞬だけでいいから」と送信した。
今度は電話が掛かってきた。ミカネは低いトーンでゆっくりと言った。
「何のために?」
「ご、ごめんね、急に。フィーヴェへ行きたいの」
「今、あちらがどういう状況か知ってるの? サーモンの調べでは、超龍が復活して大変なことになってるらしいわよ?」
電話口の向こうで「サーモンはやめて下さい」と男性の声がした。サモレンも近くにいるようだ。
ミカネはさらに続けた。
「そもそも、あなたが行って何が出来るの? ディンフルたちみたいに戦う力なんて持ってないでしょ?」
「持ってないよ……」
ユアが怯えながら答えると、ミカネはまた冷たく言った。
「じゃあ、行かない方がいいわ。足手まといになるだけよ」
「でも……」とユアの言葉を、相手は遮って来た。
「ファンだから知ってると思うけど、ミィは独り立ちする前はアイドルグループのメンバーだったの」
突然、関係ないアイドル時代の話を出され、ユアは困惑した。
「入る時にオーディションをやったわ。これも知ってると思うけど、ミィがいたグループはやり方が特殊で、シングルを出すごとにグループ内でオーディションが行われたのよ」
ミカネはかつて、大人数のアイドルグループに所属していた。
十数人ならまだしも総合して三十人前後はいた為、毎回ステージごとに大勢で立つのは難しく、新曲を出すごとに選抜メンバーを十人前後決めるオーディションが行われた。
ミカネはその頃から人気があったため毎回合格し、センターを勝ち取っていた。
「“次の曲に使えそう”とか“足を引っ張るかも”とか、その時点でわかるの。今が戦いのオーディションなら、ユアちゃんは確実に落とされているわよ」
ミカネは、アイドル時代のオーディションと今の状況を掛けて話していたのだ。
「だから、行かない方がいいわ」
突き放すように言われるユアだが、少し黙ってから口を開いた。
「それでも行きたいの」
「だから、行ってどうするの……?」
なかなか引き下がらない相手に、ミカネはうんざりしながら聞き返した。
「何も考えていないことはない。ちゃんと秘策があるから」
ユアの返事には、溢れる自信のようなものが感じられた。
「どんな秘策?」
「ちょっと言えないかな……。でも、少しはみんなの役に立てると思う」
「死ぬかもしれないわよ?」
「……うん」
ユアは少し考えてから返事をした。
「どんな策はわからないけど、後悔しない自信はあるのね? もし何かあっても、自己責任よ?」
「わかってる」
少しだけ両者の間に無言の時間が流れた。
「今、開けたわ。一分経ったら閉じるわね」
「ミカネ様?!」と電話口の後ろでサモレンの慌てる声が聞こえた。
ユアは「ありがとう!」と言うと電話を切ってリュックを背負い、生まれ持っていた力で異世界へ飛んだ。
一分後。
ミカネは約束通り、化粧のコンパクトを使って異世界へ繋がる扉を閉じるのであった。
「どういうおつもりですか?! 今の状況でユアさんを行かせるなんて、危険すぎます!」
コンパクトを閉じるミカネへサモレンが怒号を上げる。
彼女は平然としていた。
「大丈夫よ、そんなに怒らなくても」
「怒りますよ!! 今フィーヴェでは超龍が復活して、とても危ないんですよ! 先ほど、お伝えしたと思いますが!」
怒鳴り続ける彼へミカネは気だるそうにした。
「うるさいわねぇ。わかってるわよ、危ないのは」
「わかってるなら何故、扉を開いたのですか?!」
「“ユアちゃんなら大丈夫”……そう感じたのよ」
彼女の言葉に、サモレンは押し黙った。
「少しずつ感じたの。あの子が行くことで何かが変わるって。もし本当に危ないって感じたら、あの子だけリアリティアへ呼び戻すわ。ミィが生まれ持った力、覚えてるわよね?」
ミカネの生来の能力は、異世界にいる者をリアリティアへ呼び出せる。
サモレンは「はぁ……」と、短く返事をするしか無かった。そして彼は、ミカネが予知夢を見るだけではなく、直感で感じたことにも高い的中率があることを思い出していた。
先ほどの怒りはすっかり消えていた。
「長年お傍におりますが、まだまだわからないことが多いですね、あなたは」
「お互いにね」
そう言い合った後で、二人はユアたちの無事を強く祈るのであった。
◇
ディンフルは大剣を構えて、マントの飛行能力で超龍へ向かって行った。
「先ほどは額を小突いたが、次は命をいただくぞ!」
超龍は無数の魔法の球を撃って来た。
それをディンフルは大剣ですべて相殺した。
次に口から光線を放って来たが、それも大剣の一振りでかき消した。
「フン。魔力に長けた龍と聞いていたが、この程度か」
超龍の首まで来ると、ディンフルは大剣を突き刺した。
ところが剣は肉体まで通らず、表面で止まってしまった。
「ダイヤモンドより硬いと聞いていたが、これは噂通りだな。ならば……」
ディンフルが剣に魔法を込めると、大剣は超龍の首にどんどん入って行った。
超龍は痛さのあまり、悲鳴を上げた。
「やっと入ったな。次はこれだ!」
今度は超龍に雷が走った。
先ほどフィトラグスたちが乗った際に雷が走ったが、今回はディンフルが唱えた魔法剣によるものだ。
超龍はまたダメージを負い、さらに大きな悲鳴を上げ続けた。
次に超龍の頭部が炎に包まれた。今度は炎の魔法剣だ。
炎が消えると、黒焦げでボロボロになった超龍が姿を現した。戦う力が残っていないように見える。
「思っていたより、大したことが無い。もっと、骨があるものと期待していたが……」
ディンフルは残念に思うと、超龍に刺さっていた大剣に再び手を掛けた。これからトドメを刺すのだ。
「さらばだ」そう言うと、最後の魔法を使おうとした。
超龍が激しい雄叫びを上げた。
これまで何度も叫んで来たが、今度のは耳がつんざくほどの声量だった。
「耳障りだ……。一旦、離れよう」
ディンフルは、飛行しながら相手から距離を置いた。
すると、超龍の真っ黒になった体は見る見るうちに明るくなり、輝く黄金へと変化した。
「先ほどより凄まじい魔力だ。まぁ、良い。どんな状態でも、私の敵ではない」
余裕のあるディンフルはまだ知らなかった。
超龍の本当の恐ろしさを……。