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授業

      1



ワイズ学院の授業は、将来の国を担う王族や貴族が学に相応しい高度な内容となっている。


特にワイズ学院で力を入れているのは、魔法学といわれる分野であり、魔法理論や魔法力学、魔法史といった座学から、魔法の実技にも力を入れている。


魔法という力は人に大きな恩恵を与えると同時に災厄を招く力でもある。魔法により発達した文明もあれば、魔法によって滅びた文明もある。


戦争では兵士の数だけでなく、いかに実戦的な魔法を使える者が揃っているかが戦局を左右する。


力の象徴でもある魔法。それを権力者が欲するのは自然の流れである。故にワイズ学院では、魔法の教育に力を入れているのである。


「全然分かんねえな……」


リーズフェルドが退屈そうに黒板を眺めていた。


今やっている授業は魔法理論学。その中で図形魔法といわれる分野の授業だ。図形魔法とは、床や壁などに指向性を持った図形を描き、魔力を通すことによって特定の効果を発揮するというもの。図形魔法を実用化したものが魔法陣というやつだ。


「リーズ……。せめて教科書は開こうよ……」


隣に座るアルフレッドが呆れた声で言った。ノートを取らないのは分かっていたが、教科書まで開こうとしないとは思ってもいなかった。


「教科書? ああ、忘れた」


「先に言ってよ! 僕のを見せるからさ!」


アルフレッドは少し声が大きくなってしまったが、とりあえず教科書をリーズフェルドが見える位置に持っていった。


「コホンッ!」


教壇に立つ先生があからさまに咳ばらいをした。リーズフェルドとアルフレッドのやり取りが目についたようだ。


アルフレッドはバツの悪そうな顔をしながら黙り込む。対してリーズフェルドは我関せぬ顔。まるで反省しているようには見えない。


「眠くなってきたな」


まったく授業に集中することができないまま、リーズフェルドはふと視線を横に流す。そこには銀髪の少女の後ろ姿が見えた。


(やっぱ可愛いよな……)


ソフィアが真面目に授業を受けている。先生の言葉を一字一句漏らすまいとしている姿勢が見て取れる。とても努力家のようだ。


(俺とは正反対だな……。住む世界が違いすぎるっていうか、高嶺の花っていうのはこういうことなのか…….。周りにこんな子いなかったしな)


リーズフェルドはふと前世のことを思い出す。子供の頃から格闘技をやっていた。実家が荒神流という古武術を継承してきた家だから、跡取りとして厳しい修行を積んできた。決して嫌だったわけではない。有り余るエネルギーを修行により発散できたし、強くなっていく実感もあった。そして、何よりも戦うことが大好きだった。戦う相手を探して、色んな奴と喧嘩をした。そうしたら、似たような奴らと一緒にいるようになった。


(ソフィアは格闘技とか興味あんのかなあ……?)


ソフィアの後ろ姿をぼんやりと眺めながら、リーズフェルドが考える。何か話をするきっかけがあればと。だが、この世界の女子の話題など欠片も知らない。格闘技の話題以外は引き出しに何も入っていない。


(ミリアリアは格闘技に全く興味を示さないし、メアリーさんも話半分にしか聞いてなさそうだったし……。アルの妹は格闘技嫌いみたいだからな……。ソフィアも格闘技はあんま興味ないか……?)


リーズフェルドにとって最大の悩みがこれだった。ソフィアに話しかけたいが、何を話していいか分からない。共通点がなさすぎる。せめて格闘技に興味を持ってくれていればと願うが、それも望み薄そうだ。


「はぁ……」


リーズフェルドが溜息をついた。講義をしている先生が一瞬動きを止めてリーズフェルドの方を睨むが、すぐさま講義を再開させた。


その後、リーズフェルドは大人しく授業を受けてはいたが、先生の話など全く聞いてはおらず、ソフィアとどうやったら仲良くなれるのか、ということばかりに頭を悩ませていた。



      2



この日の午後からの授業は屋外で馬術の授業だった。広いワイズ学院の敷地には馬小屋があり、馬に乗って走れる広い芝生も設置されていた。


この馬術の授業は女子のみの授業となっている。理由としては、貴族の男子は基本的に子供の頃から馬に乗る練習をしているため、わざわざワイズ学院に来てまで馬術の練習をする必要がない。そのため、男子は剣術の授業となっている。


反面、貴族であっても女子は馬術を習得していない者が多い。馬に乗るということは、戦に出ることも想定されているため、女子が子供の頃に馬術を習っていないことが多いというのが理由だ。


当然のことならがら、馬に乗れる女子もいるのだが、ワイズ学院では経験者も未経験者も一緒に授業を受けることになっている。


そして、リーズフェルドのクラスの女子は全員、乗馬服に着替えて整列していた。


「それでは皆様、今日の授業では、馬術の基本的な動作を学んでいただきます。この中には経験者もいらっしゃるとは思いますが、今一度基本に立ち戻って、基礎を学んでいただきたいと思います」


乗馬服に身を包む馬術の講師が声を上げた。長身で細身の男性講師だ。長い茶髪を後ろに纏めており、どこか馬の尻尾のようにも見える。


「馬に乗るのは久々だな」


腕を組みながらリーズフェルドが呟いた。ベゼルリンク家は軍閥の家であるため、リーズフェルドも馬術は習っている――というか、習うまでもなく乗れた。その最初の一回目で、全速力で馬を走らせて、柵を飛び越え、勝手にどこかへと行ってしまい、二日間帰ってこなかったものだから、それ以降、馬術の練習はなくなった。


時折、放牧されている馬と並走することがあるくらいで、ほとんど馬には乗らなかった。


「リーズフェルド様は、馬に乗れるのですね?」


隣にいた女子生徒がリーズフェルドに話しかけてた。オレンジ色の髪をしたマチルダだ。


「ん? ああ、一応な」


「まあ、素敵ですね! リーズフェルド様が馬に乗って、颯爽と駆けていく姿は、さぞ凛々しく美しいものなのでしょうね!」


マチルダは目を輝かせながら言葉を並べる。


「リーズフェルドは長い。リーズでいいぜ――ええっと……名前、なんだっけ?」


「え……、あ、マチルダ。マチルダ・バーンズです。リーズフェルド様」


名前を憶えてもらえていないことに、マチルダはあからさまにショックを受けているようだった。


「ああ、そうだったな。悪いな、俺は人の名前を覚えるのが苦手でよ」


「い、いえ、そんな、謝る必要がありませんよ! 私は気にしておりませんから」


「そうか? それならいいんだけどよ――で、お前は馬に乗れんのか?」


「いえ、私は馬に乗る機会がありませんでしたから。今回が初めてです。もしよろしければ、馬に乗るコツを教えていただいてもよろしいですか?」


マチルダが前のめりに聞いていた。これを機会にしてリーズフェルドともっと近づきたいという思惑があった。


「馬に乗るコツ? そんなのねえよ。馬に乗ったら、好きなように走らせればいいんだよ。難しいこと考える必要はない」


何の知識も経験なく、ただ感覚だけで馬を乗りこなしたリーズフェルドが助言できることなど一つもない。


「好きなように……ですか? ですが、手綱はどのようにすればよろしいのですか?」


「手綱? そんなもんいらねえよ」


「いらない? 手綱が必要ないとは……えっと、どういう……?」


「馬に任せておけばいいんだよ」


「馬に任せる……? ですか……」


マチルダは全然理解ができなかった。手綱を握って、馬を思い通りに動かすから馬術なのであって、馬任せであれば、それは術とは言わないのではないかと。


「それでは、次。マチルダ・バーンズさん」


そんな話をしていると、馬術の講師からマチルダが呼ばれた。講師の傍らには茶色い毛並みの立派な馬が待機していた。


「は、はいッ……」


マチルダが、あからさまに緊張した声を上げる。


「頑張ってください。マチルダさん」

「大丈夫ですよ。怖くありません」


近くにいた、マチルダの友達のコーデリアとミラが声をかける。


「は、はい……」


対して、マチルダは初めての乗馬に怖気づいてしまっている。


近くで見る馬は思っていたよりもずっと大きかった。自分の背丈よりも大きな生き物に対して、どうしても怖いという感情が芽生えてしまう。


「では、マチルダさん。ここに足をかけてください」


講師が馬に乗る補助をする。マチルダは恐る恐る足をかけて馬の背中に乗ろうとするが、もたついてしまい、なかなか上手く乗ることができない。


何とか馬の背中に上るも、目線は予想以上に高い。その高さが余計に怖さを増長してしまう。


さらに乗った時のバランスも悪く、何とか位置を直そうとしている時だった、馬が急に動き出してしまった。


「キャアーッ!!」


いきなり馬が動いたことでマチルダが大きな声を出してしまう。ぎゅっと握った手綱も乱暴に引いてしまった。


「ヒヒーーーーーンッ!!!」


急なマチルダの大声に馬が驚いてしまう。馬が驚くとマチルダが怖くなって、さらに大きな声を上げて、手綱を乱暴に扱ってしまう。


そうなると恐怖が馬に伝わってしまう。乗る前から不安が伝わっていた状態で、その上恐怖まで伝わると、馬はこの人間を背中に乗せておくことができなくなる。


とうとう馬は前足を大きく上げて暴れだした。


「キャアアアアアアアーーーッ!!!」


マチルダのパニックも大きくなる。馬の暴走は激しさを増し、講師の手にも負えない状態になってしまった。


馬というのは大人しい動物であると同時に臆病な動物だ。上に乗っている人間が、こうも不安定だと馬が抵抗して暴れだしてしまう。


そうなれば、人間の力では抑えることが難し。大人しい動物であるとはいえ、力は人間を凌駕している。


「マチルダさん! 落ち着いて! 落ち着いてください!」


講師が慌てて声をかけるも、マチルダと馬は完全にパニック状態。周りの生徒も巻き込まれないように下がる。


講師が何とかして馬に近づこうとするも、暴れる状態の馬に近づくこと自体が危険を伴う。


この状態では誰も暴れ馬を止めることができない――のだが、一人だけ暴れ馬に急接近する人影があった。


リーズフェルドは、暴れる馬の側面に素早く接近し、馬の背中に手をかけて飛び乗った。


「リ、リーズフェルド、様ッ!?」


いきなり飛び乗ってきたリーズフェルドにマチルダが驚きの声を上げる。


「大丈夫だ。心配するな」


マチルダを背中から抱きかかえるようにしてリーズフェルドが暴れ馬に乗ってきた。


「えッ!? あ、え? は!? あ、え!?」


突然、後ろから抱きかかえられた状態になったマチルダは心臓が跳ね上がってしまう。


「大丈夫だ、俺がいる。力を抜け。手綱を強く握るな。馬を信じろ」


リーズフェルドの声が耳元から聞こえてくる。


「え!? あ、は、はい……」


マチルダは顔が真っ赤になりながらも、言われた通りに力を抜いた。


リーズフェルドが後ろにいることで、マチルダの安定感は格段に改善された。暴れる馬に乗っていても落ちるようなことはないと思える。


それが分かるとマチルダの不安は霧散していく。安心が心を満たしていく。恐怖が去っていく。


リーズフェルドが乗っていることで、馬の方も安心していった。信用できる人間が乗っていることが馬にも分かる。この人間であれば自分の背中を譲ることができると思える。


「そうだ。馬を信じてやれ。そうすれば馬もお前を信じる」


「はい……」


馬もマチルダもすっかり大人しくなっていた。次第に馬はゆっくりと歩きだし、そして足を止める。


何とか落ち着いた馬に講師が近づき、マチルダを下してやった。


「あ、ありがとうございます、リーズフェルド様!」


マチルダが顔を真っ赤にしながら感謝の言葉を伝える。馬上のリーズフェルドはまさに王子様のように凛々しくカッコいい。


「リーズフェルド様。こちらからもお礼を言わせてください。この度は本当に助かりました」


講師も丁寧に頭を下げた。もし、この授業でマチルダが怪我をしていれば、大変なことになった。それを未然に防いでくれたことには感謝しかない。


「いいよ、別に。大したことはしてない」


リーズフェルドはそう言いながら、馬から飛び降りた。そこへ――


「きゃあー!」

「リーズフェルド様ー!」

「素敵です!」


女子生徒からの歓声が上がる。暴れる馬に勇敢に飛び乗って、一人の少女を救った。その姿が女子生徒たちには刺さった。そもそもリーズフェルドは容姿だけはとてつもなく綺麗だし、そこに乗馬服が合わさって、貴公子のように見えたのだろう。まるでアイドルのような扱いを受ける。


「あんまり大きな声を出すな。馬が怖がるだろ!」


リーズフェルドは馬をポンポンと叩いて宥めながら周りに注意をした。馬が再び暴れなかったのは、近くにリーズフェルドがいたからに他ならない。


兎に角、ここにいたら女子生徒に囲まれて、馬が落ち着かない。そう判断したリーズフェルドはスタスタと歩いて馬から離れる。そこに――


「かっこよかったですよ、リーズフェルド様」


女子生徒達から少し離れたところにいたソフィアが、リーズフェルドに声をかけた。


「――ガァッ!!!???」


突然視界に入ったソフィアの笑顔に、リーズフェルドの喉から声にならない声が漏れた。しかも、ソフィアは『かっこいい』と言った。


女神のごとき神々しい笑顔に至福の言葉。その二つが合わさり、リーズフェルドの脳は完全にオーバーフローを起こした。


「リーズフェルド様……?」


一瞬でフリーズしたリーズフェルドに対して、ソフィアが不思議そうに首を傾げる。その仕草がまた可愛い。


「ッ!!??」


直視することができず、リーズフェルドが思いっきり首を回して視界からソフィアの姿を外し、そのまま馬のいる方へと戻って行った。


「……?」


リーズフェルドに声を掛けたら、変な動きをして戻って行ってしまった。ソフィアには何がどうなっているのか分からない。


周りの生徒もその光景を見つつも、戻ってきたリーズフェルドに賞賛の声をかけるのだった。



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