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魔法

早速、リーズフェルド達4人は、ベゼルリンク家の無駄に広い裏庭にやってきた。屋敷の正面にある庭と違い、誰かに見せるための庭ではないため、花壇や彫刻の類はない。主な用途は、使用人たちが外でやる仕事をする場所となっている。


「今日はいい天気ですね。本当に穏やかな日です。こんな日はやはり、外で勉強するのが一番ですね。さて、先ほども説明いたしましたが、本日はミリアリア様に合わせて魔法の基礎について学んでいただきます」


青空の下、ビルフォードが講義を始める。少し離れてた木々からは、小鳥の鳴き声が聞こえてくる。のんびりという言葉をそのまま形にしたような日だ。


「うーっす」


「はい」


「は、はい」


三者三様の返事が返ってくる。ミリアリアは少し緊張しているようだった。若干人見知りする方なので、初めて会う大人の男性というのは警戒してしまうのだろう。


「では、初めに魔法というのが何なのか、それについて説明いたしましょう――リーズフェルド様、魔法が何か答えることはできますか?」


ビルフォードが初歩的な問題を出してきた。魔法が使えるかどうか関係なく、一般常識の問題だ。


「え? 魔法? 魔法は魔法だろ? 何か凄い力のやつ」


急に問題を振られたため、頭の整理ができていない状態での回答。だが、もしも頭の整理ができていたとしても、今の回答とさほど変わりのない回答しかできないのがリーズフェルドだ。


「う~ん……。ユリウス様、代わりに答えていただけますか?」


軽い頭痛を覚えながらもビルフォードがユリウスに問題を投げかけた。


「はい。魔法とは生命が持つ魔力で世界に干渉することで、何らかの事象として顕現される力の総称のことです」


ユリウスが自信満々の表情で答えた。8歳の少年とは思えない見事な回答。ここまで専門的な回答でなくても、人間が持つ魔力を使って、なにかを引き起こすものというのでも十分正解だ。


「正解です! 流石はユリウス様。もっと細かく言えば、自らが望む現象を権限させるために、魔力をを術式という回路に通して発現させる力。火を起こしたいというのではれば、火が出せる術式に魔力を流し込むことで発火。魔力を注ぎ込む量を調整すれば、その火の大きさを変えることができるということです。高度な魔法ともなると、何重にも連なった複雑な術式と膨大な魔力を必要とします」


ビルフォードが饒舌に説明をし、さらに続ける。


「では、実際に魔法というものを実践してみましょう。ミリアリア様は、まだ魔法の練習はしていませんので、今日は見ておくだけで結構ですよ」


魔法に関しては、リーズフェルドとユリウスは既に基礎は学んでいるため、ここはミリアリアのために基本ともなる魔法を実践してみる。


「こちらに丸太を用意しております。離れていてくださいね。今から、あの丸太に魔法の球をぶつけます。手加減はしますが、多少の木片が飛び散りますので、気を付けてください」


そう言うと、ビルフォードは事前に用意しておいた丸太を立てて、子供たち3人を下がらせる。


「いきますよ。それっ!」


丸太に向けて翳した手のひらから光弾が発射されると、高速で丸太を直撃。軽い爆発音を鳴らすと、周辺に木片を巻き散らした。


ビルフォードは手加減をしているため、丸太に凹みができた程度ではあるが、人体に直撃していれば大きな怪我にもなりかねない。


「今お見せしたのが、最も基本的な魔法です。単に魔力を弾丸として高速で飛ばし、爆発させるもの。ただ、基本的な魔法といっても侮ってはいけません。威力は見ての通りです。基本的だからこそ扱いやすく、術式を組むことも容易。素早く発動させることも可能であるため、魔法を使った戦闘では一番多用される魔法と言ってもいいでしょう。簡単だから弱いということではない。複雑だから強いというものでもない。これが魔法の奥深いところです」


「はい」


ユリウスは、ビルフォードの講義を真剣な眼差しで聞いている。対して、リーズフェルドはどこか退屈そうな表情だ。


「ユリウス様、どうですか? 魔法を発動させてみますか?」


「ぼ、僕はまだ……、その……、魔法を発動させることができなくて……」


ユリウスが少し悔しそうな顔で答えた。魔法の基礎は習っているが、実践がまだできていない。何度も練習をしているが、一度も成功したことがないのが実情だ。


「お気になさらずに。そもそも魔法の勉強を始めてから、まだ日が浅いではありませんか。どんなに早くても、初めて魔法を発動させるまでには1年はかかります。私が見るに、ユリウス様は基本的なところはできています。魔法を使えるようになるまでもう少しだと思いますよ」


魔法というのは一朝一夕で使えるようになるものではない。魔法の理論が分かっていたとしても、それを実践できるようになるまでには、かなりの時間を要する。魔法を習い始めて数か月で発動まで行けた天才など、歴史上でも指で数えることができる程度しかいない。


だが、天才というのは人の基準でしかない。規格外の化け物というのは、突如として現れるものだ。


「情けねえなユリウス。お前、まだ魔法が使えねえのかよ? いいか、見ておけよ。俺が手本を見せてやるよ!」


何故か気合の入った顔のリーズフェルドが前に出てきた。腕まくりをして、窪みのできた丸太を見つめる。


「ちょッ!? リーズフェル――」


「魔法ってのはな、こうやるんだよ!」


ビルフォードが静止する間もなく、リーズフェルドは魔法の弾丸を撃った。発動までにかかる時間は瞬きするよりも短く、放たれた光の弾丸は超高速。着弾した威力はさらに上。


ドッゴーーーーーンッ!!!!


腹に響くほどの爆発音。標的となった丸太は木っ端微塵。それどころから、丸太があった場所は、地面が抉れてクレーターが形成されている。当然のことながら、ベゼルリンク家の屋敷の中では何事が起きたのかと大騒ぎだ。


「リ、リーズフェルド様ッ!」


眼鏡がずれ落ちそうになりながらも、ビルフォードがリーズフェルドに駆け寄る。


「おう、先生! どうだ? 上手いもんだろ?」


へへへ、と笑いながらリーズフェルドは上機嫌に言った。


「リーズフェルド様! お屋敷の敷地内での魔法は遠慮してくださいと、あれほど言いましたよね! 魔法を使うなら裏の丘まで行ってからと! 言いましたよね!」


「あっ……。そうだったけ? ああ、そうだったような……」


これは不味い。後先考えずに魔法を使ったリーズフェルドであったが、そういえば魔法を使う時は、周囲に建物も人もいない山か丘まで行くようにと言われていた。


「後で叱られるのはリーズフェルド様だけではないのですよ……」


「す、すんません……」


「それにしても、どうしてこれができて、魔法理論の知識は壊滅的なのか……。本当に不思議な方ですよ。あたなは……」


呆れた表情と諦観の混じったような顔でビルフォードが呟く。これほどの精度と威力の魔法を瞬時に発動できるのに、魔法とは何かを問われて答えることもできない。どう考えても矛盾なのだが、現実として起きていることなので、そういうものと理解するしかない。


「あ、あの……。お姉さまはいつから魔法が使えるように? 魔法を習い始めたのは僕よりも後じゃなかったですか?」


まだ耳が痛むユリウスであったが、自分が1年もかけて魔法の練習をしているにも関わらず、未だに魔法の発動にまで至っていない。しかし、目の前の姉はいとも簡単に魔法を発動している。


リーズフェルドは貴族としての基本的なことが何もできていないため、魔法を習い始めるのも遅かった。まずは貴族の振る舞いを覚えるのが先決と判断されたためだ。だが、結局のところ、リーズフェルドが貴族のマナーを身に付けることはなく、諦めるしかなかったため、仕方なく魔法の勉強を始めた。そのため、弟であるユリウスよりも魔法の勉強を始めるのが遅くなってしまったのである。


「いつから魔法を? そんなもんすぐに使えるようになったよ」


あっけらかんとした顔でリーズフェルドが答えた。だが、そのすぐにというのが、どれくらいの時間を要したのかがユリウスの知りたいところだ。


「初日からですよ……」


代わりに答えたのはビルフォードだった。答えながら頭が痛くなるのを覚える。本当にこの人は何なのだろうと思ってしまう。


「初日……?」


言っていることの意味が分からずユリウスが聞き返した。


「もっと正確に言うと、教えてから一発で発動させることに成功したんです……、リーズフェルド様は……」


ビルフォードは自分で説明しながらも分けが分からなくなっていた。ビルフォードも優秀な魔法使いの一人だ。上級貴族の専属家庭教師ができるほどの実力を持っている。それでも、最初の魔法の発動までは1年近くの月日を要した。


「あ、あり得るんですか……。その……、魔法を教えてもらって、すぐに発動できるようになるなんて……?」


「理論上可能……というだけで、実在するとなんて思ってもいませんでした……。そんなこと、考えるだけ無駄ですから……。しかし、リーズフェルド様は、一度教えただけで魔法が使えた。なんと言うか、リーズフェルド様は、理屈や理論ではなく、感覚で魔法を使っているようなのですね。おそらく、魔法を使うための感覚を最初から持っていた……というしか考えられないのですが……」


どっと疲れが出てきたようにビルフォードが項垂れた。


「まあ、あれだ。人間、得意不得意ってのがあんだよ。結局のところ、俺はすぐに魔法を使えるようになったけど、高度な術式ってのは全然分からないしな」


そこがリーズフェルドの不思議なところの一つでもあった。一発で魔法を発動させることができた規格外なのに、そこから先がほとんど進まない。


単純な術式の魔法はすぐに習得できるのだが、術式が高度になると、途端に使えなくなる。これがビルフォードの言うところの感覚で魔法を使っているということだ。きちんとした魔法理論を理解していないから、応用編となる高度な魔法が使えない。


「ですから、魔法理論をしっかりと勉強していただきたいのですが」


「勉強は苦手なんすよ」


「はあ……。確かにリーズフェルド様は勉学が苦手のようではありますが……。リーズフェルド様は膨大な魔力を持っておられるようですので、勉強さえしていただければ、バルド王国随一の魔法使いになることもできるでしょうに……」


「別に高度な魔法だから強いってわけでもないんすよね? だったら、今のままでもいいじゃないっすか」


「確かに、私も先ほど説明いたしました通り、術式が高度になれば魔法の威力が上がるというものでもありませんし……。実用的な魔法であれば、むしろ単純なものほど使いやすいというのは否定できませんが……」


魔法の専門家であるビルフォードとしては、リーズフェルドの持つとんでもない才能をもっと伸ばしたいところではあるが、当の本人がかなりの勉強嫌いだ。高度な魔法を習得するには、複雑な計算が必要になり、毎日勉強漬けになるくらい努力をしなくてはならない。


「先生、少し教えていただきたいのですが、その、高度な魔法でも威力が低いとか、実用性が低いというのは例えばどのような魔法なのでしょうか?」


会話を聞いていたユリウスが知的好奇心から、質問を投げかけた。


「良い質問ですね、ユリウス様。高度な魔法、特に理論魔法学といわれる分野では、理論上可能ではあるけれども、実現不可能な魔法というのがあります」


「理論上可能でも実現できない魔法……ですか?」


「ええ、そういうのはいくつか論文が発表されております。例えば、世界を書き換える魔法です」


「世界を……書き換える? それは凄いじゃないですか! どうすれば、そんなことができるのですか?」


突拍子もない魔法が出てきたことに、ユリウスが驚き、聞き返した。


「できるのか? と聞かれれば、ほぼ不可能と答えるしかないのですが……。かなり難解な術式を幾重にも重ねて、膨大な量の魔力と、その魔力を増幅させるための巨大な設備と、数多くの術者を揃えて、針の穴に糸を通すような繊細な作業を長時間経て、ようやく豆粒くらいの世界を書き換えることができるのですが、世界には元に戻ろうとする力があります。世界の自己修復力ですね。そのせいで、世界を書き換えた瞬間から、世界が元に戻ろうとするので、実現ができないというわけです」


「世界に修復する力がなくても、豆粒の大きさしか書き換えられないのに、世界を書き換えようするのと同時に、戻る力で押し返されてしまうと」


「まさに、その通りです。そもそも、世界を書き換えなくとも、魔法という力で、任意の事象をある程度自由に発現させることができるのですから、世界を書き換えて何の意味があるのか? という疑問もありますね。どのように書き換わるのかもコントロールが困難ですし」


「確かにそうですね」


「他にも、実現不可能な理論上の魔法としては、死後の世界に行くための魔法というものもあります」


「死後の世界……」


「はい。これも非常に複雑怪奇な術式を組んで、膨大な魔力を注ぎこむことで発動できる魔法なのですが、魔法を掛けた人が死後の世界から帰ってくることが不可能なのです」


「それは、どうしてですか?」


「まず、肉体が魔法に耐えることができない。死後の世界に行くために、事前準備として仮死状態になる必要があります。そして、魂を死後の世界に送り、戻ってくるという魔法なんですが、仮死状態から魂が抜けると、人間は死んでしまうので、死後の世界に行く魔法を使ったとしも、本当にその魔法が成功したかという証明をすることはできませんし、そもそも、死んでしまって死後の世界に行ってしまうのであれば、その魔法を使う意味もない、というわけです」


「なるほど。確かに高度な魔法ではありますが、実用性がまるでない。高度だからと言って、基本的な魔法よりも優れているということにはならない」


「そういうことです。流石はユリウス様。理解が早い」


やっとまともな講義ができて満足げな表情を浮かべるビルフォード。方やリーズフェルドは退屈そうな顔をしている。ミリアリアに至っては、呆然としているところだ。


「要するにだなユリウス。魔法ってのは簡単なのが一番ってわけだ」


本当に分かっているのかどうか怪しいリーズフェルドが笑いながら言った。その時だった――


「リーズフェルド様、本当に一番良い魔法というのは、人に迷惑をかけない魔法のことをいうのですよ」


そこにやって来たのは、闇底のような顔をした専属メイドのメアリーだった。爆発音を聞きつけて、すぐさまリーズフェルドの仕業であると結論づけたメアリーが、まっすぐ裏庭にやってきたところだ。


「あっ……やべえ……」


本気で怒っている時のメアリーの顔に戦慄を覚えつつ、何とか弁明しようとするリーズフェルドだったが、言葉が出てこない。


「ユリウス様やミリアリア様に魔法が使えることを見せたくて、裏庭に大穴をあけたのでしょう?」


「えっと……、あ、はい……」


「……では、あとは私が」


メアリーは一言そういうと、リーズフェルドを連れて屋敷の中へと消えて行き、今日の授業は終了した。


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