入学式での出逢い
ルークは校長の話に耳を傾けながらも、その退屈さにため息をつく。もうかれこれ1時間ほど話が続いており、ルーク周辺の生徒達は居眠りをしだしている人までいる始末だ。
先生方も注意をしようともしない。どうも、放任主義の学校のようだ。
この学園は海に囲まれた自然豊かな孤島に建っている。幼稚園から大学までの一貫校であり入学したら、学園内にある寮での生活を大学を卒業するまでしなければならない。つまり、その間は家に帰ることが出来ないのだ。
子供の両親に限り一ヶ月に一度の面会が許可されている。だだし、そこには必ず職員が同席する。また、この世界における通信手段である公衆電話と郵便ポストも設置されていない。
そのため、学園内の出来事は外部に漏れることがなく謎に包まれている。
また、この学園では不可解な死亡事故が頻発しているとのことだ。その原因を探るためルークは潜入捜査をすることになった。しかし、ルーク個人の目的は鉤爪のある男の情報を掴むことである。
ーーこの学園の潜入捜査は何が起きても失敗できない。『銀色の閃光』の名にかけてこの任務を遂行しなくてはならない。
『銀色の閃光』とはルークのスパイネームである。
「ええーー、貴殿たちは本校の難しい試験を突破した才能ある若者たちでありーー」
ーー嘘つけ。
ルークはこの学園の入学テストを思い出した。簡単すぎてもはや罠を疑うレベルだった。数学の試験問題には九九の穴埋め問題が出題され、英語の試験問題に至ってはアルファベットをAからZまで順番にあげよ。との問題まである始末である。
この学園の偏差値は公表されていないが、絶望的数値であることは間違いないだろう。だだ、この学園の入学試験を受けるには紹介状がないと受けることができない。誰でも希望すれば受けられるわけではないのだ。ルークは幸い政府が用意してくれた紹介状のおかげで試験を受けることができたのだ。
(ねぇ、ねぇったら……)
思考中のルークのブレザーの裾をツンツンと引っ張り、小声で話しかけてきたのは隣で座っていた少女だ。胸元に赤と銀色のチェック柄のリボンをつけて、紺色のブレザーに赤と銀色のチェック柄の短めのスカートをはいている。この学園の制服である。
彼女は、白い陶器のような肌に、まるで純金を溶かしたような煌びやかでサラサラの金髪が腰のあたりまである。そして、愛くるしい桃色の大きな瞳をパチパチさせてルークの瞳を真っ直ぐに見ていた。その端正な顔立ちにルークは内心ドキッとした。
しかしルークは頭を軽く振りすぐに落ち着きを取り戻す。任務中は常に冷静で、感情的になってはいけないのだ。ルークは彼女の見た目で彼女の名前を思い出す。
ここに来る前に上官に高等部の生徒の名前と顔写真を見せてもらっていた。
確か同じクラスのーー、
「君はアリス=ミラーでしたっけ?」
「そうだけど……なんで知ってるの?」
ルークの発言にアリスは不思議そうな顔をする。いきなり初対面の人に名前を当てられたら、誰だってそんな顔をするだろう。
「別に深い意味はないですよ。 先程、他の生徒から名前を聞かれているのを偶然拝見しまして、記憶の片隅に残っていただけです」
アリスはかなり可愛い容姿なだけに、人一倍周りの目を引く。ルークは入学式に出席する前にクラス振り分けの書かれた紙を校門付近の掲示板へ見に行っていた。
ちょうどその時、彼女が女子生徒に名前を尋ねられているのが目に入ったのだ。
「へぇ〜、そうだったんだ。 あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
アリスは入学式の最中にも関わらず、ひっきりなしに話しかけてくる。ちらっと職員達を見るが、こちらを気にしている様子もない。
もしくは気づいているのに放っておいているだけかもしれないがーー。
友好的に話しかけてくる彼女にぞんざいな対応はできない。
「僕の名前はルーク=ウィリアムズと言います。 どうぞよろしくお願いします。 ーーアリスさん」
この調査はルークの予想だと長引くことになるだろう。調査をスムーズに進めるためにも、同級生との関係は良好でありたい。
仕事とプライベートを使い分けるため、ルークは仕事では敬語を使うようにしている。
「アリスって呼び捨てでいいわよ。 私とあなたは同い年なんだから……」
「では、アリスと呼ばさせていただきます。 して、なんの用ですか?」
自己紹介などルークにとってはどうもいいことだ。既にルークはここにいる全員の名前と顔を記憶しているし、自身の名前を覚えてほしいとも思わない。
彼女に友好的な笑みを浮かべながらも、ルークは内心不満であった。
「ここって色々な能力を持つ人間が集まっているんでしょ? あなたはなんの能力に優れているの?」
ーー能力?
ルークはその言葉にハッとする。確か学園から送られてきた招待状に『おめでとう、あなたの能力は認められた。 この学園の入学試験を受けることを許可する』と書かれていた。あなたの能力とは何のことであろうとその時思ったが深く考えもしなかった。だが、今彼女は『能力を持つ人間が集まっている』と言った。この言葉の意味は何を意味しているのだろうか。
能力とは、単純に自身の優れている能力ということなのだろうか。彼女の質問の答えにルークは人より優れた能力や特技を答えればいいのだろうか?
それなら、ルークは誰にも負けることがない自信がある特技がある。この能力を認められて、この仕事を任されたと言っても過言ではない。
「僕の能力はーー、耳がいいことですかね」
「耳? なんだか、地味な能力ね……」
彼女は落胆した表情をみせ、ため息をついた。この回答はアリスのお気に召すものではなかったらしい。もっと派手な能力を期待していたのだろうが、それがルークの特技なのだからしょうがない。
ルークは生まれつき一般の人より聴覚が異常にすぐれている。人間が聞き取れる周波数はおよそ20Hzから20000Hzといわれているが、ルークはおよそ30Hzから65000Hz聞きとることができるのだ。これは動物に例えると猫とほぼ同じ聴力である。
「分かったわ。 教えてくれてありがとう。 お礼に私の能力も見せてあげるね」
アリスは椅子から立ち上がると、白くスラリとした両手を高く掲げる。いきなりなにをしたいのかは分からないが、アリスのこの突破な行動に流石の職員達も目を大きく開き瞬きすることすら忘れ食い入るように見る。
生徒たちも一斉に彼女に視線を送り、長々と喋っていた校長も口を閉じ彼女を凝視する。
「こら!! アリス=ミラー、なにをやっている!!席に座りなさい。」
その沈黙を破ったのは、ルーク達の担任であるルフォート=ブラウン先生だ。
七三分けの黒髪に、目が開いているかも分からない程の細い黒目に整ったスーツ姿。おまけに黒縁の丸眼鏡をかけている。
この先生の情報も身長、体重、好きなもの、家族情報、について既に把握済みだ。
ルークの記憶だと新任2年目で、学園での権力はさほど強くない。調査の役には立たないだろう。
ブラウン先生の制止にアリスは一向に座る気配を見せない。
ーー初日からやばい奴に話をかけられてしまったかもしれない。こいつとは関わらないほうがいいかも。
ルークがそう思った瞬間、校長の体が空中に浮き始めたのだ。一メートル……二メートル……加速しなが校長の体は上昇を続ける。みるみるうちに校長の顔が青ざめていった。