半年前(子爵)
消しゴム拾ったら誘拐されましたの続編です。読んでいないと恐らく意味がわかりません。父親世代の話も出てくる為、関連恋愛短編2本読了推奨致します。
「結婚式はしません」
僕の女神と同じ色彩を持つ公爵家当主、ファリーナ公は眉間に深い皺を刻み理解不能という顔をして問いかけた。
「……それは何故だ」
そんなのは決まっている。彼女を僕のミーシェをこれ以上誰にも見せたくないからだ。特に美しく着飾った姿なんて、卒業パーティーでのドレス姿だってほぼ目を合わすことが出来ず、体調不良の振りをして薬を飲ませる時以外は俯いていたのに。僕と結婚する為の花嫁衣装なんて冷静にみることができないと断言できるのに。それなのにどうして他の人間に見せなくてはならないんだ。それに、ミーシェの心はもちろん外見だけであっても魅了される存在は数多、純白を身に纏う姿など、もはや数えきれない程に心奪われる者が続出するに決まっている。その中に僕みたいな奴がいて、いつ僕の元から攫おうとするか知れたものじゃない。危険過ぎる。
けれど、そんな事を馬鹿正直には言えないので作った立前を使う。
「彼女に対する傷モノという噂を払拭するために、結婚式をして何も問題がないことを示すのは一見良い案のようにみえますが、現実は違うと思うからです」
「どういうことだ?」
僕は少し悲しそうな表情を作って話す。
「……彼女は、現在も傷を負っています。それは、公爵家へ帰れないくらい酷いものです。
崖の上を走行中の馬車から扉の不備で川へ転落したと聞きました。そのような状況だったのですから当然です。むしろ今生きていることが奇跡なぐらいだ。当然、身体に傷が残るでしょう。
そしてそれを隠す為に露出を抑えたドレスを着て大勢の前で披露すれば、見た者は噂と結びつけ傷モノという事実を確信してしまうことでしょう。そうなったら、彼女は一生負い目を背負って生きていかなければならないのです」
勿論。そんな事実はない。彼女は僕に攫われるまでは箱入りの令嬢だったし、僕が彼女に消しゴムを拾ってもらってからは影から見守り、傷など一切つけないようにさりげなくフォローしていた。勝手に自費にて護衛をつけてもいた。
ただ、誘拐した時でさえ意識の無い状態で隠している部位を視界に入れることが無いよう目隠しをし、直接肌に触れぬよう手袋を着用、感触が感じられないよう細心の注意を払い、衣服を取り替える等配慮し続けている為、実際に傷の有無を確認したことはまだ一度もないけれど。それに——
「僕は彼女にどんな傷があろうとも一切気にはなりません。そんなことで彼女の魅力が損なわれることは一欠片もあり得ないからです。けれど、他人の目から彼女を守ってあげることは人前に出さずにいることしか出来ないのです」
ミーシェはただそこに、僕の側にいてくれるだけでいいと思っていたのは本当だ。でも最近は幸せに浸りきり欲が抑えられない時もある。どんな姿形だろうと構わないことは確かだけれど、ミーシェも僕の隣で幸せであって欲しいと願ってしまうし、僕にも欲を持って欲しいと懇願してしまいたくなる。
「それ程までに傷は深いのか……」
ファリーナ公は目を瞑り、眉間の皺をより一層深め長い息を吐いた。
「未だに医師の許可が降りず、家族であろうと面会ができないことが証拠です」
勿論。医師は抱え込んでいる者で、診察とはいえミーシェに触れるなど許せるはずもなく。扉越しに問診をする程度だけれど。
「わかった。しかし、こちらも公爵家としての家格を損ねないための責務がある。少し考える時間が欲しい」
「勿論です。僕なんかの愚考を聞いてくださっただけでも、とても嬉しく思います。どうぞご検討いただけると有難いです」
もし、どうしても式開催の撤回ができなくても人数を最小限としたり、不利な事柄を他言するような者を招かないなど配慮をいただくことができるといい。そういう良識のある者ならば花嫁を奪おうと考える輩も少ないだろう。その時の為、式場は僻地に建設中だから、そこをうまく落とし所と出来るといいな。




