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転生 4

「ほら、もっと速く走れよ! 男だろ!」


晴れた日の午後、リーズフェルドが風を切って走っていく。やってきたのは屋敷の裏にある丘。短い草が絨毯のように生い茂り、風が吹くと大海原のように波打つ。


「ま、待って……ください……」


リーズフェルドの疾走に付いていくことができずに、アルフレッドは手を放していしまい、後方から情けない声を上げている。


アルフレッドがひ弱とか体力がないとかいうわけではない。どちらかというと、同年代の子供の中では運動神経も良く体力もある方だ。ただ、相手がフィジカルモンスターとなると普通の人間には太刀打ちできない。


「遅せえよ、ちんたら走ってんじゃねえよ! 根性見せろ!」


リーズフェルドはぶっきらぼうに言いながらも楽しそうに走っていく。


「は、はいぃ……」


アルフレッドとしても、今までにないくらいに全力で走っているのだが、リーズフェルドは速度を落とすことなく丘陵を駆け上がっていく。


前を走るリーズフェルドの背中は、どんどン小さくなっていく。


それでもアルフレッドは力を振り絞って何とか走った。


「はあ……はあ……はあ……。追い……つき……ました」


肩で息をしながら、アルフレッドがリーズフェルドに言った。辿り着いたのは、ベゼルリンク家の敷地の外にある丘の上。大きな一本の木が生えている場所だ。


「よし、よくやったな! ちょっとそこで待ってろ。良いもの取ってきてやる」


息一つ乱していないリーズフェルドは、息も絶え絶えなアルフレッドの返事を待つことなく、目の前の大木を登り始めた。


「えッ!? いや、木に登ったら……、危ない……」


まだ息が整わないアルフレッドが出せる声は、これが精いっぱい。言ってる間にリーズフェルドはどんどんと木を登っていき、もう手の届かない高さまで登っている。


「おい、アル。手を出せ」


「え……? アル? アルって……?」


「お前以外にアルはいねえだろ! アルなんとかは長いから呼びにいくいんだよ。アルでいいだろ?」


「あ、は、はい――」


アルフレッドが曖昧な返事をしていると、上から丸い何かが落ちてきた。とっさにそれを受け止めると、それはオレンジだった。


「丁度、今の時期が食べごろなんだよ。汗かいた後の酸っぱい物は格別だぜ!」


木の上からリーズフェルドの声が聞こえてくる。どうやら上でもオレンジを食べているようで上機嫌だ。


「えっと……。どうやって食べるんだろう……」


オレンジは食べたことがあるが、当然剥いた状態で出てくる。丸ごとの状態をそのまま食べたことがないが、おそらく皮を剥いてそのまま食べればいいのだろう。


アルフレッドが力を入れてオレンジの皮を剥こうとする。だが、結構固い。精一杯力を入れて、少しずつだが、皮が剝けていき、中の実を取り出すことに成功する。


「うわぁ……! おいしい……!」


アルフレッドが思わず感嘆の声を上げた。オレンジは朝食等でたまに食べる。どちらかといえば好きな果実の一つだが、普段は何も感じることなく食べていた。


だが、今、食べているオレンジはどうだ。甘さと酸味が体中に染み渡って行くのが分かる。体が全力でこのオレンジを欲している。たった一口食べただけで、充足感が全身を満たしていく。


「へへ、どうだ、旨いだろ? 疲れた体にはこれが良いんだよな!」


頭上から満足そうな声が聞こえてきた。リーズフェルドはすでに一つのオレンジを食べ終えて、皮を後ろに放り投げている。


「はい。とても美味しいです! ありがとうございます、リーズフェルド様!」


アルフレッドも嬉しくて声を上げていた。


「リーズだ」


「え?」


「リーズフェルドって言いにくいだろ? リーズでいいぜ。それと敬語もいらねえ。同い年なんだからさ、タメ口でいいんだよ」


「タメグチ? えっと……、敬語は使わなくていいんですよね、あっ。いいんだよね?」


タメグチという言葉の意味は分からないが、敬語を使わずに対等の関係の話し方でいいということなのだろう。


「おう、そういうことだ。アル、お前もこっちに登って来いよ」


「登って来いって……。えっと、木の上に?」


「他にどこがあんだよ? なんだ、お前、木登りとかしたことないのか?」


どこか呆れたような声が上から聞こえてくる。もしかしたら落胆させてしまったのだろうか。アルフレッドはそんな不安が頭を過った。


「ああ、そうなんだ……。木登りはしたことがなくてさ……」


がっかりさせてしまうかもしれないが、嘘は言えない。正直に木登りをやったことがないと話す。そもそも、貴族が木登りなどするわけがない。それにアルフレッドは王族だ。貴族の中でも最上位に位置する身分。今までは教養を身に着けることしかやってこなかった。


「そうか、だったら教えてやるよ。アル、まずは右足をそこの出っ張りに掛けろ」


木の上からリーズフェルドが指さしながら指示を出してきた。


「右足を出っ張り? どこ?」


「そこだよ、そこ! おう、そこだ! それに右足をかけてだな、左手はそこの窪んだところあるだろ。そこに指を入れるんだよ」


リーズフェルドの指示の下、アルフレッドが初めての木登りをする。そして、もう少しでリーズフェルドのいるところまで行けるのたが、次に手をかける場所が見当たらない。


「アル、手を取れ!」


そこにリーズフェルドが手を指し伸びてきた。細く小さな手だ。とても綺麗な手をしている。


アルフレッドがリーズフェルドの手を取ると、一気に引き上げられ、リーズフェルドが座っている太い木の枝に手をかけることに成功。その後は簡単に登ることができた。


「できたじゃねえか。な、やってみたら簡単だろ?」


「…………」


間近で見るリーズフェルドの笑顔。アルフレッドは思わず息を吞んでしまう。一瞬、思考が止まり、何も言えなくなる。


「ん? アルどうした?」


「えッ!? あ、ああッ!? ええっと、初めて登ったから、なんっていうか、その感動してたっていうか……」


見とれて声も出なかったなどと言えるはずもなく、苦しい言い訳をする。


「なんだそれ? 木に登っただけだぞ? おもしれー奴だなお前」


リーズフェルドは特に違和感を感じることなく、アルフレッドの言い訳を素直に受け止めた。アルフレッドも言い訳が通じたことでホット肩を撫で下ろす。


「ふっ……。面白い奴か」


緊張が解けたアルフレッドは、思わず笑いをこぼしてしまった。


「どうした? なんか変なこと言ったか?」


「いや、そうじゃないよ。ただ、そういう風に言われたのは初めてでさ。新鮮な気持ちなんだ。物心ついた頃には王族としての教育が始まっていたしね。僕はそれに応えるのに必死だった」


「辛かったのか?」


「辛かった……っていうわけじゃないけどね。僕はちゃんとできていたし、周りの人も皆優しかったから。不満はなかったよ……。ただ、何て言うのかな……。僕は僕を作り上げていったっていうか……。王族はこうあるべきっていうのがあって。それに疑問を抱いたこともなくてさ……」


少し寂しそうな顔でアルフレッドが話し始めた。それが嫌だったわけじゃない。与えらえたものはとても有益なもので、自分にとって財産になるものだと分かっている。だけど、何か心の中でモヤモヤとした物が残っていた。


「お前さあ、頭が良すぎんだよ」


「えっと。ああ、ありがとう? なのかな?」


「バカ、そうじゃねえよ! 考えすぎだって言ってんだよ。別に嫌なことやらされてるわけじゃないなら止めはしねえけどよ。でもさ、たまには外に飛び出してさ、自由に走り回ろうぜ。そしたらさ、気分いいだろ?」


「自由に走り回る、か。僕にできるかな……?」


「できるさ。現に今、走り回って、木に登ってんだろ?」


「ははは! 確かにそうだね」


「だろ? 外を走り回ってから食う飯は美味いぜ」


リーズフェルドはニヤリとしながら言った。


「ああ、美味いだろね。さっき食べたオレンジも、今まで食べたどのオレンジよりも美味しかったよ」


「そういうことだ。だから、色々と考えずにさ、自分のしたいように、自由に考えたらいいんだよ。この婚約の話だって別に真面目に考える必要はない。こんなの親が勝手決めたことだ。気にすんな。無視すればいい」


「え……ッ!?」


ここでアルフレッドの表情が固まる。この子はいったい何を言っているのだろうか。親同士が決めた婚約を気にしなくてもいい? 無視すればいい? そんなことできるわけがない。


「貴族のことは良くわからねえけどさ。結婚っていうのはな、親が決めるもんじゃないだろ」


「いや……、親が決めるものだけど?」


「んなわけねえだろ! いいか、アル。結婚するかどうかを決めることができるのはな、この世で二人だけだ! 当事者の二人だけが、結婚するかどうかを決めることができるんだよ!」


親には感謝しているが、結婚を決める権利まではない。そもそもリーズフェルドは男と結婚する気など更々ない。


「言いたいことは分かるけど……。貴族の世界でその理屈は通じないんだけど?」


「んなもん、知ったことかよ!」


「ええぇ……。横暴な……」


多分これ以上何を言っても通じないだろう。今日会ったばかりのアルフレッドだが、そのことはよく分かる。


「横暴じゃねえよ! それくらい常識だろうが! だから、俺はお前と婚約するつもりはない」


「…………そ、そんな……」


はっきりと婚約するつもりはないと言い切られて、アルフレッドの顔面が蒼白になる。正直に言うと、これが初恋だった。こんなに美しい人がこの世界に存在するなんて思いもしなかった。言動はアレだが、性根はとてもいい人だと思えた。だから、この婚約を取り付けてくれた両親に感謝していたところだった。だが、それを相手から一方的に破棄されてしまった。


「そこまで落ち込むことか? 別にお前が嫌いだから婚約したくねえって言ってんじゃないだろ? 本人同士の自由意思に、親が割り込むのは筋違いだって言ってんだよ俺は」


かといって、リーズフェルドがアルフレッドと結婚したいなど微塵も思ってはいないことは事実。


「あ、ああ、そうだね……。そういう話をしていたよね」


ここでアルフレッドの顔に血の気が戻ってきた。まだ自分には希望がある。


「まあ、婚約がどうとかは考えなくて、とりあえず俺達友達なんだから、また遊びに来いよ」


「友達……? 僕とリーズが?」


「ああ、そうだろ? 一緒に木に登って、オレンジも食ったんだ。これからもよろしくな」


リーズフェルドがニカッと少年のような笑顔を見せる。


「ああ、よろしく!」


諦めるものか。アルフレッドはこれから長い付き合いになるであろう女の子に向けて、とびっきりの笑顔を返した。




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