騎士団 2
「早速ですが、実際に剣を握ってもらいましょうか。ああ、剣と言っても本物ではありませんので、ご安心ください」
既に疲れた表情をしているガーランドが、ようやく予定通りに進行を始めることができた。
「はいッ!」
リーズフェルドが威勢よく返事をする。もう誰も何も言わない。
そこに二人の騎士が模造剣を持ってきて、リーズフェルドとアルフレッドに手渡した。
「うわ、結構重たいんだね」
ずっしりとした感触に、アルフレッドから思わず声が漏れた。模造剣といっても作りは本物の剣とほとんど一緒。刃が付けられていないため、殺傷能力はないが、防具なしで受ければ大きな怪我になりうる。
(なるほどねえ、両刃の直剣か。この手の武器を振ったことはないが、癖がなく使いやすそうだな)
リーズフェルドの方は模造剣を握りしめながら、どう動くのかをあれこれ思案しだしていた。荒神流古武術は素手格闘が主な戦法であるが、武器を持っての技術もある。ただ、西洋式の直剣となると、扱った経験はない。
「剣と一言でいっても、実際には長さや形状によっていくつかの種類がございます。今お渡ししたのがショートソードという種類の剣になります。これは盾を持ちながらでも扱いやすい長さになっております。大昔に使われていたグラディウスという剣もショートソードの一種です」
少し落ち着きを取り戻したガーランドが、スラスラと模造剣の説明を始める。
「ショートソードか。もっと長いのもあるんだよね?」
剣に興味を持ったアルフレッドがガーランドに質問を投げかける。
「ええ、ございますよ。騎馬上で使うロングソードや、両手持ちのクレイモアやツヴァイハンダーといった種類の物ですね。さすがに今日は用意しておりませんが、興味がありましたら、次の機会に用意させていただきますよ」
「ええ、是非とも見てみたいね。実際に持ってみたいしね」
「ははは、流石にアルフレッド様には大剣はまだ早いかと。今日はこのショートソードでお許しください。では、さっそく振ってみますか?」
今手渡したショートソードでも10歳の子供であるアルフレッドには大きい。大人が扱う両手持ちの大剣なんて、まだまだ早い。
「そうだね。今までは、木剣しか振らせてもらえなかったから。折角だから、本物の剣の振り方くらいは覚えて帰るよ」
バルドロード家でも剣術の稽古はする。だが、10歳のアルフレッドはまだ木製の剣しか練習をしたことがなかった。初日からいきなり鉄製の模造剣を使うのは、軍閥の家だからか。
ぶんっ――
「うわっと……。全然感覚が違うなあ……」
アルフレッドが模造剣を振る。木剣よりも重たいため、どちらかといえば、剣に振られているというのが現状。
とはいえ、10歳の子供だ。模造とはいえ鉄製の剣を振るなどそう簡単には――
ザンッ!!!
その横でリーズフェルドが模造剣を振る。その音は大気を切裂く剛とした斬撃。
「――ッ!?」
ガーランドが言葉を失う。見えてしまったのだ。深紅の長い髪の少女が振った剣を。
背筋を伸ばし、足元から頭の頂点にかけて一本の強い芯が通った姿勢。最初は脱力して状態だったが、剣を振る際には全身を使って力強く振り抜いた。柔から剛。相反する性質が流れるように重なり、空間を切り裂いた。
「うん。なかなか良いなこれ」
一振りしたリーズフェルドは、少しだけ口角を上げて呟くと、そこから連続で斬撃を繰り出した。
「な……ッ!?」
それを見たガーランドは口を開けたまま、リーズフェルドの姿を見ることしかできなかった。
体の運びは柔らかいが、繰り出される斬撃は剛剣そのもの。アルフレッドもメアリーも周りにいる騎士達も唖然とした表情で、リーズフェルドの素振りを見る。
リーズフェルドは周りの反応などお構いなしに、次々と剣を振る。袈裟斬りから返す刃で切り上げ、そのまま横一線に薙ぎ払い。そこからまた返す刃で切り上げ、そして、振り下ろす。
一連の動作に一切の無駄がない。さらに、一撃一撃がどれも鋭い。食らえば全てが致命の一撃となりうる斬撃。
「ふう……」
ある程度、剣を振ったリーズフェルドが一息ついた。
「リーズフェル――」
一旦声をかけようとしたガーランドだが、すぐにそれを止める。
リーズフェルドが、一呼吸置いた後、すぐに動き出したからだ。
しかも、さっきまでの素振りとは全然違う動きを始めた。
先ほどまでの素振りは、ショートソードを両手で持ち、お手本のような綺麗な姿勢から、剛とした剣を振っていた。
対して今は剣を片手に持って、まるで倒れこむような姿勢から斬撃を繰り出している。先ほどよりも、もっと大きく体を振って、まるで全身が武器にでもなったかのように身体全部を使って斬撃を繰り出した。
体ごと大きく振った剣の慣性を使って、一回転して次の斬撃を出す。そして、その勢いを使って、体を回し、さらなる連撃を繰り出す。
柔らかく体を回し、流れるように剣を振る。時に大きく体を逸らせ、時に回し蹴りのような動きを混ぜ、時に宙へと飛ぶ。
それは踊っているようであった。誰もが見惚れてしまうような見事な剣舞。リーズフェルドが剣を振るうたびに、深紅の長い髪も踊るように流れる。
誰もが言葉を失っていた。ただただ美しい。リーズフェルドの美しい容姿と相まって、洗練された動きがより際立つ。
だが、騎士団長のガーランドは違う見方をしていた。
(あれは、かなり実戦的な動きだな……。一体どこであんな動きを……? あれと相対した敵はなます切りにされるぞ)
一見して踊っているように見えるリーズフェルドの剣技。だが、実際には的確に急所を狙っての斬撃だ。リーズフェルドが敵を想定しながら動いているのも分かる。それをガーランドは見抜いていた。
(そうだな……。私なら、ここで首を――)
ガーランドが頭の中で、リーズフェルドの動きに攻撃しようとした時だった。リーズフェルドが上半身を大きく後ろに反らし、その動きに合わせて斬撃を繰り出していた。
ガーランドの背中に嫌な汗が流れた。
(首を持っていかれたのは、こっちの方だったか……)
ガーランドが頭の中で、リーズフェルドの攻撃にカウンターを入れようとしたところ、実際のリーズフェルドは、その攻撃を想定した動きで回避し、敵の首を斬る動きをした。
(人智を超えた化物……。なるほど、誰も手に負えないわけだ)
こちらが頭の中で何を考えているかなど、リーズフェルドには分かるはずもない。なのに、それを想定した動きをされてしまった。
「こんなもんか」
ひとしきり剣を振ったリーズフェルドは満足そうな顔で剣を下す。
「「「…………」」」
誰も何も言えない。魂を抜かれたような顔でリーズフェルドを見てるだけ。
「ん?」
その光景に不思議そうな顔で首を傾げるリーズフェルド。10歳の少女相応の顔をしている。
「「「うおおおおおおおおおおおおーーーーーッ!!!」」」
意識を取り戻したかのように騎士団が一斉に声を上げた。規律の厳しい騎士団にはあるまじき行為であるが、あれを見せられては仕方がない。ガーランドは後でこのことを諫めるとして、リーズフェルドの方へと近寄って行った。
「素晴らしい剣技でございました。リーズフェルド様」
「あざっす! 恐縮です!」
帯剣の構えからリーズフェルドが深々と頭を下げる。自分の剣を見てくれていた師に対して敬意を示す。
「ところで、リーズフェルド様。これほどの技術をお持ちなら、ただ剣を振って終わりというのも、物足りないのではございませんか?」
「あっ……、はいッ! 物足りないということはないっすけども、もしよろしければ、模擬戦をさせてもらえるのなら、そうしたいっす!」
本当は剣を振るだけでは全然物足りのないのだが、リーズフェルドは訓練を受けさせてもらっている立場。ここは遠慮した言い方で返す。本音はすぐにでも模擬戦闘をやりたい。
「でしたら、一戦交えましょうか?」
「えッ! いいんすか!?」
「ええ、構いませんとも、ただし、相手ははこちらから選びますがよろしいですか?」
「マジっすか!? 全然問題ないっす! あざーっす!」
キラキラとした顔でリーズフェルドが返事をした。聞きなれない言葉遣いだが、一応の敬語のようであり、ガーランドからの提案も受け入れての返事であることは分かった。
「そこまで喜んでいただけると、提案した甲斐がありましたな――ダイム、こっちへ来い!」
ガーランドが一人の騎士を呼び寄せた。
「はいッ!」
ダイムと呼ばれた騎士は、すぐさま二つ返事でリーズフェルドとガーランドの元へと駆け寄ってきた。
ダイムは大柄の騎士だった。全身を覆う鎧からでも、どれだけ筋肉が発達しているのが分かる。相当に鍛えている。
一重の瞳は武骨で、顔も大きい。ごつごつとした強面の顔からは年齢が分かりにくいが、肌の質感からすると若い方だろうと見受けられた。
「ダイム、急で悪いんだが、リーズフェルド様の相手をしてさしあげろ」
「……は?」
ガーランドよりも身長の高いダイムが、訳が分からないといった表情を浮かべている。
「リーズフェルド様の模擬戦闘の相手をして差し上げろと言ったんだ。命令は一度で理解しろ!」
「はっ……、申し訳ございません。ですが、ガーランド様。リーズフェルド様と模擬戦闘をしろと言うのは……さすがに……」
ダイムが歯切れの悪いものの言い方をする。今しがた見た動きが只者ではないということくらい、ダイムには理解できる。だが、10歳の少女と騎士団の若手の中でも随一の実力を持った自分では、まともな模擬戦闘などできるわけもない。
「お前は受けるだけに決まっているだろう! それくらいのことは言わなくても察しろ!」
「あっ、は、はい! 申し訳ございません!」
ガーランドに言われて、ハッとなって気が付く。それくらい当たり前のことだ。主君の令嬢に対して、騎士団員の自分が反撃するなどあるわけがない。
「いや、俺としてはちゃんと反撃してもらいたいんっすけど」
リーズフェルドとしては、やや不満だった。折角の模擬戦闘なのに、相手が反撃してこないなら、ただのサンドバッグでしかない。それでは面白くない。
「そう仰らないないでください、リーズフェルド様。あなた様はまだ10歳なのです。お怪我でもされたら大変ですので、これで我慢をお願いします」
アルフレッドがリーズフェルドを納得させたのと同じ方法で、ガーランドは説得する。
「分かりましたよ……。まあ、そうっすよね……。まだ、子供なんすよねえ……」
子供相手に大人が本気を出せるわけがない。転生したからと言って、今のリーズフェルドが10歳の子供であることは紛れもない事実だ。
「それでは、リーズフェルド様、準備の方はよろしいですか?」
「はい。俺はいつでもいいっすよ!」
「ダイム。お前も準備はいいな?」
「はっ! いつでもいけます!」
ダイムの使う模擬剣はすでに手元にあった。本物の剣は帯剣していない。本物の剣を持っていたことで、万一にもリーズフェルドとアルフレッドに怪我をさせないように配慮したものだ。
「両者前へ!」
ガーランドが大きな声で、リーズフェルドとダイム整列するように促す。
「よろしくお願いしますッ!」
準備万端のリーズフェルドが、威勢よくお手本のようなお辞儀をする。
「はッ! よろしくお願いいたします!」
少し遅れてダイムもお辞儀をする。
「それでは、模擬戦闘、一戦目。始め!」
ガーランドの声とともに模擬戦闘が始まった。
(さてと、ダイムはどこまで耐えることができるか。あいつ自身はまだ気が付いてないだろうな。リーズフェルド様の剣は、お前の体躯でも受けきれるものではない。若手では一番の実力者かもしれんが、一度その出過ぎた鼻をへし折ってもらえ)
この模擬戦闘、実はガーランドなりの計算があった。リーズフェルドの剣技を見て即興で思いついたことなのだが、最近、調子に乗り出しているルーキーを叩きのめしてもらおうという算段であった。