窮鼠猫を噛む
「ボクは……動けないから、助けたくても、誰も……助けてあげることが……出来なかった」
奴隷達の中で一番強かったらしく、一人だけ武器を持つことが許されていて襲撃から三日間返り討ちにして、警戒した魔物達はそれ以来、姿を見せても決して近寄って来なくなって今まで生き延びたらしい。
「それは、お前のせいじゃないだろ。そのクソッタレな商人のせいだ」
そう自分の怪我や疲労よりも辛そうに語る女に思わず、そう慰めていた。
「ううん。違うよ。やろうと思えば、この剣を投げつけることも……出来たけど、ボクはそれをしなかった……結局、ボクは……死にたくなかったんだ」
「馬鹿かお前は!!」
馬鹿すぎて思わず怒鳴る。
「え?」
「誰だって死にたい奴なんていないんだよ!当たり前のことだろうが!死んだ連中が可哀想とか思っているなら、尚の事お前は生きろ!生きて、死んだ連中が生きていたことを忘れずに覚えてやれ!」
俺の言葉を受けて目を丸くして、固まったかと思うとポロポロと泣き出しやがった。
「……そっか……それで、いいのか……」
「チッ、満身創痍な奴に怒鳴って悪かった。どうすれば、お前を助けてやれるんだ?」
生憎、食料や水はもちろん、無一文に加えて契約魔法に関してサッパリ分からず聞いた。
「それなら、まずは『グォオオオオオオッ!!』嘘でしょ!?何故、こんなクラスの魔物がこの森に!?」
ドシンドシンと地面を踏み砕くように、のっそりと姿を見せた魔物を見て俺も固まる。
「まさか……ドラゴン、なのか?」
巨大な体躯を支える太い四足、人間なんて簡単に切り裂きそうな爪、開いた口からは鋭い牙が生えていて翼はないがドラゴンと呼べる容姿をしていた。
カチカチガタガタ
濃密な死の気配に身体と歯の震えが止まらない。
「お、おい。どうすれば、アレから逃れるんだ?」
強者の余裕か、こちらの行動を待つようにじっと傍観しているドラゴンを視界に収めたまま、女に作戦はないか聞く。
「……おじさん、名前は?」
「なんだこんな時に?………ユウだ」
心臓がバクバクと弾けそうな中、意味が分からない質問に名前を口にした。
「ユウか………いい名前だね。ボクはリゼルーナ。最後にユウに会えて良かった……できれば、命の恩人の名前は忘れないで、いてくれたら、嬉しいな」
「お、おい!?お前、まさか……死ぬ気か!?」
刀身が半ばから折れた刃こぼれだらけの剣をドラゴンに向けて構える女、いやリゼルーナに俺は声を掛ける。
「どの道、契約魔法のせいで、逃げられないしアースドラゴンからは逃げられないよ。でも、ユウを逃すことくらいは出来るかもしれない。アイツは自分に噛みついた存在を絶対に許さない習性があるから。行って!一秒でも長く保たせてみせるから!」
「……クソがっ!」
リゼルーナの言葉を背に洞窟の奥に向かって一歩を踏み出す。
……冷静になれ冷静になれ冷静になれ!
ギリッと歯を食いしばり、馬鹿な考えを忘れようとする。
……………はぁー、色々あったから頭がイカれたか。
俺は足元にあった恐らく商人の持ち物のナイフを拾いあげてドラゴン目掛けて投げつける。
キンッ
『グルゥゥゥゥゥゥ?』
闘志をぶつけてくるリゼルーナしか見ていなかったドラゴンに見事命中した。
「ユウ!?何をしているんだ!?早く、逃げて!」
「うるせー!俺だって馬鹿なことをしている自覚ぐらいあるに決まってるだろ!オラ!爬虫類!こっちに来やがれ!」
リゼルーナの隣を通りすぎて、なるべく離そうとドラゴンに向かって罵声を飛ばす。
「嫌だ!ユウが喰われる様を見るなんてボクは嫌だ!動けよボクの身体!!」
おいおい、泣くなよ。それじゃあ、俺が泣かしたみたいだろうが。
別に自殺志願でも現実を見ていない訳でもねぇ。だって、分かるだろ?
『グォオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
こんな鼓膜が破けそうな叫び声が夢な訳ねぇ。だったら、アレも現実だろ?クソ女神。
「ユウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」
奇跡でもギャンブルでもいい!俺はただーー
「いい女が死ぬのが我慢ならねぇだけだ!ユニークスキル【窮鼠猫を噛む】発動!!」
バッと手を突き出してドラゴンに向けて。
「ーー好きにしろ」
ニヤリと笑い、ドラゴンの先にいるリゼルーナに向かって契約魔法や生き方に囚われず好きに、自由に生きろと願いを込めた。
『グォオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
パァァァァァと手から光を放つ俺に向かって、ドラゴンが大きく開けた口を閉じる。