2クラスでの交流
ルークは目に写ったものが信じられず、何度も校長とアリスを交互に見てしまう。目の前で人が宙浮いたら驚くのも無理がないことだ。
しかし何故だか周りの生徒たちはそこまで騒いではいない。逆に笑っているものが多く、混乱に至るほどではない。ルークはすぐさま顔に出そうになった感情を封じ込める。
ーースパイたるもの感情を表情に出してはいけない。
校長の頭が天井まであと数センチというところで、突然彼の体はそこから消えていた。その瞬間ルークの右目の端に何かが現れる。ルークはギョッとして慌ててそちらに顔を向ける。そこには、先ほどまで宙に浮いていた校長がいたのだ。
ルークはあまりのことに目を凝らしてもう一度凝視する。見間違えではない。やはりそこには、怒りで、物凄い形相をしている校長がアリスの前に立っていた。
「校長室について来なさい!!」
校長は顔を真っ赤にして怒ると、アリスに呼びかける。アリスは肩をすくめた。
「これで、やっとこの退屈な入学式から解放されるわ」
アリスは悪びれる様子もなくそう言い残し校長の後についていった。入学式はその騒動のあとすぐに終了し、新入生たちは新しいクラスに移動するよう校内放送が流れていた。
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ルークは教室の窓側の一番後ろの席に座っていた。なかなかいい席だ。ここなら誰にも背後をとられることはない。窓も近いことから、逃走経路も確保できる。
ルークは周りの人たちを見渡す。学園の付属の中等部から上がってきた生徒が多いようで新入生は少ないようだ。
最初は静かだったが、辺りからちらほらと会話が聞こえてくる。自己紹介などを行なっているらしい。ルークはそれに参加する気にはなれなかった。
今考えるべきことは何故校長が浮いたかだ。状況から察するにあれはアリスの犯行なのだろう。そして、突然校長がアリスの前に現れた。これもアリスの仕業なのだろうか。
では、どのようなトリックを使ったのだろう。ルークも手品はいくつか嗜むが、あのような高度なトリックは初めてだ。そしてあのいきなり移動した校長は何者なのか?
このルークでさえ、トリックの仕組みが理解できなかった。それに集中力を注ぎ込んでいたため、うしろから人がやってきたことに気づかなかった。
「やぁ、君の名前も聞いていいかな?」
ルークは一瞬驚きに飲まれる。この少年は何の気配もなく背後から声を掛けてきたのだ。
ーー足音がなかった。いや、考えすぎだ。考えごとに集中していたからだ。
話しかけてきた少年はオレンジがかった茶色の髪を短く切り揃えていた。穏やかな青色の目にその髪型は合っていない。左耳に銀色のチェーンピアスもつけており、不良に憧れた男子高校生といった感じだ。
「僕の名前はルーク=ウィリアムズです。 よろしく」
「うん、よろしく。 俺はアース=リード」
アースは愛想良く笑いながらも自身の自己紹介を済ます。人懐っこいそうな少年だ。男女両方に人気が出そうな柔らかい物腰である。
「君、入学式の時にあの金髪の子と一緒にいた子だよね? あの子凄かったよね。 君の友達?」
ルークはそのセリフを聞いて複雑な気分になった。アリスと話していたことでルークまで目立ってしまったらしい。スパイたるもの目立ってはならない。
初日でこれだけ目立っていたらのちの、スパイ活動に支障がでてくるかもしれない。ルークは首を振る。
「いや、友達ではないよ」
「そうなんだ。 ねぇ、良かったらさ……」
「にぃ、いつまでそんな子と喋ってるの? もっと私に構ってよ!!」
なにかを言いかけたアースの腕に飛びついてきたのは、アースに瓜二つの容姿をもつ少女だ。アースと同じ髪色の目の色をしている。肩まで届く髪は顔のすぐ左側だけ細く三つ編みに結んでいる。腰には上着を巻いており、濃いめの化粧にネイルにピアスと典型的なギャルといった感じだ。
何より目は悪戯ぽく輝いており、わがままそうな雰囲気が全身に溢れている。そのそっくりな外見と先程の呼び方を考慮すれば……。
「双子の妹?」
「大正解。 俺たち双子なんだ」
ルークの答えにアースは指を鳴らして正解を伝える。兄妹仲はとても良好なようで、アースはベッタリとくっつく妹を突き放そうともしない。
高校生でここまで仲がいい兄妹は珍しい。双子だからこそ普通の兄妹よりも絆が強いのかもしれない。
「にぃ、あっちで二人で話そうよ〜」
「だめだよ。 ほら、お前も名乗らなくちゃ!!」
妹は兄にせかされると仕方なく兄から手を離し、ルークの席の前にやってくる。不機嫌そうだ。彼女にルークははなにもしていないのだが、嫌われてしまったのかもしれない。
「私、リオン……。 ほら、早く行こうよ」
リオンは自分の名前を簡潔に伝えると、兄の手を掴みアースを自席へと引きずっていく。妹に振り回されるアースはルークに申し訳なさそうに謝る。
「ごめん。 また休み時間に話そうよ」
「はい、構いませんよ」
ルークが誘いを受けると、アースは満足そうに微笑み妹についていった。
ルークは時計を見る。今の時刻は午前10時だ。入学式が終わったのは9時30分だったので、30分間の間ルークたちは教室に放置されていることになる。
恐らくだが、入学式に奇行に及んだアリスに先生たちも時間を取られているのだろう。先程のトリックはどう頭を捻っても分からなかった。
詳しいことは彼女に直接聞いた方がいいだろう。ルークは思考を一旦停止にすると、机の上に置かれていた入学のしおりを見てみる。
パラパラとめくって見るが、特に大した情報は書かれていない。新しく知った情報といえば部活動が強制であるということぐらいだ。
出来るだけ仕事に支障がでない楽な部を選んだ方がいいだろう。そう思いながら、部活動紹介の欄に目を通そうとすると……。
「おーい、静かにしろ!! ホームルームを始めるぞ」
ルークは入学のしおりを閉じると机に静かに置く。担任のブラウン先生が問題児であるアリスを連れて教室に戻ってきたのだ。
アリスはかなり叱られたはずなのに全く反省した様子が見られない。
「アリス、早く席に着け」
「了解しました」
アリスは元気よく返事をするとルークの右隣の席に座る。
ーーずっと隣の席が空いているのは欠席者がいるだけだと思いたかった。よりによってここかよ。
「あら、ルーク。 奇遇ね」
「はい、そうですね」
ルークは苦笑いをしてアリスに同意する。アリスはなんら気分を害さず、ルークの隣の席に腰を下ろす。ブラウン先生はアリスが座ったのを確認すると、教卓から話し始める。
「さて、君たちは先程めでたく我が校の一員となった。 今後ともその自覚を持ってしっかりと前に進むように……」
ブラウン先生はぎらつく目で自分が受け持つ生徒を見据える。初日から厳しくしているが、アリスみたいなのがいるかもしれないクラスにはこれぐらいの牽制がちょうどいいのだろう。
ルークたちが所属するのは一年一組。クラスメイトは二十人と割と少なめだが、少ない方がなにかと仕事に有利だ。
クラス数の数は学年ごとに違うが、ルークの学年のクラス数は二つだ。理由は分からないがこの学年は極端に人数が少ない。
ルークは先生の話に耳を傾けながらも、窓の外に目をやる。少し遠くのビルから青と赤の光の点滅が見える。
ーーモールス信号だ。
「ニ・ン・ム・ノ・セ・イ・ヒ・ヲ・ツ・タ・エ・ロ」
ルークは手につけている腕時計のライト機能をいじり、その光に対しての返答を同じ方法で行う。
「リョ・ウ・コ・ウ」
今のところ調査の状況は非常にうまく進んでいる。多少入学式では不都合があったが、それは大した打撃にはならない。ルークはモールス信号に意識を集中させる。
ルークがモールス信号を行っている姿を教室の隅から見つめる人物がいたことにルークはきづかなかった。