第102話「目覚め」
フィトラグス、ティミレッジ、オプダット、チェリテット、ソールネムは魔法で、北部にある無人島に到着した。
北なので猛吹雪を予想していたが、火山口の如く炎に包まれていた。
「あちぃ! ここ、北じゃないのかよ?!」
あまりの灼熱にオプダットが悲鳴を上げた。
「北よ! ご覧の通り、燃えまくっているでしょ! だから熱いのよ!」
チェリテットが怒号を上げる。
北の無人島は木も生えておらず何も無いところだったが、何故かあちこちに炎が燃えていた。
「この火は噴火したせいもあるんだよ」
ティミレッジが焦りながら解説した。
北の無人島には山があり、そこが噴火したようだ。
「これも超龍の仕業か?」と、フィトラグスもすでに胸騒ぎがしていた。
その時、一人の戦士が疲労困憊で一行の前にやって来た。
「あ、新しい助っ人だ……。お願いします、助けて下さい……!」
彼はそう言うなり、フィトラグスらの前で倒れてしまった。
「大丈夫ですか?!」とティミレッジが駆け寄り、急いで白魔法を掛ける。
あっという間に戦士に元気が戻った。
「体が軽い! もしや、白魔法?」
体の治りっぷりに驚いてこちらを見た戦士は、一行を見てさらに驚愕した。
「誰かと思ったら、フィトラグス王子一行ではないですかっ?!」
「俺らを知っているのか?」
「ぞ、存じております! ディンフルをボコボコにして、捕まえて、牢に入れて、まずい飯を食べさせて、水の入ったバケツを持って立たせる罰を与えているそうですね?! よくやってくれました!」
戦士は目を輝かせて一気に言うが、話の内容に一行は覚えがなかった。どこかで間違った情報が流れたのだろう。
「バケツ持って立たせるって、学校じゃないんだから……」
ソールネムが呆れながらつっこんだ。
「それより、他の戦士はどうした? 父上の指示で、世界中から集まっているんだろう?」
「全員やられました……」
「やられたって、そんなに時間経ってないぞ?! あなたの部隊がやられたってことか?」
「いえ、世界中から来た者全員です。彼らは瞬間移動の魔法で来たのですが、この短時間で一〇〇人以上の戦士が敗れました。それぐらい超龍は強いです……」
フィトラグスの問いに、戦士は意気消沈しながら答えた。
国王が指示を出してから一時間も経っていない。それなのにもう大量の被害者が出ており、一行は言葉を失った。
「お願いです。頼れるのは、あなたたちしかいません。超龍を倒して下さい……!」
戦士の切実な願いにフィトラグスはすぐに了承した。
「わかった。あとは俺らが継ぐ。あなたは世界中から白魔導士を集めて欲しい。傷ついた戦士を手当てして、みんなで故郷へ帰ってくれ」
「わかりました……」
「皆にも家族がいるだろう? 家族のためにも生きて帰ってくれ」
フィトラグスのその台詞に、他の仲間は切なくなった。
自分たちにも家族はいるが、特にフィトラグスには国の未来が掛かっているし、歳の離れた弟もいる。
「自分にも会いたい家族がいるだろうに……」仲間たちは複雑な思いに駆られた。
戦士は涙声で礼を言った。
「本当にありがとうございます。ちなみに、私は離婚したばかりで家族はいないんです……」
触れてはいけないことに触れてしまい、フィトラグスが「すまなかった……」と謝る。
そして「ゆっくり休んでくれ」と声を掛け、頭を下げる戦士を後にした。
◇
五人が歩いていると、動けなくなった戦士をたくさん見掛けた。
ティミレッジが白魔法で回復しようとすると、ソールネムに止められた。
「見たところ、命に別状は無いわ。さっきの戦士が白魔導士を呼んでくれるから、彼らに任せましょう。あなたには、超龍戦のために魔力を温存してもらわないと」
ダウンしている戦士の中には意識がある者もいて、先ほどの戦士と同じように「超龍を、お願いします……」と、今にも倒れそうな弱々しい声で頼んだ。
さらに歩くと海に出た。もう熱気を感じず、倒れた戦士も見かけなくなった。
その代わり、海の向こうには見覚えのない山があった。超龍の頭頂部だ。
「まだ頭しか出ていないのに、何で戦士たちはダウンしてるんだ?」
オプダットが疑問を投げかけたその時、ソールネムが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「すごい魔力……」
声が苦しみに満ちていた。
さらにティミレッジも、凍えるように自分の体を抱きしめた。
「長い時間は居られないよ……」
魔導士ではない他の三人はきょとんとしていたが、だんだん彼らの身にも圧力のようなものが感じられ始めた。
「な、何だ? この、圧と言うか……」
「恐らく、超龍が発する魔法だ。直接手を下さず、圧力だけで相手を弱らせる状態異常の一種だよ……」
一〇〇人ほどの戦士はその状態異常の圧に負けてしまったのだろう。
ティミレッジは解説し終えると、五人に白魔法を掛けた。
一行の体が黄色いオーラに包まれた。
「あれ? 体が軽くなったぞ?」
「圧力を無効にさせる力よ。助かったわ、ティミー」
オプダットへ答えると、ソールネムがティミレッジに感謝した。
「なるほど。白魔法はこういう効果もあるんだな!」
フィトラグスが納得したところで「圧力を無効化すれば、こっちのもんだな」と得意げになった。
急いでソールネムとティミレッジが止めに入った。
「国王様からも言われたでしょう?」
「“超龍は慎重に戦え、闇雲は以ての外”って!」
「そ、そうだな……」
二人にたしなめられ、圧倒されながらも頷くフィトラグス。
しかし、策を練ろうにも超龍は頭しか見えていない。
「封印は徐々に解けていくみたいだから、全身が出る前に倒さないといけないわ」
「でも、頭だけ攻撃しても大丈夫?」
ソールネムの横から、心配そうにチェリテットが尋ねた。
「脳を攻撃出来れば……。人間を含む動物は脳がやられると大変でしょう? 超龍にも必ずあるわ」
「なるほど!」
脳はすべての行動を司る部分。つまり頭を攻撃すれば、超龍は何も考えられないどころか体も動かなくなるとソールネムは睨んでいた。
「脳を攻撃って、ちょっとエグいですけどね……」
ティミレッジがおずおずと言うと、「仕方ないでしょ」と返された。
頭頂部が出ている今ならちょうど良い機会だった。
ソールネムとティミレッジが魔法を使うと、青色の船のような形の物体が現れ、フィトラグス、オプダット、チェリテットの三人がそれに乗った。
三人を乗せた船が猛スピードで、超龍の頭頂部へ向かっていく。
「お前たちが超龍の頭を割ってくれ。俺が脳を斬る」
「了解!」
「任せてよ!」
超龍は状態異常の魔法を使っているだけで、今は攻撃する気配がない。
「頭さえ狙えば楽勝だ」と王子と武闘家たちは思っていた。
船が、頭頂部へ手が届きそうな位置まで来た。
「頼むぞ、二人とも!」
フィトラグスが合図を出すと、オプダットとチェリテットは船から飛び上がり、それぞれ拳と蹴りを超龍へ繰り出した。
手応えを感じた。二人の攻撃が当たると、大きな塊がわずかに揺れた。
「硬いわね……」
「まだまだこれからだ! リアン・エスペ……」
オプダットが必殺技を繰り出そうとしたその時、山は大きく動き出し、海中から巨大な物体が姿を現した。
超龍の頭に乗っていた二人は、はるかかなたの高さまで行ってしまった。
「な、何だ?!」
フィトラグスのいる場所に数メートルほどの高さの波がやって来た。
波にさらわれそうになったその時、彼の体が水色の球体に包まれ、移動し始めた。
そのまま、ティミレッジたちの元へ帰って来た。オプダットとチェリテットも同じ球体に包まれて戻って来ていた。
「よかった。浮遊魔法も身につけておいて……」
ソールネムが安堵しながら言った。
今の球体は、彼女が魔法で出したものだった。
「あ、あれ……」
青ざめた顔のティミレッジが指す先には、三〇〇メートルほどの長い首の上に巨大な龍の顔があった。
「こんな大きいの、どうやって戦うの……?」
「出来る限りのことはやりましょう」
チェリテットとソールネムが不安を感じた。
あまりの大きさを誇るが、これでもまだ頭部だけだ。
これで全身が目覚めるとどうなるのか、五人は考えるだけでも気分が悪くなった。
しかし、もう後戻りは出来ない。
「長いこと眠っていて暴れたくて仕方ないだろうが、好きにはさせないぞ、超龍! フィーヴェは俺たちが守る!」
フィトラグスが剣を、魔導士二人は杖を構え、武闘家二人はファイティングポーズを取った。
いよいよ、超龍との戦いが幕を開けるのであった。