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死ぬまで殺意を忘れない



 真っ直ぐに突っ込み、唐竹割り。一匹目を斬った。

 並行して二枚の飛鱗を操り、二匹目および三匹目に衝突させ、胸部をすぱりと両断。


「ふふふっ」


 直近に滞空していた三匹を(またた)く間に切り捨て、シルティはご機嫌に笑った。

 シルティは羽毛(鳥類)を斬るのも毛皮(獣類)を斬るのも鱗や甲羅(爬虫類)を斬るのも(人類)を斬るのも大好きだが、節足動物や軟体動物の誇る硬い外骨格を斬るのももちろん大好きである。

 久々の外骨格は、斬りごたえのある心地の()い硬さだった。武具強化を充分に乗せなければ、シルティの刃は容易く弾かれてしまうだろう。

 とても楽しい。

 そしてなにより、満を持して使った飛鱗が見事に仕事を(こな)してくれた。

 とてもとても嬉しい。

 シルティの口元が緩んでしまうのも致し方なしといったところだ。


 愛する二鱗を自分の周囲に公転させながら、愛する〈紫月〉を構え直す。

 すると、鷲蜂たちの動きが変わった。

 残る分隊の四匹が一斉に後退し、シルティから距離を取って広く散開する。シルティを薄っぺらく包囲し、だが、襲ってこない。シルティが一歩踏み込むと、その分だけ離れる。明らかな時間稼ぎだ。シルティを手ごわいと見て、別の分隊の到着を待っているのだろう。

 情報通りならば、ここで残る四匹を全滅させてもすぐに次の分隊(おかわり)がやってくるはず。シルティは遠慮なく間合いを詰めることにした。

 地面を砕く勢いで踏み締め、全力の加速。瞬きの間に接近し、四匹目を〈紫月〉の一撃で左右に両断する。間髪入れず次の獲物へ。

 五匹目、胸部を翅ごと輪切りに。六匹目、ウエストの括れを飛鱗で分断。

 七匹目。刺突で頭部を貫き捕らえ、軽い血振(ちぶ)りを兼ねて〈紫月〉をひゅるんと回し、真っ二つに引き裂く。


(動きはちょっと(のろ)いけど……やっぱり、しっかり反応してくるなぁ)


 羽ばたきと重心の変化でわかる。シルティが踏み込んだ瞬間、彼らは明らかに後退しようとしていた。シルティの動きをしっかりと捉えているということだ。やはり虫の(たぐい)の動体視力と反射神経は素晴らしいものがある。

 だが悲しいかな、確固たる支点のない空中では鋭角な回避行動は難しい。ただでさえ鷲蜂は体重が重いのだ。鷲蜂たちの主観からすると、シルティの動きは認識できているのに回避できない、という状況だろう。


(なんか、ちっちゃい頃の私みたいだったな)


 彼らに強い親近感を抱き、シルティは口元をふわりと緩めた。

 今でこそシルティは他者に誇れるほどの速度と動きのキレを身に付けている。しかし当然ながら、戦いを学び始めた当初は今とは比べようもないほどに遅く、(にぶ)かった。故郷で自分より何倍も速い先達たちにボッコボコにされながら、燃え(たぎ)る負けん気と羨望をバネとして身体を虐め抜き、自らの性能を磨き育んできたのだ。

 緊張と集中によって引き伸ばされた時間感覚の中、見えているのに身体が間に合わない無力感と焦燥感はとてもよくわかる。


(さて。……すぐに他の蜂が寄ってくるって話だったけど)


 シルティは地面に落ちた七匹の分隊を改めて観察した。全て一太刀で両断したので、その数は十四個である。

 それぞれが(あし)をわきわきと動かし、大顎を開閉させ、腹部をむにょむにょと屈伸させていた。断面からは無色透明な血液が滲むように漏れ出している。

 虫の(たぐい)は鳥獣の類に比べてずっと死に(にく)い生物だ。こうして身体を真っ二つにしても即死することは稀で、分断された身体がそれぞれでしばらく動く。さらにはちょっとした判断能力まで備えているらしい。

 斬首したり胴体を輪切りにしたり、身体の正中線を完全に断ち斬ればさすがに魔法はまず使えなくなるが、胴体を断たれたとしても大顎や(あし)の筋力は大して落ちない上、かなり長期間に亘って体節ごとに生命力を生み出し続ける。当然、身体能力の増強や強化もなかなか消えない。

 仕留めたと思っていた個体が地面を這い摺り回って咬みついてきた。不意を突かれたため武具強化が疎かになっており、足を一本潰されてしまった。そういった失敗は、虫の魔物を狙う狩りではよくあることなのだ。


 そして、この手の失敗が特に頻発するのが、まさに蜂退治の際なのである。

 大抵の蜂の仲間は、完全に死ぬまで毒針を伸ばす機能を失わない。たとえ腹部のみの状態であっても触覚で敵を認識し、容赦なく、果敢に殺しにかかる。

 身体が千切れても潰れても、完全に死ぬまでは殺意を決して忘れない。まさしく戦士の鑑だ。

 超かっこいい。自分もそうありたい。

 シルティは真剣にそう思っている。


(どれどれ……)


 シルティは〈紫月〉の切っ先で、転がった腹部のひとつを慎重に弄り回してみた。

 (みね)で尻の先端に触れた瞬間、反りのある黒い毒針が勢いよく飛び出し、透明な毒液を飛び散らす。

 毒液の注入というより噴射と呼ぶべき豪快な迸りだ。


(うおわ。めっちゃ長い。これお腹の中にしまってたの? (すっご)……)


 鷲蜂の身体は頭頂部から尻の先端までが拳二つ分ほどだが、毒針の長さはその五分の二ほどもあった。シルティの〈玄耀〉の刃渡りよりも長い。仮に毒嚢(どくのう)ごと引き抜いたらそれだけでちょっとした武器になりそうだ。


(んん。ちょっと場所変えとこ)


 シルティは周囲に視線を走らせ、巣があると聞いていた方角と逆の方向、森の外へ移動することにした。

 襲ってくる蜂を漏れなくぶった斬るというシルティ流の駆除法では、斬れば斬るほど地面に大顎や毒針が散らばることになる。これらを踏み付けたらどうなるか。

 条件によってはシルティの半長靴(はんちょうか)を貫通できるかもしれない。もはや設置型の罠である。

 対多数を好むシルティといえど、地面に転がる数十から数百の罠の位置を全て記憶しながら戦うのはさすがに無理だ。囲まれないためにも、大顎や毒針を踏まないためにも、定期的な移動が必要になるだろう。

 あまり遠くに動いてしまうと鷲蜂が巣に戻ってしまうので、巣があると聞いている地点を中心とした円を描くように……と。

 ほんの七歩ほど進んだところで、シルティの耳が振動音を捉えた。

 目を向けるとそこには、こちらへ一直線に突進してくる鷲蜂が十二匹。早くも増援が到着したようだ。


「きたきた」


 シルティは嬉しそうに笑った。

 使い手の興奮に引っ張られて、浮遊する二枚の飛鱗がさらに回転数を増していく。



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