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贈り物

週末の休みが明けて、今日からまた新しい週が始まる。


特に代わり映えのない、ただの週始め。変化があるとすれば、少しだけ気温が高くなっていることくらいだろうか。風に運ばれてくる草の匂いも心なしか強くなっているような気がする。


気にしていなければ変化していることすら気が付かないような、何の変哲もない平日の朝。まだ生徒たちの登校がまばらな早い時間。そんな時間なのだが、アルフレッドはいつものようにワイズ学院に登校してきた。


「おはようございます、アルフレッド様」


教室で真っ先に声をかけてきたのは、バスティア聖国のセシルだ。まるで待っていたかのようにアルフレッドに挨拶をしてきた。


「おはようございます、セシル様。先日は僕たちの無理を聞いていただいてありがとうございました」


アルフレッドも笑顔で挨拶をする。セシルの登校が早いのはいつものことだが、わざわざ声をかけてきたのは意外なことだった。


「いえ、私の方としても楽しい時間を過ごすことができましたので、お礼を言うのは私も同じです」


いつもの仮面の笑顔――とは少し違うような、自然な笑みでセシルが返してきた。


「そんな、礼を言われるようなことなど。リーズの無茶に付き合わせてしまって、申し訳ないという気持ちですよ」


何か様子が違うなと、アルフレッドは感じているのだが、何がどう違うのかと言われれば、言葉にすることは難しい。違和感を感じるくらいなのだが、悪い方向での違和感ではない。


「無茶ですか……。確かに、リーズフェルド様は面白い方だなのとは思いますね。常識外れと言いますか、豪快と言いますか」


ふふふと笑いながらセシルが言う。


「貴族らしさは欠片もありません。セシル様にはご無礼をしてしまったことは、僕の方からも謝らせていただきます」


「いえ、そんなことはありません。最初は驚きましたが、リーズフェルド様は……、その……、とてもお優しい方なのだなと思いました」


少しだけ目線を外してセシルが言った。


「優しいというのは、そうですね。気に入らなければ相手が誰であろうと噛みつきますが、弱い立場の者には寛容です」


「ええ、そうですね。孤児院でも子供達と遊んでいただいて感謝しております」


「ああ、あれは、リーズが遊びたかっただけですよ」


「それでもです。子供達もとても楽しそうでした。あの……、それでですね……。少しだけ、アルフレッド様にお聞きしたいことがありまして……」


完全に目線を外した状態でセシルが聞いてきた。何かモジモジした様子なのが気になるところだ。


「聞きたいこととは? 僕に答えられることでしたら何でも聞いてください」


やはり、いつもと様子が違うなと思いながらもアルフレッドは話を続ける。


「ええっとですね……。リーズフェルド様のことなのですが……」


「リーズの?」


「はい……。先日は、教会の子供達がリーズフェルド様に遊んでいただきましたので……、あの……、お礼をしたいのですが……」


「リーズに礼ですか。それなら、直接会って、今のように話をしていただけれ――」


「やはり、何か贈り物をした方が良いですよね!」


セシルはアルフレッドの言葉を遮るようにして言ってきた。どこか気迫のようなものが伺える。


「贈り物……ですか?」


「贈り物です!」


「リーズの方も子供と遊べて楽しかったと思いますので、そこまで――」


「リーズフェルド様は何がお好きなのでしょうか? アルフレッド様も贈り物をされたのですよね? 何が喜ばれましたか? やはり装飾品でしょうか? ああ、花も似合いますね。真っ赤なバラの花とかとてもよく似合いそうです。でも、花は屋敷にたくさんあるでしょうから、やはりアクセサリー。あ、でも、リーズフェルド様ってアクセサリーを全然つけていらっしゃらないですね。リーズフェルド様は装飾品を付けなっくても十分綺麗ですし、むしろ装飾品があった方がリーズフェルド様の美しさの邪魔になってしまうかもしれませんね。それなら化粧品はどうでしょうか? ああ、そういえばリーズフェルド様は化粧をしていないように見えますね。化粧すら必要ないのがリーズフェルド様の美しさなのですね。ああ、そうか、化粧した方がリーズフェルド様の美しさを隠してしまいますので、やはり邪魔でしかないのかもしれませんね。では、お菓子を差し上げるのはどうでしょうか? リーズフェルド様はどんなお菓子が好みなのかしら。チーズのタルトとかどうでしょう? それともビターなお菓子の方が好みでしょうか? アルフレッド様、どう思われますか?」


セシルは捲し立てるような早口で一気に言葉を並べる。その勢いにアルフレッドが圧倒されて口を挟めないでいた。


「えっと……。要するにリーズに何か贈り物をしたいと?」


「はい。そうです! どうですかアルフレッド様? 何を贈ればリーズフェルド様は喜びますか?」


セシルが前のめりに聞いてきた。さっきまでのモジモジとした様子と打って変わって、興奮しているようで、顔が赤くなっている。


「一つずつ整理させていただきますね」


「はい!」


セシルが目を輝かせて、アルフレッドが出そうとしている答えを待っている。


「まず、リーズは花を愛でるようなことはありません。花には全く興味がないと言えます」


「お花には興味がありませんか……」


「ええ、そうですね。僕もリーズと出会った当初は花を頻繁に贈っていたのですが、本人から『いらない』と言われまして……。そこで、僕はどんな花なら好きなのか聞いたところ、『アシタバ』と答えられました……」


「アシタバ……ですか? 野草の?」


「リーズ曰く、野草ではなく栄養価の高い食材だそうで。茹でだり油で揚げたりして食べると言っていました」


「はあ……。茹でたりですか……」


野草を食べるのか? という疑問がセシルの中で生まれる。貧困層では、そういう食べられる野草を食用として飢えをしのいでいることは聞いたことがある。だが、リーズフェルドはバルド王国内でも名門貴族の令嬢だ。どうもしっくりこない。


「ですから、花を贈るというのは選択肢から除外されます」


「なるほど……。でしたら、装飾品や化粧品はどうでしょうか?」


「花以上に興味がないですね。自分を着飾るということに全く関心がないのですよ」


「全くですか? あれほど美しいのに?」


「全くです。特に化粧に関しては、本気で嫌がりますね。誰が何と言おうと、リーズは絶対に化粧をしませんでした」


貴族社会では社交界に出るにあたり、煌びやかな装飾品と化粧をして、他の貴族と張り合うものなのだが、リーズフェルドに関しては、前世は男であり、化粧をすることに抵抗がある。そのため、すっぴんで社交界の場に出たことがあるのだが、持っているものが違いすぎる。どれほど着飾ろうが、周りの凡人が敵うはずもない。リーズフェルドは何もしない素の状態で他を圧倒した。


だが、当のリーズフェルドは貴族令嬢間の格付けなどには一切関心がないことと、そもそもの立ち振る舞いができないので、社交界の場には数度顔を出したくらいだ。


その数度しか顔出しをしていないことで、噂が噂を呼んで、とんでもない評価になったというのが現状。


「ですが、髪の毛は綺麗に伸ばしておられますよね? 着飾ることに関心がないこともないのでは?」


「ああ、それはですね。昔、リーズが勝手に自分の髪をバッサリ切ってしまったことがあったそうで。それを見たリーズの母上、ミリーゼ様が卒倒してしまって、それ以降は勝手に髪を切らないようにしてるそうです。本人は邪魔だから坊主にでもしたいと言っていますが……」


アルフレッドがリーズフェルドと出会う前の話だ。乱雑にナイフで自分の髪を切ったという。


「坊主……!? 当時、卒倒されたミリーゼ様には感謝しなければなりませんね」


「はい。僕も同じ気持ちです」


「では、お菓子はどうでしょうか? 流石にお菓子が嫌いというわけはないですよね?」


年頃の少女が甘いお菓子を嫌いなわけがない。ケーキやクッキー、パイやタルト。どれも魅力的だ。


「そうですねえ……。多分、嫌いではないと思いますが、好んでお菓子を食べることはないでしょうね……」


「え……? そうなのですか? お菓子ですよ?」


「リーズをお茶会に誘ったことがあるんですが、紅茶は飲みますが、お菓子には一切手を付けなかったので」


「甘いものは、あまり好きではないと?」


「いえ、そういうことではないと思います。果物は好んで食べるので。前にリーズから聞いたのは、お菓子はバターと小麦粉と砂糖が多すぎるから食べないと言っていました」


「はあ……。そういう理由ですか」


セシルは腑に落ちない感じがしていた。そんなことを言い出したら、お菓子なんて口にすることができない。


「リーズなりの拘りというのがあるんですよ」


その拘りがいまいちよく分からないから、アルフレッドは苦労させられている。


「でしたら、リーズフェルド様から欲しいと言われた物はないのですか?」


何を贈っても喜んでもらえそうにない。だったら、リーズフェルドがねだった物は何なのか。それが知りたい。


「欲しいと言われたと言いますか……。強いて言うならバッファローの皮なんですが……」


「バッファローの……皮?」


セシルが不思議そうな顔をしている。そういう顔にもなるだろうとアルフレッドも思う。


「リーズの部屋には、牛の皮に砂を詰めたものが置いてあるんですけど――」


「牛の皮に砂? 何なのですかそれは?」


「リーズはサンドバッグと呼んでいましたが、要は打撃の練習をするための物なんですね。酪農家から牛の皮をもらってリーズが作っていたそうなのですが――」


「リーズフェルド様が自分で作ったのですか!?」


普通は職人に特注で作らせるものなのだが、話を聞く限りお手製のようだ。


「これもリーズなりの拘りがあるようで、細かく注文するくらいなら、自分で作った方が早いということで自作したのですが、リーズの力が強いのですぐに壊れてしまうのです。そこで、もっと頑丈な皮はないのかという話になって、それならバッファローの皮はどうかという話になったのです」


「牛の皮でも結構丈夫だと思うのですが……。壊す……?」


15歳の少女が牛の皮に砂を詰めた袋を壊せるものなのか。どれも信じられない話ばかりだ。


「リーズの力ならそれくらいは容易いですね。バッファローの皮は流石に近場では手に入らないので、僕がプレゼントしたということです。近場にバッファローがいればリーズは狩りに行ったのでしょうが、生息地が遠いので、そこまで行くのは面倒だったみたいです」


アルフレッドは、ハハハと笑いながら話をしているが、内容が結構無茶だ。


「バッファローが近くにいたら狩りに……?」


「リーズとそういう話をしていました。近場にバッファローさえいれば狩りに行けたのにと。信じられないような話かもしれませんが、リーズならやります」


「えっと……。騎士団を連れて行くということですよね……?」


少女が一人で巨体のバッファローを狩りに行くはずがない。ベゼルリンク家には赤鷲騎士団という有能な騎士団があるから、騎士団を連れて行くに違いない――という普通の考えが、セシルの中では不正解のような気がしてならなかった。


「リーズが騎士団を頼ることはないです。バッファローくらいなら素手で倒せるでしょうし」


「え!? いえ、あの……素手で?」


「はい」


「バッファローを……?」


騎士団を連れて行くことは違うのではと思っていたが、まさか素手でバッファローを倒せるなど考えるわけがなかった。ふざけているように聞こえるが、アルフレッドは真面目に話をしているので、本当に倒せるのだろう。


「ええ、そうです。流石に捌くためには刃物を使い――あっ、そういえば、新しいナイフを買わないといけないという話をしていましたね。今、リーズが欲しい物でしたらナイフかと思いますよ」


到底、名門貴族の令嬢が欲しがる物とは思えない候補が出てきた。


「ナイフ……ですか? それは、贈り物としては少しばかり……」


女子同士の贈り物で、ナイフを贈ったなど聞いたこともない話だ。実際にリーズフェルドが喜んでくれるかもしれないが、ナイフを贈るというのはセシルの中で選択肢から外さざるを得ない。


「まあ、そうですよね……。リーズが喜ぶ物っていうのは本当に分からなくて……。直接、本人に聞いてみるのが一番確実だとは思いますが、どうされますか?」


「そうですね……。今のお話、普通に考えれば出鱈目だらけの与太話……としか受け取れませんが、リーズフェルド様でしたら、そうなのかもと……」


アルフレッドがこんな嘘を付くはずがないし、リーズフェルドと実際に会ってみた感想として、常識はずれということは分かっている。生れながらに教会の裏も表も見てきたセシルは、人間の観察眼には自信があった。


ただ、その観察眼を以てしても、リーズフェルドという人間を測ることは難しい。


「物欲はあまりないというのが正確かもしれませんね」


「はい。私もそう思います。それでも、何かお礼を差し上げたいと思いますので、アルフレッド様の助言の通り、本人に直接聞いてみます」


そんな話をしていると、教室には次々と登校してきた生徒が自分の席に着いていく。もうすぐ授業が始まるため、この話はこれで終わりとなった。





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