第101話「出発」
フィーヴェ。
兵士が魔法で入手した映像が、王の間でプロジェクターのように大画面で映されていた。
海面から、山のように巨大な物体が突き出ていた。
長年、フィーヴェで暮らして来たフィトラグスたちはそれを初めて目にした。
「何だ、あれは……?」
「おそらく、超龍の頭だ」
「頭?!」
国王・ダトリンドの答えに、フィトラグスたち五人が一斉に驚きの声を上げた。
「しかも、全体ではない。あれは頭頂部に過ぎん」
頭頂部だけで山のように大きな塊……頭部全体が出て来た時のことを考えたティミレッジはぞっとした。
「頭頂部ってことは、もう復活したってことですか……?」
「完全な復活ではない。今は封印の力で、体も意識も自由に動かせない。しかし、時とともに封印は段階的に解けていくだろう」
ダトリンドが答えると、今度はソールネムが尋ねた。
「国王様。超龍は元々、空に飛んでいたのですよね? どうやって、海の底へ封印出来たのですか?」
大陸よりも大きな巨体を海へ沈めた話は誰もが疑問に思った。
海底へ移動させるには、大陸を越さなければならないからだ。
「フィーヴェの魔導士が五十人掛かりで瞬間移動の魔法を掛けた。その後はさらに五十人を追加した百人で封印の魔法を掛けたのだ」
ダトリンドは簡単に答えた。
フィーヴェには移動の魔法という便利なものがある。それを超龍戦でも使ったのだ。
「しかし、移動と封印の両方に携わった魔導士たちは魔力と共に体力も消耗し、封印後、命を落とした者もいる」
「そんなに……?」と驚きと恐怖で顔が青ざめるソールネム。
魔導士の歴史を知って来た彼女でも、初めて聞くこの話に衝撃を受けた。
「今は各国から戦士を向かわせている。その者たちと共に弱らせられれば良いのだが」
「世界中から集まるなら、倒せそうですね!」
オプダットが元気よく言うが、国王は良い顔をしないままだった。
「言うのは簡単だが、倒すのはたやすくない。その昔、フィーヴェに世界最強の戦士がいたのだが、その者ですら瞬殺されてしまった」
「瞬殺……?」
「超龍と戦うなら、慎重になるべきだ。闇雲など以ての外」
ダトリンドの言葉にフィトラグスは急に恥ずかしくなった。
ディンフルと共闘した際に「お前とオプダットは考えずに突っ込んで行く」と注意されたことを思い出したのだ。
「か、かしこまりました。慎重派のメンバーの言うことをしっかりと聞き、考えて戦うようにします」
そう返すと、ダトリンドの口から再び衝撃の言葉が告げられた。
「フィトラグス。お前は残るのだ」
「何故ですか?!」
突然の指示にフィトラグスは思わず声を上げた。
「お前は次期インベクル国王。万が一を考え、今回の超龍戦は行くな。我々も継承者を失い、ノティザも悲しむ」
ノティザが悲しむのは耐えがたいが、納得がいかずフィトラグスは言い返した。
「なら、仲間は死んでもいいと言うことですか?!」
「そのようには言っていない! お前は国の未来を背負って行くゆえ、危険すぎる戦いには出したくない」
「国を背負って行くのは、彼らも同じです!」
フィトラグスは仲間たちを指しながら、意見をし始めた。
「四人はそれぞれの村と町で重宝され、俺と同じように未来を託されております。運命を共にした仲間たちを見捨てたくありません! インベクルが異次元へ消えた日、落ち込んでいた俺に白魔導士のティミレッジが優しく声を掛けてくれました」
国を奪われた日、フィトラグスはダトリンドの使いで馬車でビラーレル村へ行っていた。この時にティミレッジと出会っていた。
城へ帰るとディンフルと遭遇し、目の前で我が国を消されてしまった。
その後、ただならぬ気配を感じたティミレッジが、絶望し泣き崩れているフィトラグスへ駆けつけたのだ。
「あの時、ティミーが来てくれなかったら、俺はずっと落ち込んだままでした。旅の途中で再会したオプダットも元気づけて励ましてくれました。改めて、友情の大切さを思い知りました」
「”再会した”?」とチェリテットが疑問に感じた。
「使いで村へ行く途中に馬車がぬかるみにはまって動けなくなった。その時に、助けてくれたのがオープンだったんだ」
「てことは、同じ日にオープンとも出会ったってこと?!」
ビラーレル村へ行く前にはオプダットとも出会っていた。
まさか、共に旅する仲間と同日に出会っていたとは、ティミレッジは思わず声を上げた。
同じように驚愕したソールネムも、三人には運命を感じていた。
「旅の途中で出会ったチェリテットとソールネムも、世間知らずの俺に色々教えてくれたし、叱ってくれたこともあります。俺にとって、四人は大切な仲間です。ここで別れるなんて考えたくありません。ともに超龍と戦わせて下さい!」
フィトラグスの頼みを聞いたダトリンドは考えを渋っているのか、眉間にしわを寄せるだけだった。
すると横から、妃であるクイームドが口を開いた。
「よろしいです、フィトラグス。あなたの仲間を想う気持ちと、彼らの優しさを理解しました。あなたも超龍の元へ行きなさい」
ダトリンドは思わずクイームドを睨みつけた。
「正気か?! フィトラグスに何かあったらどうする?!」
「それが息子の寿命です。“立派に戦った”と誇りに思い、ノティザにもそのように伝えます。彼ならわかってくれると思いますし、万が一のことがあれば王族を継いでくれるでしょう」
クイームドは優しい眼差しで言った。
「ずいぶんと冷静だな。息子が死ぬかもしれぬと言うのに……」
「フィトラグスたちを信じているからです。ディンフルを倒さずに、異次元へ飛ばされた国々を戻した彼らなら超龍も何とかしてくれると思います」
ダトリンドは返事が出来なかった。女王は物腰は優しいが意志は鋼のように強く、一度決めた思いは曲げないことを知っていたからだ。
優しい眼差しから一転し、クイームドは勇ましい目つきでフィトラグスへ呼び掛けた。
「自分も仲間のために奮うこと、そして、生きて帰ることを守って下さい」
「わかりました。ありがとうございます!」
フィトラグスが母へ礼を言うと、ティミレッジ、オプダット、チェリテット、ソールネムも感謝の意を述べた。
「息子さんは……いえ、王子様は私たちが守ります!」
最後にソールネムが誓うと、ダトリンドが優しい口調で言った。
「君たちも、必ず生きて帰るのだぞ」
「はい。全員で戻ります」
彼女はそう言うと、真っ先に四人へ向いた。
「それじゃあ、準備はいいかしら?」
超龍の復活は近い。心の準備が出来ていなくても、今から行かないと間に合わない。
ソールネムは黒魔導士だが、いざと言う時のために瞬間移動の魔法を身につけていた。
初めて知ったティミレッジが「さすがです!」と彼女を讃えるが……。
「あなたも別系統の魔法を使えるようになりなさい。男性で白魔導士だけはさすがにアウトよ」
怒られてしまった。
超龍と戦う前から気分が落ちてしまう。
「落ち込んでる場合じゃねぇよ、ティミー! こういうのは”思い立ったが末日”だぞ!」
「”吉日”!!」
オプダットの言い間違いを四人が一斉に正した。
ダトリンドが、先ほどのクイームドを見る時以上に信じられない顔をした。
「ずっと気になっていたが、彼はわざとなのか……?」
「と、時々、ふざける奴なんです!」
慌ててフィトラグスがフォローを入れる。
しかし、時すでに遅し。父親に「バカな奴を仲間にした」と感づかれてしまった。