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シカ大映研オクラホマミキサー  作者: 眞魚エナ
2/3

中編



  ◆



「はぇー。ノブ先輩の部屋ってこう、壁一面が巨大スクリーン! もう一面は本棚でぜーんぶDVDだらけ! みたいな感じかと思ってました」

「私をなんだと思ってるの」


 夕刻。


 結城が訪れた本郷の部屋は、モノトーンの色調でやや中性的な印象は与えたが、大学生としては普通といって差し支えない部屋だった。DVDを置く棚こそあったがそう大きいものでもなく、勉強机も普通の本棚もある。他にはパソコン、コンポ、ギター……


 とりわけ結城の目を引いたのは、ローテーブルの上の吸い殻が何本か詰まった灰皿。百円ライターと、ラッキーストライクの箱。


 本郷はカーテンを閉めると、すでに途中まで再生していたらしいDVDを最初から再生し直す。


 テレビ台の正面に座布団を敷いて結城を座らせると、本郷はわざわざ部屋の明かりまで消し、その隣に座った。微かに煙草の匂いがした。


 映像が始まる。タイトルは『拳銃嫌いのダイヤモンド』。


「うわあ」


 上映開始してすぐ、結城は苦笑交じりにそんな声を上げてしまった。機嫌を損ねるかと心配したが、顔色を窺った本郷は嬉しそうに微笑んでいる。


「ひどいだろ」

「は、はあ」


 ――映画のあらすじは、はっきりいって、荒唐無稽だった。


 舞台は大学だが、主役はギャング。大学サークルを金と暴力で牛耳るギャングである。

 主人公は「文化系」ギャングのボスに雇われた詐欺師。「拳銃嫌い」の異名を持ち、口八丁で人々を籠絡する。彼は「体育会系」ギャングのアメフト部に潜り込み、彼らが最近大会で手にしたという準優勝のトロフィーを盗み出してくるよう指示される。


「最初あいつが持ってきたのは、大学もなにもない普通のギャングものの脚本だった。でも、大学内で凄味のあるギャングの画なんて撮れるわけないだろ? どう頑張っても拍子抜けになる。ちょっとバカバカしくなっても、設定の方を画のリアリティに合わせてやったんだ」


 あいつは最後まで嫌がってたけどね、と本郷。いつもの仏頂面はどこへやら、本郷の横顔は楽しげだ。


 風見演じる「拳銃嫌い」はやがて口の上手さだけでアメフト部に潜入し、まんまとトロフィーを入手。しかしそこへ、「体育会系」ギャングが雇った殺し屋が忍び寄る。わかりやすい黒服にサイレンサー付きの拳銃を携えた、通称「ゼロ距離の女」――


「うぇっ」


 思わず上ずったような声が出て、結城は慌てて口を抑える。


 この時殺し屋役を演じていたのが、監督兼役者――つまり、隣にいる本郷だった。ちらりと横目で様子を窺うと、――意外なことに片手で顔を覆い、自分の視界を遮っている。何かを堪えるように腰まで丸めて、まるで――


「もしかして先輩、恥ずかしがってます?」

「……うるさい。おまえに見られる予定はなかったんだ」


 震える声で本郷は返した。結城は彼女の肩をとんとん叩いて、画面を見るように促す。


「先輩かっこいいよ、ほら」

「やめろ」


 本郷はとうとう両手で顔を塞いでしまった。それでも片目だけは画面を見ているのが可笑しい。


(本音なんだけどな)


 実際、クールな殺し屋の役は、普段の態度も相まって彼女によく似合っていた。


 殺し屋「ゼロ距離の女」の執拗な追跡をかいくぐって「拳銃嫌い」は逃げ回るが、とうとう女に追い詰められ、額に銃を突きつけられる。


『ゼロ距離だ、拳銃嫌い。次は拳銃好きとして生まれてくることだな』

『ああ、まったくだ。来世こそ――大ウソつきに生まれてくるこったな!』


 撃たれたのは「ゼロ距離の女」。「拳銃嫌い」は彼が口八丁で広めた風聞であり、実際は拳銃を隠し持っていた――という展開である。


「最初はショットガンだったんだ。嫌いなのは拳銃だけで銃が嫌いとは言ってない、みたいな理屈」

「えー。バカだあ」

「でも、モデルガンが高くて用意できなかった。そしたら、あいつがすぐこの展開に書き直してきた」


 画の迫力は型落ちだけどな、と言いつつ、未練は感じさせない口ぶりだった。


 ラストは、無事に準優勝トロフィーをギャングのボスに届け、拳銃使いが去るシーン。彼の去った後、ボスがいそいそとトロフィーの底蓋を開く。しかし、そこが空洞になっていることに気づくと、ボスは絶叫する。


『おれのダイヤはどこへいった!』


 ――そして、ラストカット。ダイヤを手にして不敵に微笑み、見覚えのありすぎるサークル棟を去る「拳銃嫌い」。――エンドロールでは、アメフト部が八百長試合で決勝にわざと破れ準優勝になったこと、賄賂としてトロフィーの中にダイヤが隠されていたこと……が、台詞なしのカットで説明される。


 苦笑する本郷。


「無茶だな、我ながら。あいつはちゃんと経緯を説明させろという。でも私は死んでも口で説明させたくなかった」


 元々はダイヤも裏取引された麻薬だったとか、画でわかりにくいから百均の宝石ビーズにしてタイトルまで変えたとか、いつになく饒舌に本郷は説明した。


「なんか、無茶苦茶だけど面白かったッスね」


 話を聞くだに大惨事を想定していた結城は、ちょっと拍子抜けしていた。


 同時に、もやもやした気持ちも残った。映画を見る横顔に、割り込むことのできない思い入れを感じて。



  ◆



 再生が終わると本郷は部屋の明かりをつけ、結城が持ってきた差し入れの袋を開けた。コンビニで買ってきた二人分のフルーツタルトと桃ジュース。


「おまえ、去年の学祭のは見たか」


 フルーツタルトにフォークを入れながら、本郷は結城に尋ねた。去年というと、本郷たちにとっては二年生の折に作った映画だろう。


「風見パイセンが死んだ弟役やってたやつですよね」

「それ」

「見ました、っていうか、学祭であれ見てウチに入りました」


 結城はもともとテニスサークルだったが、学園祭で上映されていた彼らの映画をきっかけに映研に移った。もとより奥まった大教室に配置されることが多い映研の展示に来る人は少なく、結城もまたたまたま一緒に回るはずだった友達がサークル展示の運営で忙しかったということで、落ち着いて座る場所が欲しかっただけだった。


 内容としては、何者かに殺された弟が残した写真をもとに、主人公である姉が弟の面影を追うシリアスなサスペンス映画。『拳銃嫌い』と比べると落ち着いた印象の映画で――この時の主演が本郷だった。


「私は、あっちの方が好きかな」


 桃ジュースのボトルを握りしめ、緊張する手を冷やす。

 気にした様子もなく、本郷は「そうか」とだけ返し、キウイを口に入れる。


「一年目に比べれば撮影は全然マシだった。さんざん周りに迷惑かけて、お互い反省したんだろうな。何より、一年目よりいいものを撮りたかったんだ。おかげで低予算ながら完成度も上げられた。成長と、とらえるべきなんだろう」


 腑に落ちていない、と言わんばかりの口ぶりだった。

 ため息が出そうになるのを必死でこらえ、結城は困ったように笑みを浮かべた。


「うらやましいなー、って思うこともありますよ」

「なにが」


 本郷の視線をごまかすように、結城はおどけてみせる。


「ほら私、可愛いくらいしか取り柄ないスから」

「自分で言うのか……」

「自分で映画を作ろうとか、夢にも思わないもん。だから、作れるヒトの考えてることはわかんないや」


 だめだ、下を向くな、肩を落とすな、と自分に言い聞かせても、結城の身体は言うことを聞かなかった。こんなことで落ち込む自分になどなりたくなかった。


 だってもう、諦めていた。それを確認しただけなのだ。


 けれど本郷は平然と、当たり前のこととばかりに口を開いた。


「おまえも作ってるよ」


 頭がいきなり軽くなって、結城は本郷を見返す。世辞も同情もない真摯な瞳だった。


「いやいや、正直ホン読んでるだけッスよー」


 なんとか苦笑いを浮かべて、ぶんぶんと手を振る。本郷は意に介さずといった調子でタルトに切れ込みを入れている。


「役者も作り手なんだよ。台本覚えて、人物になりきる。それだけで十分創作活動」


 淡々と本郷は説明する。頭ではわかっていても、気持ちがついていかなかった。


 もともと映画になど興味はなかった。今でも興味を持てていないのかもしれない。真剣に映画の話をされるほど、結城の脳裏に浮かぶのは後ろめたさと劣等感だった。結城にとっての特別な思い入れは、あの日見た映画の、あの主演女優だけだったから。


 でも、もしかしたらほんの少しだけ、自分は今、許されたのだろうか。


「演技力はもっと伸ばすべきだけどね」

「はは、棒読みッスよね私」


 やっぱりこの人はこの人だなあ、と苦笑する。容姿には自信のある結城だったが、それだけで気にかけてくれるほど本郷は甘くない。


 いっそ女優になっちゃうか、などと結城は投げやりに思いながら、まだ手をつけていなかった自分のタルトの袋に手をかける。


「自分を可愛いなんて言えるのはおまえの武器だよ。私は武器があるやつは好きだ。おまえが嫌がっても、私がおまえをカメラの前に立たせる」


 ――そして袋を取り落とした。慌てて拾って平静を装い、袋を開く。フルーツが少しつぶれている。


「……へへ」


 困ったことに笑みが漏れる。


 本郷の顔を見られなかった。タルトを取り出したまではいいけれど、フォークを手に取る発想をどこかに落としてしまって、結城はいたずらに手と手をこすり合わせた。


 ――ああ、だめだ私。こんなことで柄にもなく浮かれてる。


 消え入るような少女の声で、結城は呟いた。


「私、諦めなくてもいい?」

「……? なにが?」

「見といてよ、信子先輩」


 首を傾げる本郷をよそに、結城は立ち上がった。電源を切ったテレビを遮るように立ち、彼女を見下ろす。


「私、かわいこぶるのは得意だから。フィルムの中の私が可愛かったら、可愛いって褒めてください」

「うん……?」


「その方が楽しいから。私が」


 自分の顔は見えないけれど。その時の笑顔は、自分でも可愛いと言える気がした。



  ◆



 次の日、風見が部室に向かうと、結城が机に突っ伏していた。


「あのさパイセン、場の雰囲気で危うく告りかけたことあります?」

「ある」


 即答すると、結城はいきなり上体を起こした。


「ありますよねー! いややばかったー」


 落ち込んでいるのかと思ったが、むしろいつもよりテンションが高いらしかった。

 それがよくあることなのかは風見にはわからなかったが、うんうんと頷いておく。


「なに、告りかけたの」


 部室に置いているカメラをいつものように取り出しつつ、風見は結城の向かいの席に腰を下ろした。


「ギリギリセーフみたいな。あれは気づいてないと思うけど」

「ノブは映画以外からきしだからなぁ」


 うん、と頷きかけて、結城は瞠目する。青ざめた顔で風見を凝視する。


「……なんで知ってんの」

「おっと。失言でした」

「怖い怖い! 私誰にも言ってないのに!」


 口に手を当てる風見に、結城は大げさに身体をさすって見せた。風見とて別に知っていたわけではなく、他人の顔色を見るのが少々得意なだけだったのだが。


 とはいえ、それほど気にした様子もなく、結城はぼんやりと天井を見上げた。悩んでいるどころか、心なしか晴れやかな印象さえ受けた。


「なんかねー、間に入っちゃいけないような気がしてたんです」


 間とは、もちろん一文字と本郷のことだろう。


「わかるなぁ、その気持ち」


 風見はしみじみと頷く。


 二人は決して恋愛関係ではないが、映画という舞台の上で踊る相棒だ。情熱も才能もあるし、何よりお互いの力を求めている。口では言わないが、横で二人を見ている風見にはよくわかっていた。二人とも「自分には才能がない」と思っていることも。


 そして情熱も才能もない自分自身のことも。


「正直さ、最初はやめ時をなくしただけだったんだよ。大喧嘩事件のあと、ホントはおれもやめようかなって思ってたんだ」

「え、そうなんだ。パイセンってふたりの喧嘩を爆笑しながら撮ってるタイプだと思ってた」

「爆笑したし撮ったよ」

「撮ったのかよ」

「ふたりとも頭に血がのぼってるくせに、映画の台詞みたいなうまいこと言おうとしてる感じがへんてこで面白かったんだよ」

「アンタの血は何色だ……」


 ドン引きし始めている結城をよそに、風見は懐かしむように語り始めた。


「殺伐としてるのが嫌だったわけじゃなくて、なんかだんだん罪悪感わいてきてさ。こんなに真剣な二人を差し置いて、おれみたいなゆるゆる星人がいていいのかなって」


 最初はそれこそ、映画を作るつもりすらなかった。せいぜい、仲間内で好きな映画の話ができればいいと思っていただけだ。


「そうしなかったのは、あの二人が好きになっちゃったからなんだろうな。お互いにはきついことを言うくせに、結構優しいんだ、あいつら。おれがゆるゆる星人でも、あいつらは軽蔑したりしない。才能がないことも情熱がないことも、イッチとノブにはあんまり関係ないんだ」


 自分に才能がないと信じている彼らは、誰かの凡庸を笑わない。情熱すら二人にとってはリソースに過ぎない。良いものを作りたいと思っているけれど、それ以上に自分が納得いくものを作りたいと願っている。低予算も人手不足も、彼らにとってはパズルのようなものだ。うまく繋ぎ合わせられたら勝ち。


 だから、風見はここにいられた。二人を好きだという気持ちだけで十分だった。


「白状するなら、おれにとって怖いことは新入生が入ってくることだけだったよ。新しい子が入ってきて、あいつらの居場所がなくなってしまうことが嫌だった。なんなら、彼らが『幽霊』になるたびにほっとしてたくらいだ。――ずるいよな、幽霊の子だって居場所が欲しかったのかもしれないのに」

「私は?」


 何気ない調子で結城は尋ねる。意表を突かれたが、風見は笑ってカメラの電源を入れた。


 自信に満ちた女の顔が液晶画面に収まる。


「あの二人のことを好きになってくれる人が、おれも好きだよ」

「ま、別にパイセンに許可してもらわなくても勝手にいますけどね」

「わはは、ごもっとも」


 明朗に笑いながら、風見はどことなく胸のつかえが取れた気分になっていた。


「きっと才能って、何が好きかってことなんだよ。だからおれたちも、あいつらに肩を並べるくらい、自分の好きを込めてやればいいさ」

「――それなら安心ですね。そういうことなら、私は間違いなく天才ですから」


 かけがえのない同胞のように、風見と結城は笑いあった。お互いに屈託なく笑えるくらい、それだけは自信があったのだ。


 ――うん、この子なら、きっとうまく撮ることができる。


「ところで、ノブって最初は別に映画好きってほどじゃなくて、子供の頃『コマンドー』見て以来シュワルツェネッガーの大ファンだったんだって。知ってた?」

「えっマジで!? うっわ複雑……」


 ころころ表情が変わる結城を撮りながら、風見はドアの軋む音を聞いた。


「二人とも」


 部室入口には、目の下に隈のできた一文字が立っていた。

 その手には見慣れたボロの大学ノートが握られている。


「時間あるか?」



  ◆



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