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ダンスパーティー

      1



ワイズ学院の教室。リーズフェルドがいつも座っている席。雲一つない空からは真っ赤な夕日が差し込み、教室を染め上げる。それはまるで現世と幽世の狭間にあるような、人が立ち入ってはいけない禁忌の領域を彷彿とさせる光景だった。


リーズフェルドは深紅に染まる教室に一人だけいる。クラスメイトは誰もいない。話し声どころか足音すら聞こえない無音の世界。


リーズフェルドは、ただそこにいるだけ。夕日に染まる教室に、何をするわけでもなく、ただそこに座っている。


「あぁ……。これ、夢か」


しばらく辺りを見渡してから、リーズフェルドはどういう状況なのかを理解した。これは夢の中だと。


「…………」


さらに周辺を見渡す。だが、何も変わらない。いつもの教室が夕焼け色になっているだけ。


「おい、羽生えたやつ。ええと、名前なんだっけ? 愛と美しさだけが友達の奴。そこにいるんだろ?」


リーズフェルドは教室の虚空を見ながら言った。そこには何もないはずなのだが、リーズフェルドの声に呼応して、空間が揺らめいた。


「なんか微妙に違ってるから! 愛と美を司る天使 ハニエルね! どうしてまだ覚えてないんだよ!」


虚空から現れたのは、肌も髪も羽も真っ白、着ている服すら白い天使、ハニエルだった。


「いちいち人の夢の中に出てくるんじゃねえよ! 俺は寝てるんだ! 帰れ!」


リーズフェルドが不機嫌そうに言う。時折この天使が現れるのだが、なぜだか夢の中で会いに来る。安眠を妨害するのは止めてほしいところだった。


「そうはいかないよ、尊には大事な話があるんだ」


ハニエルがワザとらしくリーズフェルドの前世、荒神 尊の名前を口にした。


「睡眠の方が大事だ。帰れ」


だが、リーズフェルドは取り付く島もない。


「だから大事な話だって言ってるでしょ! 私が現れるっていうことは、とても大事なことを伝えに来たってことくらい、察しが付くでしょ!」


まとも話を聞きそうにないリーズフェルドにハニエルが抗議の声を上げる。


「お前が大事な話をしたことなんてあんのか? たまに現れて、意味の分からない話しするだけだろ?」


「いつも大事な話をしてるから! すごく大事な話しかしてないから! 尊が私の話を理解しようとしてないだけだから!」


「理解してるって。リーズフェルドは破滅する運命なんだろ? だから俺は毎日鍛えてるんだろうが」


尊が転生することとなったリーズフェルド・ベゼルリンクという人間は、将来破滅する運命が待っている人間だ。尊が転生することによって、その運命を変えることが目的だ。


「尊が鍛えてるのは趣味だよね? 自分が強くなりたいから鍛えてるだけだよね? 鍛えることに意味がないとまでは言わないけどさ、それよりも分かってるの? 破滅の運命は動いてるんだよ?」


「ああ、分かってるって言ってんだろ。だから鍛えてるんだって、さっき話したばかりだぞ」


「いや、分かってないとないと思うけど?」


「だから、分かってるって言ってんだろうが、しつこいなァッ!」


「それじゃあ、私が前に言ったこと覚えてる?」


少々苛立ち始めたリーズフェルドに対して、ハニエルが問いかけた。


「前に言ったこと? 曖昧な質問すんな! どれのことか特定できないだろうが! 質問するなら答えられるように聞け!」


「それもそうだね。それは悪かったよ――前に言ったことっていうのはね、リーズフェルドが破滅の運命を辿る原因になる人物のことだよ。その人物の名前を私は教えているよね?」


ハニエルは薄っすらとした表情で質問を投げかけた。少しだけ不気味さを感じる顔だ。


「リーズフェルドの破滅の運命の原因? そんな奴いんのか?」


だが、リーズフェルドは完全に忘れていた。


「言ったよね! ワイズ学院に入学する前の夜に会いに来て、言ったよね!」


「そうだったか?」


「そうだよ! 言ったよ!」


「なんて?」


「ソフィアがリーズフェルドの運命を破滅に導く存在だって言ったでしょ!」


ハニエルは怒声をまき散らしながら説明をした。はっきりとリーズフェルドの破滅の原因となる人物を教えたにも関わらず、当人はまるで覚えていない。叫びたくもなるというものだ。


「あぁッ!? 今何て言った! てめえ、ソフィアが破滅の原因だと! ふざけたこと言ってんじゃねえよ! ソフィアが破滅の原因になるわけがねえだろうが!」


対するリーズフェルドも怒りに声を荒げていた。惚れた女のことを破滅の原因呼ばわりされたら、我慢できるはずもない。


「ふざけてるのは尊の方でしょ! 私は言ったからね! 最初からソフィアが破滅の原因になるって、ちゃんと言ってたからね!」


当然、ハニエルも反論する。最初からハニエルはソフィアが破滅の原因になると伝えている。


「そんなこと一言も――あぁ……」


そこでリーズフェルドは思い出した。確かにハニエルは破滅の原因となる人物の名前を伝えていた。『ソフィア』と。


「思い出した? 言ってたよね、ソフィアが破滅の原因になるって。それで、様子を見に来たんだけどさ。その後、ソフィアとはどうなの?」


「どうなのって言われてもな……」


「どうなの?」


「こっちも都合ってもんがあってだな……。今はその……、俺のペースでやってるっていうか……。相手のことも考えないとだしさ……。俺が一方的なことしてもダメだろう……?」


いつものリーズフェルドらしくない態度。どうも煮え切らない、歯切れの悪い答えしか出てこない。


「まあ、尊の言うことも一理あるとは思うけどね。ただ、一つだけ忠告をしておくよ。動き出した歯車は止まらないからね。ソフィアが破滅の原因になるっていうことは、決して忘れないようにね」


「いや、だから! ソフィアが破滅の原因なわけがねえだろうが! 俺は信じねえからな!」


惚れた女のことは最後まで信じぬく。ハニエルが何と言おうとリーズフェルドの想いは変わらない。


「そう……。私は忠告したからね。そこまで言うなら、どんな結末が待っていようが、必ず破滅の運命を乗り越えてみせてよ」


ハニエルがそう言ったのを最後に、リーズフェルドは目が覚めた。


夜明け前の暗い自室。ベッドから起き上がり、周りを見渡す。いつもの見慣れた風景だ。


「くそッ……。あの天使、いい加減なこと言いやがって……」


リーズフェルドは、背中に嫌な汗を感じながら独り言ちた。



      2



それから数日が過ぎ、いよいよ週末となった日の夕方。ワイズ学院では毎年恒例のダンスパーティーが開かれていた。


大陸各国の王族や有力貴族が通うワイズ学院。学院の高等部から入学した者への歓迎会と交流を兼ねたパーティー。というのが表向き趣旨。


本当に重要なのは、このダンスパーティーで王族や貴族の実質的な格付けが行われるということだ。


誰と誰がペアとなって踊るのか。どれだけ優雅に踊ることができるのか。どれだけ美しく見せることができるのか。高貴な者として、求められる振る舞いだけでなく、着てくる服装や装飾品も格付けに影響してくる。


ワイズ学院の中にある大きなダンスホール。天井には煌びやかなシャンデリア。プロの奏者による生演奏。腕利きのシェフが用意した豪華な料理の数々。窓には満月と輝く星々。今宵は全てがワイズ学院の学生を祝福しているかのようにキラキラとしていた。


大勢の学生が歓談している。男子は礼服を身にまとい、普段よりも凛々しい紳士に見えるし、女子は豪華なドレスにアクセサリーをつけた淑女然としている。


普段とは違った大人の雰囲気に生徒たちの気分は高揚していた。


「あら? あの方、制服で参加してますわ」


一人の女子がソフィアを見ながら呟いた。豪華なドレスに扇子を持った女子だ。


「ああ、あれ。平民の子よ」


一人だけ制服を着てダンスパーティーに参加しているソフィアをマチルダが侮蔑の目を向けながら言う。


「平民がドレスを持っているわけないわよね」


ミラも笑いながら言った、ソフィアに聞こえるような大きな声で。


「誰かのドレスを盗まなかっただけマシではないの? 何せ泥棒猫なんだから」


コーデリアも周りに聞こえるような声で言った。


「…………」


ソフィアはそれを完全に無視。目線すらマチルダ達の方へ向けようともしない。それよりも、目線は何かを探すように辺りを見ていた。


(どうして? どうしてどこにもいないの……?)


ソフィアは内心焦りが出ていた。このダンスパーティーに当然のごとく参加するはずの人影が見えない。


(アルフレッド様は友人とお話をされている……。近くにいるはずなのに……)


この場にいれば、嫌でも目に入るであろう人物がいない。圧倒的な財力を有する家に生まれ、絶対的な美貌を持ち合わせた人物。否応なしに人の目を惹きつける魔性ともいえるその容姿には、どんなドレスも装飾品も敵わない。そんな人物。


(どうして、リーズフェルドはいないの!?)


絶対にいるはずの人物がいない。このダンスパーティーなど、リーズフェルドのためのパーティーと言っても過言ではないほどだ。


リーズフェルドが来れば、それだけで話は終わる。その神の領域にある美しさで、何もせずともこの場を圧倒し、格付けはそれで終了する。


だから、女子生徒にとっては今回のダンスパーティーは2位争いなのだ。有力候補はセシル・システィーナだが、セシルはすでにリーズフェルドの派閥に入ってるという情報が出回っている。つまり、セシルもリーズフェルドを引き立てる役割ということだ。


それなのに、リーズフェルドがダンスパーティーの会場にいない。


最初は少し遅れてくるのだろうというのが大半の予想だった。圧倒的な強者故に、あえて遅れてくるのだろうと。そして、満を持してパーティー会場へとやって来るのだろうと。


だが、時間は刻々と過ぎていくが、一向にリーズフェルドがやってくる気配はない。


アルフレッドも心配そうに、何度も入り口の方を見ている。


(おかしい……。いくら何でも遅すぎる……)


ソフィアはどんどん焦る気持ちが増してきた。今日、この場で、この機会に、やらなければならないことがある。


「おい、リーズフェルドが来ないぞ。どうなってる?」


リチャードは苛立ちを抑えきれないようで、取り巻きの男子生徒に当たっている。


「そ、その……。それが、どういうわけか、まだ来ていないみたいでして……」


取り巻きの男子も、リーズフェルドがこの場にいない理由なんて知っているわけがない。当然来るものだと思っていた。


「どうしますか、リチャード王子……。今回を逃せば、次はいつになるか分かりません。私はまだ待っていますが」


見かねたソフィアがリチャードに声をかけた。


「俺が合図するまで声をかけるなって言ってるだろうが! それくらい分かってる! お前はその時が来るまで大人しくしておけ!」


リチャードは必死に声を抑えながらソフィアに言った。


「承知しました。それでは、また」


ソフィアはそう言うと、スッとその場を離れていく。


(このチャンスを逃せば次はいつになるか……。この計画は今日でないと)


自分で言った言葉が、そのまま突き刺さってくる。だが、気持ちとは裏腹にパーティーはどんどん終焉に向かっていく。


(もう時間がない……。まさか、こんなことで計画が破綻するなんて……)


口惜しさを顔に出しながら、ソフィアが心の中で歯噛みした。


バンッ!


そんな中、乱暴に扉が開く音がした。会場の入り口の方からだ。


「はあ……、間に合ったか?」


息を整えながら入ってきたのは、制服姿のリーズフェルド。顔は少し泥で汚れている。


「リーズ! 何してたのさ! パーティーはもう終盤だよ!」


ずっと入口近くにいたアルフレッドが、すぐさまリーズフェルドの元へと向かった。


「バイトだって言ってただろ? ギリギリ間に合ったんじゃね?」


何の悪気もなく、リーズフェルドは言った。


「全然間に合ってないよ! もうパーティーは終わる頃だよ!」


「ん? まだ終わってないんだろ? じゃあ、間に合ったじゃねえか」


どうやらリーズフェルドの中ではセーフの判定のようだった。


「だから、間に合ってないんだよ! それにどうして制服なのさ!? ドレスは?」


顔に泥が付いていることも言及したいところだが、どうせ土木作業をしていたからだろう。それよりも、ドレスを着て来なかったことが重要だ。


それを見た周囲の学生達がざわざわと話をしだした。特に女子生徒達は動揺したような声で話をしている。ソフィアが制服で来ていることを馬鹿にした手前、リーズフェルドの制服姿に対してどう反応していいか分からない。


「ドレス? 学校のパーティーだろ? 制服でいいじゃねえか」


「よくないから言ってるんだよ! 皆ドレス着てるだろ?」


「そういえば、そうだな。まあ、俺はドレス持ってないし、いいんじゃね」


あっけらかんとした態度でリーズフェルドが答える。


「ドレスくらい持ってるでしょ! それを着て来ればいんだよ!」


「持ってねえよ。なんで俺がドレスなんか持つんだよ。持ってても着るわけねえだろ、ドレスなんか」


制服は着用しないと学校に行けないから仕方なく女子用を着るが、ドレスを着るかどうかはリーズフェルドの自由だ。だったら着るわけがない。


「前に社交場で着てたドレスがあっただろ? あれはどうしたのさ?」


「あんなのメアリーさんに無理矢理着せられただけだ。もうサイズも合わないし、妹にやった」


家の事情で社交場に出ないといけないことがあり、その時はメイドのメアリーが半ば強制的にドレスを着せたため、なんとかなったが、今回はメアリーの助力はなかった。


「だからって、制服で来ることは……」


まだまだ言いたいことのあるアルフレッドだが、今となってはもう後の祭り。パーティーも終焉の時間だ。


そんな時だった、ざわつく会場の奥の方から――


「パーティーも終わりだが、皆、聞いてくれ! 大事な話がある!」


突然、壇上に上がったリチャードが大声を上げた。


リーズフェルドに向いていた目線が、一斉にリチャードの方へと向かった。




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