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蕩ける女衛兵



 その日、レヴィンは固まった。

 シルティ以外の人類種を初めて見たからだ。


 その日、ルビアも固まった。

 最近できた年下の友人が、都市の外で育てているという紅狼の仔を見に来たら、似ても似つかない、黄金色で(まだら)模様の動物が目の前に現れたからだ。


 ただ一人、シルティだけが悪戯が成功した子供のように、にまにまと邪悪に笑っている。


「……なあおい、あの仔、多尾猫(たびネコ)……いや、まさか、もしかして……琥珀豹(こはくヒョウ)?」

「琥珀豹ですなぁ」

紅狼(くれないオオカミ)って言ってなかった?」

「言ってないよ? 紅狼の仔を拾ったのかって聞かれて、そんなところですとは言った」

「……このやろ」

「いやだって、あの時のルビちゃん、すごい(とろ)けた顔して紅狼のかっこよさを語ってたから、なんか否定しにくくて」

「このやろぉ……」

「キヒヒ」

「このやろォ……ッ!」

「いやでも、ほら、紅狼もかっこいいけど、琥珀豹もめっちゃかっこいいでしょ?」

「かっこいいけどよ!」


 ルビアが頬をほんのり染めつつ、シルティにズビシと手刀を打ち込んだ。

 シルティは甘んじておでこで受けた。




「降りておいで、レヴィン。大丈夫だよ」


 シルティが木の下で腕を広げて促すと、レヴィンは恐る恐るといった様子で飛び降り、シルティの胸に着地した。

 体重こそ、シルティの筋力からすればまだ軽いものだが、この一か月でレヴィンはますます大きくなっている。シルティの腕では物理的に長さが不足し始めており、抱え込むのもそろそろぎりぎりといった状況だ。

 手狭になったシルティの腕の中から、レヴィンは強い警戒の視線をルビアに向ける。

 ルビアはシルティたちから少し距離を置きつつ、レヴィンをじっくりと観察した。その目は好奇と興奮で爛々と輝いている。


「生きてる琥珀豹を見れる日が来るとは思わなかった……。でっかい猫にしか見えないけど、さすがに(あし)は太いな! ……生まれてどんくらい?」

「正確にはわかんないんだよねー。多分、五か月前後かな? 半年まではいってないと思う」

「半年でこのでかさかぁ。まだまだでっかくなるんだなぁ。……近くに行ってもだいじょぶか?」

「大丈夫だと思うけど、私以外の人に会うの、初めてだからなー」


 シルティがレヴィンの頭を撫でながら声をかける。


「あの人は私とレヴィンの味方。レヴィンと仲良くしたいんだって」

「私はルビア。よろしくな、レヴィンくん……いや、レヴィンちゃんか?」

「あー。今のところ、おちんちんみたいなのは見えないから、多分メスかなーって思ってるんだけど……。でも私、琥珀豹のおちんちんとか見たことないから、確実とは言えない……」

「それ見たことある奴いんのか……?」

「多分、猫と近いんだろうなーとは思うんだけどねぇ」


 談笑する二人を余所に、レヴィンは首を短く(すく)めて固まってしまった。


「大丈夫。あのお姉ちゃんはいいお姉ちゃんだから。安全だよ」


 シルティが苦笑しながら、安全を保証する。

 普段、シルティが『安全』と言えば途端に気を抜いて(くつろ)ぎ始めるレヴィンだ。もう安全という単語は充分に理解できるはず、なのだが。

 今のレヴィンは無言のまま、まるで時が止まったかのように硬直して、僅かな身じろぎすらしない。耳介はぺたりと寝かせられ、背中の毛どころか尻尾の毛までがっつり逆立てている。いつもより太さが三割増しになった尻尾を、シルティの腕に巻き付けてきゅっと引き寄せていた。

 ビビりまくりである。

 一応、逃げようとはしていないので、レヴィンも頭では安全な状況だと認識していると思われるが……見知らぬ相手が至近距離にいる環境では気を緩めるつもりはないらしい。

 最近では、蒼猩猩に強襲された直後に欠伸をぶちかますような図太さを身に付けてきたレヴィンなのだが、人見知りの解消にはまた別種の図太さが必要になるということだろう。


 シルティはレヴィンを抱いたままルビアに近寄った。

 距離が縮まるにつれて、レヴィンはますます首を短く(すく)め、ぐぶぶぶぶ、と極々小さい音量で唸り声を上げ始める。だが、シルティは歩みを止めない。

 ()と触れ合える距離とは、蛮族的に表現すれば、殺すか殺されるかの距離だ。

 もちろん、蛮族(シルティ)に育てられたレヴィンにとっても。


「撫でてあげて?」

「ん……よろしく、レヴィン」


 ルビアがゆっくりと手を伸ばす。

 レヴィンがビクリと身体を跳ねさせる。

 それを見たルビアは思わず手を止めたが、結局はそのまま手を伸ばし、レヴィンの喉の下を指の背中で優しくすりすりと(くすぐ)った。


「お。おお。ふわふわしてる……」

「まだまだ赤ちゃんだからねぇ。私、この仔の母親のこと撫で回したことあるんだけど、あっちは結構ごわごわしてたよ」

「あー。猫とかも赤ちゃんの頃は毛も細いしなぁ……」


 感激するルビアとは対照的に、レヴィンの目は釣り上がり、不機嫌かつ怯えている様子だ。しかし、牙も爪も出してはいない。保護者(シルティ)の腕の中という状況もあってか、ルビアからの接触を必死に我慢しているらしい。

 かなりストレスを感じているようだ。しかし、朋獣認定試験のためにも、シルティ以外の人類種には馴れさせておく必要がある。

 シルティは心を鬼にして、レヴィンの胸を指先でわしゃわしゃと擽りながら、ルビアとのスキンシップを継続させた。


「レヴィン、撫でられるのは好きだからさ。もうちょっと撫でてあげて」

「うん」


 ルビアの控えめな愛撫が続けられる。

 すりすり。

 すりすり。

 すりすり……。


「……やーん」

「!?」


 突如として(とろ)けきった声を上げたルビアに、シルティが目を見開く。


「ちょーかわいー……」


 西門の誇る女衛兵、ルビア・エンゲレン。

 都市内にはファンも多数存在する彼女だが、普段の凛々しい姿はどこへやら。

 近年でも稀に見るめろめろ具合であった。



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