行方不明少女の救出
ルークは廊下を走っていなくなった子供を探していた。アリス達とは分かれて探した方が効率がいいと思ったからだ。
しかし一向に見つからない。屋上も確認してみたが少女はいなかった。
周りを見ることに集中していたルークは前から走ってくる生徒に気がつかなかった。曲がり角から突然誰かが飛び出してきてルークにぶつかったのだ。
ぶつかってきた人物はその反動で廊下に倒れ込んだ。
「痛てぇ!! きちんと前みろよ!!」
廊下に倒れ込みながらも文句を言って見せたのは小等部の生徒だった。青色の制服に身を包んでいる。ここは高校の校舎のはずだが、なぜか小等部の生徒がいる。
ルークは倒れた少年に手を伸ばす。
「すみません。 急いでいたものですからーー。 大丈夫ですか?」
「こんぐらいで怪我するわけねぇだろ!!」
少年は差し伸ばしたルークの手を乱暴に振り払い、自力で立ち上がった。粗暴な態度とは裏腹に女の子と間違えるような端正な顔立ちをしていた。
肩まで届くほどのピンクの髪に、空のように綺麗な水色の目。しかし少年の目には敵意が浮かんでいる。
「そこどけよ!! 俺、急いでんだよ!!」
立ち去ろうとする少年の手をルークは軽く引っ張る。少年はぎらつく目でルークを見据える。
「なんだよ」
「小等部の生徒が高校の校舎に入ることは禁じられていますよ。 きちんと理由を説明してください」
「理由? なんて見りゃ分かるだろ? 行方不明の子供を探してるんだよ」
横暴な少年が言った言葉はルークの予想を裏切るものだった。
ーー意外にいい奴なのかも。
「そのガキを見つけたら俺の手柄にするんだよ。 それでポイントをもらうんだ!!」
その言葉にルークはさっきの思いを頭から締め出す。この少年は自身の利益のために子供を探しているのだ。ポイントというのはこの学校のシステムだ。
学校で成績・スポーツなどで良好な結果を残すことや、福祉・ボランティアに尽くすことによりそのポイントは扶助される。
入学した時には0ポイントだが、その後の活躍でポイントが増せる。100ポイントまでいくと生徒は学校で高待遇を得られるようになる。
具体的には外に出ることが可能になったり、食堂で無料でご飯が食べられるそうだ。他にも色々あるが、長くなるので割愛。
「ちなみに君は何ポイントなんですか?」
「このアポロ様がありふれたポイントな訳がないだろ! マイナス10000ポイントだ!!」
「ーー、ありふれてはいないですね。 悪い意味で……」
ーーむしろどうしたらそんなポイントを減点されるのか知りたいぐらいだ。
口調や態度といい、この少年はかなりの問題児のように思える。
「でも流石の俺でもこれ以上マイナスポイントを取ったら、学習室に入れられちまうからな。 だから邪魔するんじゃねぇぞ!!」
最初から妨害などしていないが、少年アポロはルークに暴言を吐き捨てると、廊下の踊り場の方に走り出そうとする。
(……ど……こ……)
その時にルークの耳に飛び込んできた声は小さな子供の声だ。掠れて聞こえるので、かなり遠くにいることが分かる。この聞こえ方からして聞こえたのは上の方だ。
ここら辺で上の位置といえば南校舎の屋上ぐらいしかない。判断するとルークはアポロを呼び止める。
「待て!!」
「あん? まだ用があんのか!?」
呼び止められたアポロはかなり不機嫌だ。もっとも彼の態度を見ているとこれがいつも通りの反応なのかもしれない。
「上から声が聞こえたんです。 ちょうどあの辺から……」
ルークは南校舎の屋上を指さす。それを聞いたアポロは訝しげだ。無理もない。彼には聞こえなかったのだろう。ルークでさえ聞き取るのがやっとのほどの声の音量だった。
アポロはルークに疑問をぶつける。
「俺には何も聞こえなかったぞ!!」
「僕は耳がいいんですよ。 こないだのこともあるでしょう? 早くいかないと手遅れになってしまうかもしれません」
こないだのことというのはアースの言っていた屋上の事件のことだ。恐らくこの学園ではかなりの大事件だったはず。そんな大事件を知らないはずがない。
「ちっ、よし!! 俺が救出しにいくぞ!!」
ルークの予想とは裏腹にアポロはノリノリだ。余程ポイントを稼ぐことに必死になっているのだろう。ルークはアポロのうしろを走ってついていく。
ーー追い抜かせるが、ここら辺の地形はまだ把握していからアポロについて行った方がいいだろう。
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ルーク達は屋上の入り口までやってきていた。予想通り閉鎖されているはずの屋上のドアは空いている。
幼い子供が開けることは力量的に不可能だ。ルークは屋上のドアの向こうに走っていく。
子供の声はここら辺から聞こえたはずだ。いきなり走り出したルークを見てアポロは叫ぶ。
「おい!! 抜け駆けすんなよ!!」
ーーいた!!
「待て!!」
見たところまだ4〜5歳くらいに見える女の子だ。水色の髪のロング。別れ際アリスから聞いた特徴も一致している。少女はルークの声に止まる様子もなく屋上の塀に向かって歩いていく。
無視をしているわけではない。聞こえていないみたいだ。ルークは左足で思い切り地面を蹴って駆け出す。
ーー間に合わない。
少女はもう屋上の塀を乗り越えた瞬間、重力に逆らえず少女は落下していく。
ーー死なせない!!
ルークは少女が飛び降りた場所に駆け寄ると、そこから飛び降りた。頭を下にし、垂直に落ちる。こうすればルークの方が落ちるスピードが速くなり、先に落ちた少女に追いつけることができるはずだ。
予想通りルークは落下する少女に追いつき、少女を片手で抱き寄せた。
ルークは少女を抱いたままま、足のつま先を壁の側面の出張っているところにかける。そのまま壁を上手に伝ってルークは段々と下に降りていく。
これはスパイ学校で習ったパルクールの技の一つだ。やがてルークの足は地面につき、怪我もなく無事に降りることに成功する。その瞬間その光景を息を呑みながら見つめていた生徒から歓喜の声があがる。
「かっけぞーー!! あんちゃん!!」
「さっきの技、どうやったの!?」
「あんたはヒーローだ!!」
ルークは腕の中にいた少女を地面に下ろす。そして優しく声をかける。
「大丈夫ですか? 怪我とかしてないですか?」
「う、うん。 大丈夫」
少女はおどおどしながらもきちんとルークに受け答えをした。とりあえずは大丈夫そうだろう。直接の話は落ち着いてから聞いた方がよさそうだ。
ルークが少女を職員室に連れて行こうとすると、途端に後ろから声がかかる。
「本校の生徒を助けていただき礼を言おう。 ひとまずその少女は私たちで預かることにしよう」
ルークの背後にいるのは青髪に水色の目をした男子生徒だった。メガネをかけており、制服もビシッと着こなしている。真面目な男子高校生といった感じだ。
ーーこの男子生徒は生徒会長であるラルハ=ピッターだったはずだ。
「お気になさらず。 ほら、あの人についていくんですよ」
ルークは少女を誘導しようとするが、少女はなかなか手を離さない。ルークの手を強く握りしめている。
しばらく経つと少女は名残惜しそうにルークの手を離しルークを見つめる。
「あの、ありがとう……」
「どういたしまして」
少女はお礼を告げると、生徒会長に連れられていった。
ルークは少女を助けることが出来た事に、ささやかな喜びを感じていた。