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相談

ワイズ学院に入学してから、まだ日も浅い休日の昼下がり。この日はアルフレッドがリーズフェルドを訪ねて来ていた。


アルフレッドがリーズフェルドを訪ねて来るのは珍しいことではない。むしろ頻繁にやって来る。アルフレッドがやって来る名目は修行のため。


10歳の頃にした他愛のない会話の中で、アルフレッドは強くなりたいとリーズフェルドに話をした。武術家でもあるリーズフェルドはその話に食いつき、アルフレッドを鍛えてやることとなった。


荒神流古武術の修行方法でもあるため、当時のアルフレッドにとっては過酷な修行も多く、山籠もりをしてサバイバルをした経験もある。


ただ、今日は山籠もりのような長期間に及ぶ過酷なものではなく、普通の修行――主に組手をするためにやって来た。


「ハアッー!」


アルフレッドが気合の入った拳を突き出した。相手はリーズフェルド。15歳の少女が相手なのだが、一切の手加減をすることなく本気で打ち込む。


だが、リーズフェルドは一歩も動くことなく攻撃を躱す。アルフレッドの打ち込みで、至近距離まで近づいているところをリーズフェルドが片手で押し出し、位置を下げる。


アルフレッドも負けじと、再び打ち込むが、簡単に捌かれてしまう。


「遅い。脇が甘い」


リーズフェルドの檄が飛ぶ。その声にアルフレッドは悔しそうな表情を浮かべながらも、回し蹴りを放った。


「振りが大きい。相手の動きを見てない。次の行動を考えることができていない」


これも全く掠りもせずに避けられてしまう。


それでも諦めずにアルフレッドが踏み込み拳を握って突き出す。体をコンパクトに、相手を見て、鋭く、早く、次の攻撃も見据えての一撃を――


「ガフッ……」


リーズフェルドのカウンターがアルフレッドの脇腹に突き刺さる。手加減はしているものの、的確に急所を突かれているため、呼吸が止まってしまう。


ベゼルリンク家の広い敷地内にある芝生で、リーズフェルドがアルフレッドに実戦形態で修業を付けているところだ。


「ほら、次、もう一本だ」


リーズフェルドは挑発するように、手をクイクイっと動かす。


「ああ……。頼むよ!」


アルフレッドは気合を入れなおして応戦のため構える。リーズフェルドからは、何度も何度も同じ指摘を受けている。その都度意識して攻撃を繰り出している。


だが、それでもリーズフェルドからしてみれば、ダメだしのオンパレード。ちゃんとリーズフェルドの動きを見ていたし、隙もないようにしていたし、次の攻撃のことも考えていた。だが、その全てを否定されるようにカウンターを食らって悶絶させられた。


(迂闊に攻めたつもりはないんだけどね……。もっと鋭く、もっと――)


アルフレッドが牽制の一撃を打とうとしている時だった。リーズフェルドがいつの間にか至近距離の間合いに入っていた。


「――ァッ!?」


アルフレッドが声を出す間もなく、顔面を鷲掴みにされて、そのままクルンと回るように地面に叩きつけられた。


リーズフェルドは音もなく、一瞬でこの間合いにいるものだから、気が付いた時にはすでに仕掛けれていて、対処することができない状態になっている。


手を出したら後の先で取られるが、手を出そうとしただけでも、そこを狙われてしまう。当然守りを固めてところで意味はない。あっけなく崩されて終わりだ。


「どうしたらいいんだよ結局……」


アルフレッドの口から弱音が漏れてしまう。リーズフェルドに戦い方を教わり始めて早5年になろうとしている。最初は基本的な打撃や投げ技を教えてもらっていたが、今では組手もやっている。


「やられたことを真似して、やり返すんだよ」


「それができないから、僕は芝生に寝転がっているんだけどさ……」


「反復練習だよ。敵の動きを頭で作って、それに対してどういう動きをするのかを考えて、架空の敵と戦う。それを繰り返しやれって言ってるだろ」


「ちゃんとやってるさ……。そもそも、リーズとの実力差がありすぎるんだよ」


アルフレッドは身を起こしながら愚痴をこぼした。リーズフェルドに言われた訓練は欠かさずやっている。やっているが結果がこれなのだ。


「まあ、まだまだ足りないってことだ! 後は実戦経験だな。お前のところの騎士団にも頼んで、模擬戦くらいやってもらってるんじゃないのか?」


「それはやってるけどね。若手の黒騎士団相手なら僕でもいい勝負ができるようになったけど、リーズとまともに勝負できるまでにはならないよ。それに、騎士団は格闘術よりも剣術がメインだしね」


バルドロード家に所属する王国最強の黒騎士団がある。精鋭中の精鋭が集まる騎士団であるため、実力者が揃っている。黒騎士団の隊長以上となると、流石に勝つことは難しいが、並みの騎士相手ならアルフレッドの方が強い。


「久々に山籠もりでもするか?」


「えッ!? や、山!? あ、いや、学校があるから山籠もりは暫くできないよ! それに山籠もりはこの前やったよね!」


リーズフェルドは山籠もりに乗り気のようだが、アルフレッドとしては堪ったものではない。子供の頃に初めてリーズフェルドから山に行こうと誘われた時は、喜んでついて行ったが、すぐに地獄を見ることとなった。


護衛や付き人が一人もいないことに違和感を感じていたが、子供の頃のアルフレッドは、まさか山に籠って自給自足の野宿をしながら修行をするなんて想像もしていなかった。


当然のことながら、バルドロード家とベゼルリンク家の両家で大問題になったのだが、アルフレッドがリーズフェルドを庇い、両親を説得してなんとかこの話は収まった。


ただ、リーズフェルドは以前から一人で山に行っては修行をしていたので、この一件があったからといって山籠もりを辞めるわけもなく、アルフレッドが同行する場合は、ベゼルリンク家所属の赤鷲騎士団が同行することで無理矢理落ち着かせた。


これが赤鷲騎士団にとっての地獄の始まりでもあるのだが……。


「ああ、学校か。なんか上手くいかねえよな……」


リーズフェルドはそう言いながら、アルフレッドの横に腰を下ろした。


「そうかい? リーズは入学早々みんなの注目を集めてるじゃないか。今やクラスの中心って言ってもいいんじゃないかな」


入学初日のリチャードとのことや馬術の授業でクラスメイトの女子を助けたこと等もあるが、やはり見た目の美しさや堂々とした佇まいからも、リーズフェルドは早々に羨望の眼差しを受けることとなった。


「それは別にどうでもいいっていうか。悪い気はしないけどよ、俺には興味ないんだよ……。それよかさ……、お前って女にモテるよな?」


「は? いや、そんなことはないと思うよ……」


実際にはモテるのだが、目の前の少女には恋愛対象としては見られていないのが何とも複雑な心境にさせる。


「嘘つけ! お前、昔から女が寄ってただろ! 顔が良いし、物腰も優しいし、話もすぐできるし、そうやってすぐ周りに女が話しかけてきて……なんかお前ムカついてきたな!」


リーズフェルドが理不尽な怒り方をする。


「ただの社交辞令だよ! 別にモテるとかそういうのじゃないよ」


アルフレッドが堪らず反論する。これが男女関係の嫉妬ならいいのだが、そうでないことはアルフレッドには分かっている。


「いいや、お前はモテてる! 腹立つくらい羨ましいが、今は殴らないでおいてやる!」


「無茶苦茶なこと言ってるね……。それが言いたかったのかい?」


「いや、まあ……。モテるお前に相談なんだがよ……」


「なんだい? 急に改まってさ。僕に相談なんて珍しいね」


普段のリーズフェルドなら、何かあっても自分で決めて自分で勝手に行動する。基本的に人の助言など聞かない。


「こればっかりはさ……どうしたもんかと……」


「ん? どうしたんだい? らしくないね」


「ちょっと言いにくいってか……。恥ずかしいんだけどよ……」


「うん」


「お前、誰にも言うなよ!」


「内容次第だけど、リーズが誰にも言ってほしくないなら、黙っておくよ」


「おう、約束だぞ! 絶対誰にも言うなよ! ――それでだな、相談っていうのは……、ソフィアのことなんだけどよ……」


「ソフィアって、特待生のソフィアだよね? 僕たちのクラスの」


アルフレッドが銀髪の少女の姿を思い浮かべた。先日、死にかけの子猫を治癒魔法で回復させるということを容易くやってのけた少女だ。


「…………」


ここでリーズフェルドの言葉が詰まってしまう。


「ソフィアがどうしたんだい?」


そんなリーズフェルドに対して、静かに問いかけた。


「……いやあ、あのさ……」


「うん」


「可愛いよな、ソフィアって……」


「まあ、そうだね。可愛いとは思うよ」


目の前にいる少女も異次元の美しさを持っているが、それは言わないでおく。


「俺さ……一目惚れってやつ……なんだわ……」


「はあッ???」


アルフレッドが思わず素っ頓狂な声を上げた。


「『はあ?』ってなんだよ! 『はあ?』って! こっちは真剣に話てんだよ!」


アルフレッドの反応にリーズフェルドが抗議の声を上げた。


「あ、ごめん……。確かに、リーズがソフィアを意識していたっていうのは分かってたけど。一目惚れって……」


「悪いかよ」


「いや、悪いとかそういうことじゃないけど……。だけどさ、ソフィアは女性だよね?」


「そうだよ」


何を当たり前のことを言っているのか。リーズフェルドはそんな顔をしながら返事をした。


「リーズも女性だよね?」


「そうなんだよなああぁぁ……。それが問題なんだよなあぁ……。何で女に生まれてくるかなあぁ!」


リーズフェルドが頭を抱えて項垂れる。転生してきたはいいが、性別が変わってしまっているため、自分ではどうしようもない問題が発生している。


「女性に生まれて来たのは、女神セレスの思し召しとしか言いようがないよ」


「知るか! 俺は無宗教だ!」


「いやいやいや! バルド王国は全員、女神セレスの信徒だからね! 教会に聞かれたら異端扱いされてもおかしくないよ!」


バルド王国だけでなく、大陸全土が創造の女神セレスを信仰している。教会の権威は強大であり、カラザス王国ですら教会との摩擦を避ける。


「だから、神がどうとか俺には関係ねえんだよ! そんなことより、ソフィアなんだ! ソフィアとどんな話をしたらいいか分からねえんだよ!」


「いや、色々と大問題なんだけど……。言っても理解してもらえないだろうね……。でもさ、ソフィアって女神セレスの敬虔な信徒のはずだよ?」


女神セレスの存在を否定することは、即ち教会へ正面から喧嘩を売っていることになるため、非常に大きな問題だ。だが、ソフィアも敬虔な女神の信徒である。そこはどう捉えるのか。


「え? ソフィアって、その何とか女神の宗教に入ってんのか?」


「まずは、もの凄くまずいことを言っていることを自覚して欲しいところだけど……。それは後で話すとして、ソフィアがどこの国の出身か分かってる?」


「ソフィアの出身国がどこかも知らないんだよ! 仲良くなって子供の頃のこととか、そういう話もしてほしいんだよ!」


「女神セレスの信仰の中心地。教会の総本山があるバスティア聖国の出身だよ。しかも、教会の孤児院の出身だからね。小さい頃から女神セレスの教えを受けてるよ」


「ソフィアって孤児院育ちだったのか!?」


「そうだよ」


「なんでお前がそこまで知ってんだ!?」


リーズフェルドが怒った顔を向けた。まるで猛獣が牙をむいて威嚇しているかのようだ。


「単なる情報収集の一つだよ。ワイズ学院には大陸各国から有力な王族や貴族が入学してくるからね。どういう生徒が入ってきているのかを知っておく必要があるんだよ。平民の特待生なんて珍しいからね。将来、バスティア聖国にどういう影響を与えるのかも考慮しておく必要があるんだよ」


「なんだよ、それ。お前、何しに学校に行ってんだ?」


「教科書を開こうともしないリーズには言われたくないけどね」


「うるせえ! 口だけは一人前だな、クソッ」


「はいはい。分かったよ――それより、ソフィアのことだろ?」


「ああ、そうだな。ソフィアのことだよな……。そうか、教会の孤児院育ちか。道理で清らかな感じがすると思った」


「女神セレスの敬虔な信徒だって言っただろ。リーズも女神様のことを認める気になったかい?」


「ああ、そうだな。ソフィアは女神だったんだな」


「違うから! どういう理屈でその結論になったんだよ! セレスは創造の女神なんだよ。女神が世界を作って、人を作ったっていうのが基本的な教義だからね!」


アルフレッドが慌てて訂正する。リーズフェルドが女神セレスの教えを全く知らないことに驚愕する。


「ああ、よくある宗教のやつだな。分かった、分かった」


当然のことながらリーズフェルドも女神セレスの教義を勉強させられてはきたのだが、当たり前のように頭の中に入っていなかった。


「いや、再三言うけどさ、相当まずいこと言ってるっていう自覚をしてほしいんだけど……」


「そんなことより、ソフィアのことだって言ってんだろ。どうしたらソフィアと仲良くなれるんだよ!」


「そんなことっていうレベルじゃないんだけど――そうだね……。まずはソフィアと何かしらの接点を持つことが必要なんだけど。今のところは同じクラスっていうことくらいしかない。でも、これは大きな接点だ。そこにもう一つ、何か話をするきっかけのために、共通の話題が欲しいところだよね」


「それなんだよなあ……。なあ、ソフィアって格闘技好きそうか?」


リーズフェルドが身を乗り出して聞いてきた。リーズフェルドが話せることの中で一番受けそうなことは格闘技しかない。あとは前世での武勇伝だが、これを話すわけにはいかない。


「絶対に興味ないだろうね。教会の孤児院で育ってきたってことは、慈愛の教えを受けているだろうし。戦うこと自体、嫌いなんだと思うよ」


「あああああ、そうだよなあぁ~。そういう感じするよなあぁ……。絶対に優しいよな、ソフィアって」


話したことがないため、一方的な想像でしかないが、ソフィアが優しいというのはイメージ通りであった。


「だったら、これを機会に女神セレスの教えを学んでみたらどうだい?」


「は? 教えを学ぶ? 女神教の勧誘かお前は?」


リーズフェルドが訝しげな眼でアルフレッドを見る。家に突然やってきて、笑顔で宗教の勧誘をしてくる奴みたいに見えた。


「勧誘もなにも、そもそも、僕たちはすでに女神の信徒だからね。ソフィアと話をしたいなら、共通の話題が必要なんだろ? そして、ソフィアは女神セレスの敬虔な信徒だ。これ以上の共通点が他にあるのかい?」


アルフレッドが爽やかな笑みを浮かべている。


「うぬぅ……。ソフィアと共通の話題……」


「欲しいよね?」


「欲しい……」


「なら決まりだ」


上手くアルフレッドに乗せられたという感は否めないが、それでもリーズフェルドにとっては、ソフィアと話をするための一縷望みでもあった。


(そもそも、リーズは女性同士っていう問題をどうするつもりなんだろう?)


この世界にもそういう思考の人はいるにはいるが、少数派だし、隠していることがほとんどだ。ソフィアがどういう趣味なのかは、アルフレッドにも分からない。だから、教会に行く以前の大問題があるのだが、丁度いい機会なので、アルフレッドはこのまま、リーズフェルドに女神セレスの教えを学んでもらうことにした。




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