アンリお兄様は度を超えた心配性
「フルール!また城を抜け出したね!?今回ばかりは許さないよ!」
そう言って私に雷を落とす(物理)のはアンリお兄様。アンリお兄様は王妃陛下の産んだ第一王子でこの国の王太子様。私は側妃である母の連れ子で、本来ならお城には上がれるはずのないただの平民。そもそもこの国の者ではない。踊り子の母が国王陛下に見初められた時、私を迎え入れないなら嫁がないと拒否したから嫌々引き取られた。
国王陛下からはなんのアクションもないけれど、母が優しいし王妃陛下が色々なやっかみから守ってくれるし、なによりアンリお兄様が可愛がってくれるから私は幸せだ。
でも、アンリお兄様は今回みたいに何か悪いことをすると雷魔法を打ち込んでくる。私と雷魔法の親和性が高いから、ほぼほぼ無傷だけどぴりっと痛いからやめてほしい。
「だって」
「だって?なに?」
「大人になったらこのお城を離れなきゃいけないのよ。平民としての生き方を取り戻さなきゃ」
一応、王城では側妃の連れ子として丁重に扱われてはいる。その分、この贅沢で人の上に立つような生活に慣れては平民に戻った時に生きていけないのだ。
「フルールがそんなことを心配する必要はないよ。全部僕に任せて、僕の側にいておくれ」
アンリお兄様は、時々なんだか不思議な瞳を向けてくる。いつものアンリお兄様の瞳は綺麗な青色なのに、夜の空のような暗い青にキラキラした星の散ったような不思議な瞳。そう、たしか母が初めて国王陛下に会った時も国王陛下は…いや今国王陛下が母と過ごしている時も…?
「アンリ」
「母上」
王妃陛下が迎えに来てくれた。王妃陛下とは、何故か定期的なお茶会がある。あと、色々勉強を出来るように手配もしてくださったので今の私は外面だけはちゃんと王女様だ。偽物だけど。
「フルールはまだ幼いのです。十五歳の夢見る少女に王家の瞳を向けるものではありません。それでなくてもフルールは、逃げる選択肢すら持てないのですから」
「…鬼婆め」
「おほほほほほ。何か言ったかしらね、愚息?」
王妃陛下はアンリお兄様に結構容赦無い。でも、そういう王妃陛下が大好きだ。
「母上には運命の番がわからないからそう言えるのですよ」
「側妃であるフローラを見ていても、番になったから絶対幸せとは思えないけれど?」
「それは番だからと無理矢理側妃に召し上げたからです。僕はフルールを大切にします」
アンリお兄様はそう言うと、私をぎゅっと抱きしめた。さっきから番ってなんだろう。
「あらそう。…番なんてもの、相手も感じられなければ意味がないと思うけれど」
「母上」
「聞かなかったことにして頂戴」
王妃陛下は私と手を繋いでお茶会に行く。私がアンリお兄様に手を振ると、アンリお兄様は手を振り返してくれた。
ー…
「今のフルールのお勉強の進みから見て、フルールが王家の運命の番について学ぶまでおそらくあと三年。三年手を出さないとか地獄だなぁ…」
それでも、とアンリは思う。可愛いフルール。会った時に衝撃を受けた。目の奥が熱くなって、頭に血がのぼるあの感じ。もう、手放すことは出来ない。
「神が王家にこの国を統治させるに当たって、ご褒美として必ず運命の番を存在させるって神話になってはいるけれど。本来の目的はどこにあるんだか」
だって、父の番は異国の踊り子だった。もしかしたら、出会えなかった可能性もある。
「でも、お陰で僕の番まで見つかった。助かったよ」
だから、可哀想で可愛そうだけど。
「フルール。君はもう、僕だけのものだ」
これから先、君には心ときめくような恋は訪れない。代わりに、僕の愛情を全て注いであげよう。他の男など目に入らないように。他の恋など興味を持たないように。
そうして僕は今日も、こっそりとフルールが買ってきた恋愛小説をフルールの部屋から処分するのだ。