第99話「収束」
何の未練もない高校に別れを告げ、ユアはディーン(ディンフル)と共に後にした。
すると、校門のところでメイド長のヴァートンが待っていた。リマネスの送迎に来たのだろう。
彼女はユアたちを見つけると、ゆっくりと歩み寄って来た。
「今まで、たいへん申し訳ありませんでした」
ヴァートンは頭を下げて謝った。
きっとこれも自衛だと思い、ユアはまともに聞かなかった。
だが次は、ユアへ向かって四角い紙製の手提げ袋を差し出した。
「開けても大丈夫です」と言われ、受け取ったユアが中を見ると、新品の「イマジネーション・ストーリーV」のゲームソフトが入っていた。
予想外の贈り物に、ユアは開いた口が塞がらなかった。
「指示されたとは言え、ひどいことをしてしまいました。それは罪滅ぼしです」
「は、はぁ……。よく買えましたね、まだ品薄なのに」
「知り合いがゲームのお店で働いているのですが、そこではもう普通に買えるそうです」
続けて、彼女はリマネスの過去をユアとディーンに話した。
ヴァートンはリマネスの母が小さい頃から仕えているため、事情をすべて把握していた。
リマネスは物心がついた頃から両親や周囲の大人からの愛情をまともに受けられず、勉強では満点もしくは首位を取らなければ叱責されること、身分違いの学校に転校させられたこと、まだ大人の愛情が必要な時期に親が離れて行ったこと等、話せる限りに話した。
「なるほど。そのような親であるゆえに奇行に走ったか。事情はわかったが、十年以上に渡って一人の人生を狂わせたのだ。簡単に許されることでは無いし、一生十字架を背負って生きて行くべきだ」
「私もそうです」
次にヴァートンは、リマネスがロミート家の後継者候補から外されたこと、この春から家族がいない国で自立を余儀なくされたことを教えてくれた。
「共に暮らすのではないのか?」
「旦那様や奥様はお嬢様を勘当するそうです。しかしこちらに置いていてはまた、いつユアさんへ仕掛けるか信用できないため、海外で自立させることにしたようです」
リマネスが海外へ行くということは、今後は二度と関わることはないだろう。
ユアは心からほっとした。
「英断だ。聞いたところ、子の気持ちを理解しない親と感じられた。離れて暮らす方が彼女のためである」
ディーンが言うと、ヴァートンは少しだけ頷いた。
彼女もリマネスの両親が親に向いていないことは、薄々とわかっていたようだ。
「私もクビになりました。“お前がついていながら何をやっていた”と、旦那様に声を荒げられました。これまでのこともすべて咎められ、私も“ロミート家の恥”と言われてしまいました」
「前から思ってたんですけど、どうしてリマネスに従って来たんですか? いくら仕えていても、ダメなことはダメだって言うべきです」
ユアに問われたヴァートンは再び話し始めた。
あれはリマネスが小学二年になった頃。
当時、ヴァートンは自身の兄が借金まみれで問題ばかり起こしており、心が疲弊する日々を送っていた。
ある日、その兄が行方をくらましてしまい、借金取りがヴァートンを求めてロミート邸の近くまでやって来た。このことがバレると屋敷の家族も巻き込まれ、自分も仕事を失う。
だからと言って、借金の肩代わりを出来るほどの余裕もなかった。
それを知った幼いリマネスは自分の通帳をヴァートンに手渡し、「役に立てて」と優しく言った。
もちろん、ヴァートンは断った。ただでさえ働かせてもらっているロミート邸なのに、そこの一人娘のお金で借金を返すなんて、とんでもないと思っていた。
だがリマネスは引き下がらなかった。大人たちの愛情に飢えている中、唯一優しくしてくれるヴァートンの力にどうしてもなりたかったのだ。
当時八歳のリマネスでも銀行に預けている額は、すでにヴァートンの年収を超えていた。お互いにそれはわかっていた。
ヴァートンは泣きながら感謝し、リマネスの財力で兄の借金をすべて返済した。
リマネスも両親には黙っていてくれたし、ヴァートンの役に立てたことを嬉しく思っていた。
その後、兄が感謝で連絡をして来たがそれきり縁を切った。
そしてヴァートンは、恩人であるリマネスのどんな願いも叶えていくと決めたのであった。
「しばらくは居場所を無くした者同士、二人で暮らしていきます。もちろん、今後はお嬢様にも自分のことは自分でしていただき、悪いことをしていれば叱ろうと思います」
「それで良い」
最後にディーンが静かに納得すると、ユアたちは学校を後にした。
◇
「やったー!」
「すご~い!」
「ずっとやりたかったよ~!」
「まだ売り切れなのによく買えたね!」
ヴァートンからもらったイマストVのソフトをユアは学園に寄付した。ソフト無しでも異世界へ行き来できるので、もう自分には必要が無かったのだ。
ただ、ゲーム中のディンフルたちを拝めていないのが心残りだった。
子供たちが喜ぶ頃、ディーンは園長に頼みごとをしていた。
「誠に申し訳ないが、またしばらくユアを預かって欲しい」
本来ならディーンがユアを引き取って海外へ引っ越すという設定だったが、彼は近々フィーヴェに戻って超龍を倒さなければならなかった。
超龍はラスボス級のモンスターよりも桁違いの強さであるため、彼でも敵うかわからなかった。万が一の場合に備えて、ユアを学園へ置いて行くことにした。
もちろん園長には「急遽、長期の出張が入った」と伝えた上で、彼女を預かるように頼み込んだ。
「わかりました。しかし学園に来る子が増えると、ユアちゃんも置けなくなるかもしれません。施設にいられるのは基本、十八までなので。出来れば、早めに戻って来ていただけるとありがたいです」
園長は条件付きで納得してくれた。
だが戻れること自体、叶うかもわからなかった……。
ユアは、ディーンが辞職して開けた穴を埋めるために職員の補助をすることになった。
事務は未経験だが、子供の世話は慣れていたのでそちらを主に任された。
「ユアちゃん、ここで働くの~?」
ユアがおやつのジュースを注いでいる時に一人の子供が尋ねた。
「そうだよ! 部屋は職員室になるけど、みんなとはまだ遊べるよ!」
「てことは、”ユア先生”だ!」
生まれて初めて「先生」と呼んでもらい、ユアは思わず感動してしまった。
「”先生”だなんて照れるな~!」
照れている間に注いでいたジュースがコップから溢れてしまい、部屋中が大騒ぎになった。
「何してるの、ユア先生?!」
これまでユアのドジっぷりを見て来たリビムを筆頭に、仲良しの子が雑巾を持って来たりして助けてくれた。
それを見ていたディーンは一安心すると、ある決意を胸に秘めるのであった。
◇
ついに、ディンフルが異世界へ帰る時が来た。
ユアは学園で借りたスマホでミカネに、異世界への扉を開けてもらうようにメールした。
すぐに返信が来た。「もう開けたわよ♪ 彼があちらへ行ったら連絡ちょうだい。すぐに閉めるから」と書いてあった。そして超龍が倒された動きがあれば、またすぐに扉を開放すると約束してくれた。
ちなみにミカネの連絡先や履歴は使用後、毎回消すようにしている。リアリティアでは世界的人気なので、他の者にバレると大変だからだ。
「帰る前に渡しておかねば」
ディンフルはそう言うと、魔法で黄色いリュックを取り出した。
それはユアのもので、リアリティアに飛ばされる前に手離したものだった。
「これ、私の? ……あっ!」
よく見ると、裂けていた部分が修繕されていた。
「縫っててくれたんだ。ありがとう」
「リーヴルとクレイスは抜いてあるぞ。あと……」
ディンフルはリュックのポケットを開けた。
そこには、「ポーションバー」というイマストV内で体力回復に使われるバー状の食べ物が入っていた。
「他の世界に飛んだ際に入手した。こちらでも体力を回復してくれ」
「ありがとう!」
ユアはリュックが帰って来ただけでなく、異世界からの土産にも喜んだ。
「超龍を倒したら必ず来てね。異世界へ引っ越す準備はしておくよ!」
ユアは期待を胸に言葉を弾ませるが、ディンフルは落ち着いた口調で言った。
「そんな準備はよい。こちらで暮らせ」
「な、何で? だって私、向こうで暮らそうと思ってるのに……。職員の補助も、長くはやらないつもりだよ」
うろたえるユアに対して、ディンフルは冷静に返した。
「何故、異世界で暮らす? もう必要ないだろう。学校も卒業し、大学とやらもキャンセルし、リマネスも外国へ行った。お前があちらへ行く理由は無いはずだ」
ディンフルに言われ、ユアは思い出した。異世界へ永住したいと思っていたのは、リマネスとの生活から逃れるためだった。
彼の言う通り、リアリティアから逃げたくなる原因はすべて片付いたのだ。
「そ、そうだよね。でも、遊びに行くぐらいなら、いいよね?」
「しばらくはダメだ」
「……ですよね~」
フィーヴェでは近い将来、超龍という脅威が目覚めようとしている。
ミカネが異世界への扉を封鎖してしまうと、ユアは異世界へ行けなくなる。
「“忘れろ”とは言わぬ。せっかく生まれ育った世界の問題が解決したのだ。俺が戻ろうと戻らまいと、新しい人生を生きろ」
「でも、園長には“長期の出張”って言ったじゃん?」
「時期を見て、“戻れなくなった”と言っておいてくれ。その際は“申し訳なかった”とも伝えてていただけると助かる」
「何で私が謝らなきゃいけないのさ!」
ユアがほっぺを膨らませて怒りを表すと、ディンフルはぷっと吹き出し、笑い出した。
「ど、どうしたの?」
「すまぬ……」と笑いながら謝るディンフル。
「その調子で、元気にやってくれ。超龍を倒したらミカネが感じ取り、扉を開けてくれる。連絡を受けたら、遊びに来てくれ。……待てよ。その際、俺はフィーヴェにいた方が良いのか? 別の世界に居ては会いに来れぬか?」
ディンフルは優しく言った後で疑問をぶつけた。
ユアは元気よく答えた。
「大丈夫! “ディン様がいる場所へ行きたい”って念じたら、そこへ行けるから。最初のミラーレがそれで行けたもん」
「そうだったな」
答えを聞いて、ディンフルは一安心した。
「そろそろ行く。長居をすると、ミカネが扉を閉められぬからな」
「うん……」
ユアは名残惜しそうに返事をした後で、元気よく言った。
「ディン様、色々とありがとう! リマネスのこと、ディン様がいなきゃ解決しなかったよ」
「構わぬ。またああいう者に絡まれたら周囲を頼れ。今度は味方になってくれるだろう」
ディンフルの返答にユアは「そう何度も無いと思うけど……」と心の中でつっこんだ。
「こちらこそ、ありがとう。ユアのお陰で大切なことをたくさん思い出せた。このリアリティアでも面白い経験をさせていただいた。またいつか」
「うん。またね!」
ユアが精一杯の笑顔を作ると、彼も微笑み返した。
それを最後に、ディンフルは魔法で消えてしまった。
彼がいなくなると、ユアの目から次々と涙が溢れ出た。
そして、ディンフルの「その時の感情をそのままぶつけてくれ」という言葉を思い出していた。
(あそこで感情をぶつけたら、ディン様が行きにくくなるじゃない……)
涙ながらにミカネへメールを送った。「了解」と簡単な返信がすぐに来た。
これでまたしばらく、異世界への行き来が出来なくなった。
ディンフルたちは超龍を倒せるのか?
ユアと彼らはまた出会えるのか?
そして、ディファート問題はどうなるのか?
ユアたちの運命や、いかに?
(第5章へ続く)
第4章は今回で完結です。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次話から最終章突入です!