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美味しい超常金属



 翌朝。

 目が覚めたシルティは、いつものようにストレッチで身体を解してから寝癖を直し、鎧を身に付け、身嗜みを整えた。〈紫月〉と〈玄耀〉はいつもの位置に。〈冬眠胃袋〉は部屋に置いていく。

 本日の目的地は、精霊術の師匠である金鈴(きんれい)のマルリルの自宅である。

 事前に約束したわけではないので、訪ねても不在かもしれない。だが、それならそれで仕方がない。

 とにかく、居ても立ってもいられなくなってしまったのだ。


(早くお金を返さねば……)


 マルリルは授業のたびに朱璃(しゅり)を潤沢に用意し、その費用を立て替えてくれているが、これは非常に高価な物質である。

 昨夜、ベッドに入ってから眠るまでの間にこれまでの使用量からざっくりと費用を計算してみたところ、シルティはシンプルに青褪めてしまった。とてもではないが、へらへら笑っていられるような金額ではない。

 準備を終え、レヴィンを伴い正面広間(ロビー)へ向かう。


「あれっ、シルティ?」


 エキナセアはすぐにシルティに気付いた。


「あ。おはようございます、エキナセアさん」


 エキナセアは天峰銅(オリハルコン)の触手を操り、ぬるぬるとシルティに近寄ってくる。


「おはよう。いつの間に帰ってきてたの?」

「昨晩遅くに。なんとか帰ってこれました。削磨狐(みがきギツネ)、強かったです」

「そっかそっか。無事でよかったよ。何匹?」

「予定通り、六匹です」


 シルティは勤めて平静に答えた。

 つもりだったが。

 エキナセアはその声色になんらかの違和感を覚えたらしい。

 一瞬だけ怪訝な表情を浮かべ、そして悪戯っぽく目を細める。


「……もしかして、見た?」

「んえっ? いやっ……なに……いや……その……。んん……!」


 やってしまった。

 過敏に反応してしまった時点で認めたようなものだ。

 シルティは未熟な己を脳内でボコボコに殴りつつ、項垂れるように頷いた。


「……はい」

「見られちゃったかー」

「すみません、覗くつもりはなかったんですけど……」

「にひひ。こっちこそごめんね? まさかあの時間に帰って来るとは思ってなかったよ。油断してたなー」

「……ええと、お二人は、その、お付き合いを?」

「うん。ネオリくん、二人っきりだとかわいーんだ」


 シルティをからかっているのか、あるいは照れ隠しなのか、身体と触手を大袈裟にくねらせながら全力で惚気(のろけ)るエキナセア。


「……そっすか。いいですね」


 シルティは曖昧に愛想笑いを返した。

 思考および嗜好が、刃物と斬り合いという二つに大きく傾倒しているシルティにとって、まだ恋愛は理解の及ばぬ遠い世界の出来事である。


「みんなには内緒にしててね? ちょっと恥ずかしいし」

「はい。……といっても、ラウレイリスさん以外とはほとんど会わないですけど」

「狩猟者は留守がちだからね。ネオリくんは私に会いたいからって、近場で狩りしてるけど。にひひ」

「そっすか。いいですね」


 エキナセアの言うみんなとは、現在『頬擦亭』の部屋を長期で取っている宿泊者たちのことである。

 シルティのほかに三名。

 紅狼を相棒とする岑人(フロレス)、ネオリ・ラウレイリス。水蝙蝠(みずコウモリ)を相棒とする鉱人(ドワーフ)、ヴェルグール。そして、五匹の隠栗鼠(かくしリス)の一家を相棒とする嚼人(グラトン)、ロイド・ケンプ。全員が男性の狩猟者である。

 残念なことに、シルティはまだ全員との顔合わせが済んでいなかった。

 シルティがこの『頬擦亭』の部屋を取ってから既に二か月と少しが経過しているが、部屋で眠ったのは二十日ほどしかない。シルティ以外の三名も、程度の差はあれど似たり寄ったりの状況である。狩猟者はどうしても不在期間が長くなるものなのだ。


 エキナセアの言葉通り、ネオリは港湾都市アルベニセの近場で狩りをすることが多いらしく、『頬擦亭』で過ごす時間が長い。シルティは『頬擦亭』に部屋を取ったその日に顔を合わせることができた。

 鉱人(ドワーフ)のヴェルグールもちょうど良くタイミングが合ったため、二度目の霊覚器構築の最中に挨拶することができた。

 しかしロイドは、狩猟者に加えて行商人も兼任するような生活を送っているため特に不在が長く、まだ会ったことがなかった。

 シルティはロイドの朋獣の隠栗鼠(かくしリス)たちにとても興味があるため、できれば一度くらい会っておきたいのだが……こればかりはどうしようもない。


「とりあえず、これ。赤罅山の林檎ジャム、お土産です」

「おっ! いいの? あの辺りの林檎、美味しいんだよね。ありがと!」


 瓶詰のジャムを差し出すと、エキナセアは天峰銅(オリハルコン)の触手を伸ばし、包み込むように柔らかく受け取った。


(うおぅ……)


 シルティはごくりと生唾を飲み込む。


(……このジャムより、絶対に触手(こっち)の方が美味しいな……)


 天峰銅(オリハルコン)は、嚼人(グラトン)にとって物凄く美味しい飲み物である。

 エキナセアはけらけらと笑いながら、触手を一本伸ばし、シルティの口元へ添えた。


「んえっ……」

「ちょっと飲む?」

「い、いいんですか!?」


 岑人(フロレス)は滅多な事では天峰銅(オリハルコン)を他者に分け与えない。天峰銅(オリハルコン)の生産性が物凄く低いからだ。

 彼らがその身に宿す魔法『峰銅湧出(あかがねゆうしゅつ)』は、体表から超常金属天峰銅(オリハルコン)を汗のように少量ずつ分泌することができる。しかしながら、これは本当に僅かずつでしかない。一か月間毎日勤勉に魔法を行使しても、分泌できるのはせいぜい鶏卵一つ分ほどの体積だという。

 一度失ってしまうと、補充するのにとても時間がかかるのだ。

 天峰銅(オリハルコン)を失えば、矮躯で非力な彼らは日常生活にすら難儀する。ゆえに、余剰となった天峰銅(オリハルコン)も大切に保管しておき、いざと言う時のために蓄えておくのが普通だった。

 だがエキナセアは、その貴重な天峰銅(オリハルコン)をシルティに分け与えると言っているのだ。


「……ほら。きみなら、いいよ?」


 囁くような声と共に、シルティの口元へと差し出された触手の先端が、握り拳ほどの大きさの(たま)を作った。

 かなりの量である。

 こんなに飲んでいいのか。

 シルティは再びごくりと生唾を飲み込んだ。


「で、でも」

「ネオリくんとのこと。口止め料ね」

「いやその、こんな、貰わなくても、もちろん黙ってますけど、いやでもそうですね遠慮なくいただきますッ!!」


 もちろんシルティは我慢できなかった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] よく考えるとグラトンて金属でも何でも食ってウ○コもせず全てをエネルギーに変換するんだよね もしかしてコイツら増え続けるとそのうち世界から物質がだんだん減って行くのではないだろうか……
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