第1話「異変」
一月四日……、何棟ものビルが立ち並ぶ都会。一角のビルの一階にはゲームショップがある。
いつもは休日でも十人前後の列が出来るが、今日は十メートル以上の行列が出来ていた。並んでいる客は皆、期待に胸を膨らませていた。
一組の親子も話しながら列を待っている。
最近の流行りに疎い父親が、十歳ぐらいの息子に尋ねた。
「今日発売のゲーム、そんなにすごいのかい?」
「パパ、知らないの? ”イマジネーション・ストーリー”、略して”イマスト”、面白いよ! とっても人気があって、今回で五作目なんだよ!」
今日はその子供が絶賛している「イマジネーション・ストーリー」というゲームの発売日。
それは、ナンバリング作品それぞれが独立した世界観で(一部の要素は全作共通)、毎回個性的なキャラとドラマチックなストーリー展開で人気を博しているRPGゲームである。
ゲームを楽しみに待っていたのは親子連れだけでなく、若い女性や働き盛りの中年男性、老後を楽しむ高齢者など、老若男女を問わなかった。
今日は冬期休暇の真っ最中だったので、ひときわ店も賑わっていた。
仕事始めの者は予約をして帰りに取りに来るか、通販で頼んでいた。
イマストの新作は誰もが、一日も早くプレイしたいと思っていた。
列に並ぶ一人の少女も例外ではない。
肩より少し下まで伸ばした桃色のくせっ毛、白いフリフリのレースがついた薄いピンクのロングコートを着た彼女も、そのゲームを心待ちにしていた。
少女・ユアは今回の作品に並々ならぬ思いがあるみたいで、今から胸をときめかせていた。
「うぅ……。ドキドキが止まらないよ……」
ユアは列に並びながら人知れず泣いていた。嬉し泣きだろうか。
よほど、イマストのシリーズが好きなのだろう。
列は少しずつ動いて行く。
進んで行くと、壁に貼ってあるポスターに気が付いた。
金色の髪を長く伸ばし、ピンク色の瞳とチークで、まるで人形のような愛らしい二十代前半ぐらいの女性が写し出されていた。
「ミカネだ! そういえば、新曲出たんだっけ。でも、今日はイマスト買うって決めてるんだ……。ごめんね!」
ユアは憧れの歌手・ミカネに申し訳なさそうに手を合わせた。
長時間並んだ末、ようやくゲームを買えた。
店から出るとそのまま帰るのではなく、ビルとビルの間にある細長い路地に入って行った。
「ようやく買えた。……会いたかったよ!」
ユアはゲームのパッケージに描かれているキャラの一人に目を向けた。
彼女はその者目当てでゲームを購入したのだった。この日を待ちわびていたらしく、入手できた喜びでまた涙を流す。
「これで、この日々も終わるんだ……。終わらせないと!」
意味深に言うと、ユアはゲームを強く抱きしめた。
ゲームを買うために、店があるビルへ次々と人が流れていく。
ユアが入り込んだビル横の路地には、もう誰もいなかった。
地面には、白いレースがついた薄いピンク色のコートだけが落ちていた。
◇
一方その頃、異世界・フィーヴェ。
ここでは人間とディファート、二つの種族が存在している。
ディファートとは生まれつき特殊な能力を持つ種族で、能力は人それぞれ違う。
現在は絶滅寸前と言われていた。
最北の地では暗雲が立ち込め、古びた城の最上階にある王の間では魔王と思わしき人物に向かって、三人の男性がそれぞれの武器を構えて立っていた。
先頭に立つのは、燃えるような赤色の髪を一つに結び、濃い赤色の鎧を着た剣士のフィトラグス。
「ディンフル! 今日こそ、お前を倒す!」
彼が睨む先には魔王・ディンフルがいた。
魔王はディファートの一人で、紫色の長い髪に同色のジャケットの上に黒いマントを羽織り、怪し気な雰囲気を醸し出している。
余裕なのか「やってみろ」とフィトラグスらを見下すように言い放った。
「フィット、気をつけろ! 相手はラスボスだ! ……えーと、あまぐもに戦っても勝てないぞ!」
金色のツンツンヘアに黄色の袖無しシャツを着た武闘家のオプダットが、仲間のフィトラグスに忠告する。……が、何かがおかしい。
そこへ、青色のうねったくせっ毛に白いローブを着た白魔導士のティミレッジが、パーティの後ろから訂正する。
「オープン! それを言うなら“やみくも”だよ。あと、それを、いつも考えずに行動している君が言わないで!」
「そっか、“やみくも”か! サンキューな、ティミー!」
オプダットが間違いを認め笑いながら礼を言うと、先頭のフィトラグスが振り返って怒鳴りつけた。
「笑ってる場合か!! ここがどこだかわかっているのか?! 気を抜くな!」
「ご、ごめん……」
オプダットの代わりにティミレッジが謝る。彼は少々気弱な性格のようだ。
「何でティミーが謝るんだよ? 俺が謝るとこなのに。と言っても、反省してないけどな!」
「無反省が一番厄介なんだが……」
元気に笑うオプダット。ティミレッジと違い、彼は明るい性格だった。
反省していない様子を見て、フィトラグスが怒りを交えて呆れる。
油断をしているとディンフルの魔法が炸裂し、三人とも吹き飛ばされてしまった。
「やべぇ、しくじった……」
「みんな、大丈夫……?」
瀕死ではないがダメージは大きい。倒れたオプダットとティミレッジが辛うじて起き上がる。
フィトラグスも文句を垂れながら体を起こした。
「ほら見ろ! 気を抜くからこうなったんだ!! 忘れたのか? 俺たちは、あいつに故郷を奪われたんだぞ! 故郷だけじゃなく、家族も友達もみんな……! 俺だって、国民たちを守れなかったんだぞ!」
フィトラグスは一国の王子であり、家族や民を国ごと異次元へ送られてしまった。
それゆえディンフルへの怒りは強く、この最終戦も相当な気合いが入っていた。
「これが正義を源とするパーティの力か? 赤子同然だな」
「まだだ! お前を倒すまでは退かない!」
ディンフルが、倒れる三人へ嘲るように言う。
フィトラグスが再び相手を睨むと、後ろにいたティミレッジが焦り出した。
「まだ戦うの? レベルもそんなに上がってないし、自殺行為だよ」
ラスボスに適したレベルでないことを指摘され、フィトラグスは驚き振り返った。
「は? “ラスダンに行ける”って言ったじゃねぇか!」
「ラスダン攻略は可能だけど、“ボスを倒せる”とは言ってないよ!」
「何だよ、それ?! ティミーの判断ミスかよ!」
責められたティミレッジは焦りながらも反論した。
「ぼ、僕も悪かったけど、“早く行こうぜ”って急かしたのはフィットとオープンじゃないか! 止めても聞かなかったし!」
思い出したフィトラグスは焦り始めた。
実はここへ来る前に、ディンフルの古城へ進むかラスダン前のフィールドで鍛錬を積んでレベルアップするかの緊急会議が行われていた。
冷静に判断できるティミレッジに対し、フィトラグスとオプダットは「ここまで来たんだから、とっとと行っちまおうぜ」と進む気満々でいた。
特にフィトラグスの気迫が凄かった為にティミレッジは「言っても無駄だ」と諦め、「ダンジョンを進めて行けば自然とレベルも上がり、ボスにも勝てるだろう」と自分に言い聞かせ、フィールドでの鍛錬はしなかった。
だがラスダンを進めても、目的のレベルには到達しなかった……。
もう一人の賛成者のオプダットは前向きな性格の為、「進めるなら行こう」というだけの気持ちだった。
焦って早めに来た結果が、今の惨状である……。
「力不足のようだな。尻尾を巻いて逃げるか? それとも、異次元行きか?」
再び皮肉まじりに言うディンフルに腹を立てたフィトラグスは「お前を倒す!」と剣を構えて、ディンフルに斬り掛かって行った。
「ちょっと……! 本気で死ぬよ!」
ティミレッジが警告しても聞かず、フィトラグスは走りを止めずに剣を振り下ろした。
ディンフルは魔法で大剣を出すと、相手の剣を受け止めた。
「白魔導士の言う通り、逃げた方が身のためだぞ。このような軽い剣では私は倒せぬ」
ディンフルの幅の広い大きな剣に対し、フィトラグスの剣は細身で特別長いものではなかった。
それでもフィトラグスは諦めずに、剣へ自分の体重を乗せていった。
「答えろ、ディンフル! 何故、俺やみんなの国を襲った?! 国民や家族は無事なんだろうな?!」
「気になるなら奴らの元へ送ってやろう。たやすいことだ」
「お前には、大切な人を奪われた痛みがわからないのか?!」
「……くどい!!」
今まで余裕だったディンフルは突然眉間にしわを寄せ、激昂した。
両者の攻撃によって、二人の周囲に衝撃波が発生した。怒り始めたディンフルも大剣に力を込める。
「痛みがわからぬのはそちらだろう! 私は貴様ら人間どもに大切なものを奪われたのだぞ!!」
フィトラグスが押され始めた。それでも負けじと、剣で押し返しながら耐え続けた。
「ディファートだか何だか知らねぇが、罪のない人々を巻き込むな! 俺たちの故郷を返せ!!」
再び発生した衝撃波の威力に、後方にいた二人は圧倒された。
その時、二回目に発生した衝撃波が急に渦を巻いて回り出し、巨大な竜巻へと変化した。
「な、何だ、これは?!」
竜巻が気になるフィトラグスが相手から目を逸らした。
「邪魔だ!」
鬱陶しく思ったディンフルは竜巻を消そうと魔法を使った。
しかし魔法は竜巻の威力によって、かき消されてしまった。
「魔法が効かぬだと……?」
竜巻はあっという間にフィトラグスとディンフルを飲み込んでしまった。
「フィットー!!」
オプダットとティミレッジが急いでフィトラグスの救出へ向かう。
ところが少し近付くと吸い込まれてしまい、二人も竜巻に飲み込まれてしまった。
やがて竜巻が消滅すると、中にいるはずの四人の姿も無くなっていた。